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優しい手

作者: ハル

「先輩、お疲れさまでした」


二年生にして部のエースであり、次の部長に決まっていた石澤洸佑いしざわこうすけはこの日引退する浅田悠あさだゆうに笑顔で挨拶をした。


「ありがとう。ごめんね洸佑、色々迷惑かけて、頼ってばっかりで。」


悠が副部長を務めた、男女混合のこの部活は県大会の常連校だった。

しかし、部長は最低限の指示をは出すが、部全体のことにあまり気にかけることはなく、自身の練習に打ち込んでいた。他の三年生たちは自由気ままに練習し、厳しくない先輩の元、ふざけ始める後輩たちをまとめるのは至難の業で、まして副部長だった悠が動くには限界があった。

悠が手に負えなくなりそうになるたびに、洸佑が周りにうまく声をかけてくれたおかげで、なんとかここまでやってこれたと悠は思っている。


「そんなことないです。先輩は、よく頑張ってましたよ。」


悠が孤軍奮闘頑張っていたことを、洸佑を含め、一部の部員たちはよく知っていた。


洸佑に労われて、涙が溢れてきた。

部員の中でも特に仲のよかった洸佑に、よく頑張っていた、と言ってもらえたことが嬉しかった。

と、同時に、もっとやれたんじゃないかと悔しい気持ちにもなった。


俯きつつ、止めようにもとまらない涙を必死でぬぐっていると、頭の上に、何か温かいものを感じた。

それがゆっくりと上から下へ降りていき、一端離れるとまた上に戻る。それを繰り返された。

その手が驚くくらい優しく、あたたかかった。


撫でられている。

それに気付いたとたんに、驚いて涙が止まった。


ゆっくりと頭をあげると手は離れていき、目の前には優しい笑顔があった。

何事も無かったような、いつもの、笑顔が。


前に一度、大会でいい成績を残したとき、同じように頭を撫でてくれた。元々男子と親しくなることが少なかった悠は、はじめこそ驚いて動けなくなっていただけだったが、あの優しい手が心地よくて、体に自由がきくようになっても大人しくしていたこと、懐かしく思い出した。


また、頑張ったご褒美かな…。


なんとなくそう自己完結しておいた。


「今まで、本当にありがとう。沢山迷惑かけちゃって申し訳なかったけど、洸佑が後輩でいてくれて、よかった。」


悠もいつもの笑顔を返す。


「俺の方こそ、お世話になりました。俺も、浅田先輩がいてくれてよかったです。」


悠は右手を前に差し出した。

引退してしまえば、会うことも、こんな風に話すことも無くなる。

これが、最後だ。


最初は驚いたような表情を見せた洸佑も、またいつもの笑顔を取り戻し、悠の手を握った。

悠よりも少し大きい、あたたかな、優しい手で。


少しの間そうしていると、悠の方から手を離そうとした。だが洸佑は、緩めたはずの手を何故か握り返してきた。だから、二人の手は繋がれたまま…。


「…洸佑?」


不思議そうな顔で見上げていると、急に繋がれていた手が引かれた。

頭ひとつ分背の高い洸佑が右手でまた悠の頭を撫でながら、左手でギュッと抱きしめた。


今度は心臓が止まるかと思った。


「…どうしたの?」


頭と心はパニック状態。せめて、言葉だけは冷静に、そう心がけながらゆっくりと言ったが、若干声が震えていたかもしれない。


「先輩が引退するのが、寂しいんです。」


一方の洸佑は、いつも通りで、余裕さえ感じられる。

少し憎たらしく思った。


「…そう。」


そのまま、少しの間、洸佑にされるがまま、そうしていた。


気がすんだのか、悠を少しだけ離し、それでもかなり近い距離で二人は向き合った。


「先輩」

「なに?」

「俺、先輩のこと、好きです。」

「…うん。」


別に驚くことはない。

何故なら洸佑はよく、そのような事を言っていたから。


洸佑が“先輩としての悠”を慕っているのは、悠本人はもちろん、他の部員たちも知っている。

だから改めて言われても、驚くことではなかった。


「浅田先輩のこと、尊敬してるし、大好きです。」

「うん。」

「………先輩はわかってない。」


洸佑が何故繰り返し伝えてくるのか、意味がわからず困惑していると、洸佑は大きなため息をついた。


「え、な、なに?」

「あぁ、いいんです、覚悟してましたから。」

「どういうこと?」


それには答えず、少し考え込むような素振りを見せたあと、悠の事を見つめて、こう言った。


「…気づかない先輩が悪いんですから、怒らないでくださいね?」


洸佑は悠の肩に手を置いて、顔少し傾けながらゆっくりと近づいてきた。

ちょっと待って、と言うはずだった悠の口はその前に洸佑によって塞がれてしまった。


「もう一度言いますよ?」


唇を少し離して、囁くように言葉は続けられた。


「あなたが好きです。先輩は?」

「…すき」


消え入りそうな小さな声は、目の前の洸佑には十分に届き、嬉しいそうに笑うと、悠を力一杯抱き締め、また頭を撫でた。

優しいその手で。





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