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傍らで偲び咲く桜の花  作者: 堀口直
第一章 先の見えない初任務
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1-1 霊に憑かれやすい退魔師

 変な夢を見た。

 幕末の武士――加賀末次という男が鬼の誕生に立ち会うという、他人に聞かせればおかしいと笑われる類の夢だ。

 一般的な夢と異なる点は二つある。一つは自分が自分ではないということ。つまりこれは他人の夢なのだ。もう一つは、そこが自分の全く知らない時代であったということ。

 夢というのは脳が情報の整理の際に見せるものだと聞いたことがあるから、自分の記憶にないものは見ることはないだろう。夢を見ていたときは、末次という人物の詳細が、まるで自分のことのように理解することができた。

「また死人の記憶か……」

 俺は幼い頃より、他人――主に死霊の記憶を見てしまう。これはいわゆるポゼッションという状態で、自分のなかに他人の霊が憑依しているらしい。

「はぁ……」

 頭が痛くなってきた。二日前からずっと頭痛が続いている。今日は月曜日。学校に行かなくてはならないという事実がさらに頭を痛み付ける。時計を見ると、すでにギリギリの時間だ。学校に行く準備をしようと、頭を抑えながらゆっくり起き上がろうとする。

 しかし、何かの気配に気付いた瞬間、ベッドから部屋の扉まで弾かれたように飛んだ。

「だれだ!」

「…………」

 扉に背を向けながら部屋を見渡すが誰も、何もいない。気配も消えている。扉も窓も閉まっていることを確認して、俺はため息を吐いた。

「……いい加減、俺に憑くのはやめてくれぇ」

 ――俺は霊に憑かれやすい。

 そんな体質を持つ退魔師なんて世界に一人だろう、と爺様が言っていたが、我ながら本当に情けない。

 憑かれやすいだけではない。俺は死人の記憶を見てしまうという特異体質がある。

 先程まで見ていた夢は、俺とは全く関係のない、しかもすでに死んでいる他人の記憶だ。とにかく俺の周りには死霊が集まってくる。

 俺はかなり痛くなった頭を抱えながらキッチンへ向かった。すると、いつも食事用につかっているテーブルの上に、湯気の立つご飯と味噌汁、キレイに巻かれた厚焼き玉子と磨り下ろされた大根――ようするに朝食が用意されていた。そして風呂敷に包まれたものが置かれている。風呂敷を解くと弁当箱があり、開くと色取り取りのオカズとご飯がおさめられていた。

「……またか」

 俺は一人暮らしである。同居人や雇っている家政婦さんなど――つまり俺の飯を作ってくれる人なんてこのアパートの一室にいるはずがない。よってここに朝食と弁当が用意されている状況は非常におかしいのである。

 玄関へ行ってドアを確認するが、しっかりと鍵は掛かっている。誰かが浸入したわけではないらしい。完全なる密室事件だ。死霊が食事を作ったのか? しかし食材なんて買っていない。死霊がスーパーで買い物してきたとでもいうのだろうか。

「わけがわからん」

 そう、こんなわけがわからない朝が、もう三日続いている。

 初日の驚きはすごいものだった。朝起きれば用意されていた食事を見て、「え? え?」と繰り返し言いながら三分程その場を動けなかった。なにやら不気味で食欲も湧かず、その日は無視をして食べなかった。

 二日目はもっと驚いた。初日と同じメニュー、それと封筒が添えられていた。中を開けると、手紙と写真。まずは手紙を読んだ。綺麗で可愛らしい字である。きっと女の子の字だ。



『昨日、私が用意した食事の件ですが、なぜ食べないのでしょう? 手も付けていないのに不味いというのですか? それに食べ物を粗末にするとは言語道断。

 次に同じことをすれば、呪います。

 私はいつも、あなたを見ています。あなたが一言、「美味い」や「不味い」の感想を呟いてくれれば、必ず私に伝わります。

 今後、あなたの身の回りのお世話は、私がすることになりました。私が決めました。

 私はあなたの目の前に姿を見せることはできないので、こっそりすることをお許しください。

 末筆ながら、あなたの生存をお祈り申し上げます』

                          

       

 ……という手紙だった。名前は「桜花皐月」とある。

 次に同封されていた写真を見る。……その写真に、俺は戦慄した。

 そこには幼げな少女が写っていた。清潔そうな、長く美しい黒髪。精緻に造られた人形のように、非の打ち所のないほど整った綺麗な顔が、黒髪の清潔感を損なわずに笑顔を見せている。おそらくこの美少女が桜花皐月だろう。そこまではよかった。しかし隣に写る男を見た瞬間、俺は驚いた。

 ――俺が写っている。しかもそこは俺の部屋だった。少女以外の風景には思い当たることがある。コンビニで買った漫画雑誌をベッドに腰掛けながら読んでいたときだ。つまり前日の風景である。そこは間違いなく俺しかいなかった空間だ。

 俺は恐怖で写真を握る手が震えた。この少女――桜花皐月は死霊だ。それも退魔師の俺がまったく感知することのできない高位の死霊。きっと今も、俺をこの空間の中で観察しているに違いない。そう思うと震えがとまらない。

「っ……!」

 この飯を食わなければ確実に呪われる。食欲はまるでなかったが、俺は目の前の料理を胃の中にぶち込んだ。味は全くわからない。俺はごちそうさまも言わずに、逃げるように部屋から出た。

 ……それが昨日の話。今日も同じメニュー。それに弁当が追加されている。さらに、また手紙と写真が置かれていた。

「…………」

 ――手紙から読むか。


『今日はしっかりと味わって食べてください。

 何ですか昨日の食べ方は。

 礼儀がなっていません。

 私はあなたを見ています。

 私が傍にいると思って安心して食べてください。

 お弁当も用意しました。

 おいしく召し上がってください。

 それと、今朝あなたが寝言で叫んでいた「ミツキ」というのは誰のことですか? 

女ですか? 

 最初は「皐月」と聞こえて、私の名前を呼んでくれて嬉しいと舞い上がったのですが、何度も「ミツキ」と叫ぶのでがっかりしました。

 名前を間違えたのですか? 

 それとも他の女ですか? 

 私はいつでもあなたの声が聞けます。

 答えてください』

 


 今朝見た夢のことだ。確かに女の名前を叫んだ覚えがある。

 写真を見ると、皐月が寝ている俺を見下ろしている。その横顔は、昨日の笑顔とはうって変わって鬼の形相である。

「くっ……! ミツキなんて女は知らない! 今朝は久々に死霊の記憶が流れてきたんだ。他人の記憶だ! 俺は知らない」

 俺は手紙を机の上に戻し、部屋全体に声が響きわたるように弁解した。

 全く気配はしない。でも確実に皐月は俺と同じ空間にいる。写真を見る限り、今朝も俺の傍にいたのだ。

 汗が首筋にまで流れてきたころ、俺は自分がどうしようもないほど情けなく感じた。死霊の機嫌をとろうと必死になっている退魔師なんて、俺の他にいないだろう。そう思うと怒りが込み上げてきた。

 ――お前のような死霊に屈する霧島啓介ではない。

 ――俺は退魔師霧島啓介だ!

「ふ、ふん……! 皐月とやら、もう我慢の限界だ。貴様の好きにさせてやるものか! 退魔師である俺に憑いたのが運の尽き! 貴様なんぞ俺の力で木端微塵に屠ってくれるわ」

 俺は相手をビビらせようと、芝居掛かったセリフを吐く。勢い任せで高温物質を練ろうとしたとき、

「バン!」と机を叩きつける音がした。

 俺は「ひいっ」という情けない声が出たので、コホンと咳払いしてごまかしつつ、音のほうへ振り返った。

 机の上にはさっきまでなかったはずのノートが置かれていて、表紙には『皐月とお話ノート』と可愛らしい字で書かれている。――なんぞこれ。

 開くと、どうやらほぼ新品のようで、一ページ目しか書かれていない。

『確かに、力関係ははっきりさせておいたほうがいいですね、受けて立ちましょう』

 俺がその文を読み終わった瞬間、足元で何かが落ちる音がした。トン、という鋭い音に反応して足元を見ると、包丁が床に刺さっている。右足の、親指の一センチ先に。

「……まじかよ」

 一歩下がろうとするとまた同じような音がした。今度は左足後方の床に包丁が刺さっている。

 ――全く動けない。敵の姿は全く見えない。つまり、全く勝ち目がない。

 カリカリと音がしたので見てみると、ノートが書き足されていた。

『足の指は繋がっていたほうがいいでしょう?』

「……はい」

『ご飯が冷めてしまいます。さっさと食べてください』

「……はい」

 俺は素直に座って飯を食べた。ちらっと床を見ると、包丁は消えている。やはり味わう余裕などない。ビクビクしながら食べ終えると、急いで学校の準備をした。もう遅刻寸前である。

 部屋を出る前に、もう一度ノートを見た。一文が付け加えられている。


 ――私はどんなことがあっても、あなたの味方です。


 何を説得力のないことを。と俺は思ったが、どうしても心に引っかかるものがあった。それが何かわからない。とても懐かしい何かだ。それがまったく、何であったのか、思い出せない。


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