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出会い2

3

カウンターの前では、大谷と日高が、日野桜の言葉に目を丸くしていた。

そして大谷の顔は見る見る真っ赤になり、真っ青になり、やがてどす黒く変色した。

主に怒りと恐怖と絶望の為にである。

大谷は改めて確認するように桜の云った言葉を繰り返えし尋ねる。

「君は案山子に手助けするように頼まれたが、その内容を案山子は言わなかったうえに

今初めてその内容を知って君はこう云ったね。『私はサードというゲームはやったことがない』と」

桜は無言で頷く。可也恐縮している。

「いや、ごめん。そう困らなくていいよ…。

ああそうか、あいつは俺の首が飛んでもいいんだな。

そうかそうか。そういえば俺に対して冷たいし…。

いや君、そんなに困らないで。

君は悪くない。何も知らなかったんだ。

でも何で君をここに呼んだんだろうね。案山子は」

大谷は顔を引きつらせ、冷や汗をかきながら云う。

桜は首を横に振ったが、暫くしてどきどきランドのゲーム筐体の一つを指差しながら言った。

「私あのゲームは、少しやったことがあるんです…。泉田さんともあのゲームで一度対戦しました。

でも一度だけなんです」

桜の指差したゲームは、スーパーストリートファイター2X通称スパ2であった。

大谷は青い顔を更に真っ青にした。軽い眩暈を覚える。

「ははははは。おい日高!」

大谷は傍らの日高に振り向かず云う。

「あの女の子達を呼んで来い。至急だ。どうしても頼みたい事があると云うんだ」

日高もそれしかないと感じたのか無言で頷くと、香湖と亜弓の方に向かった。

上代は、大谷達の様子に気が付いた様で、中条に呟く。

「あの女たちはあとだ。どうやら待ち人が来たらしいぜ」

そう言いながら、カウンターの方に進んでいく。その目に桜を捉えながら。



香湖と亜弓の間に暫しの沈黙があったが、その沈黙を破るように、

日高がカウンターの方から二人のほうに近づいてくる。

日高の表情は多少緊張の面持があり、何処か弱りきったような困惑気味に目が泳いでいて、

何か恐縮するような態度で二人の前で立ち止まると、

勇気を奮い立たせるように息を吐き、二人を見つめた。

そして簡単な自己紹介をすると、ますます恐縮して言った。

「あの、さっきの対戦見てたけど、強いですね…。

初めて逢っておいて申し訳ないけど一寸頼みたい事があるんですが…」

そう云って日高は後ろのカウンターをチラチラと振り返る。

そこには大谷とケン使いの上代とその連れの中条が何やら険悪な雰囲気で話しており、

日野桜が大谷の傍らで、困惑気味にその様子を見ていた。

香湖にもその様子が見え、日高が何を頼むのかが察せられた。

隣の亜弓は好奇の目で香湖の顔を見たが、

香湖はそれに気が付かない振りをすると、目の前の日高に向かって云う。

「一応、話だけは聞こう…」

不本意ながらどうやら私も片足を突っ込んでしまったらしい。と香湖は思った。

日高の顔は少し明るくなり二人をカウンターの大谷のところに促す。

全てのお膳立ては終わり、後は始まるばかりだった。

亜弓は小声で香湖に囁いた。

「…あの子強いのかな?」桜を見ながら言う。

香湖は何も云わず、ただ桜だけを見つめていた。



4


カウンターの前では弱り果てた様子の大谷が上代と話をしていた。

日高が香湖と亜弓を連れてきたのに気が付くと、大二人は話を中断してそちらを見た。

日高が大谷の耳元で何やら囁くと、大谷の顔は少し安堵を取り戻したように緩んだ。

大谷は二人に挨拶と自己紹介をし、日高も改めて二人に自己紹介をした。

亜弓は気さくな笑みを浮かべ、云う。

「私は、八州で、こっちの一寸無愛想なのが相馬香湖。

コウコは香に湖と書くんだけど、子じゃなくて湖ってとこがお洒落で気に入っていると

本人もよく言ってるから、気にしてあげてね」

香湖は黙れといった感じに眉根をよせて、亜弓を睨んだが亜弓は何食わぬ顔で澄まして話を続けた。

「店員の大谷さん、リュウ使いの日高さんね、宜しく」と微笑みながら挨拶をすると、

大谷の隣に立つ少女に好奇の目を向け、持ち前の人懐こい屈託のない笑顔で話しかけた。

「初めまして」

話しかけられた少女は、やや戸惑いがちに初めましてと返し、そして自分を日野桜と自己紹介した。

亜弓は嬉しそうに目を輝かせ香湖に云った。

「この子桜だってカコ。ストゼロの桜と同じ名前だよ。これはキット強い子に違いないよ!」

亜弓は初対面の桜を、行き成り、躊躇なく強キャラ扱いしたが、桜は何のことか分からないという風に目を瞬かせた。

香湖は最早、亜弓の厚かましさには何も云わずにただ申し訳なさそうに桜に軽く頭を下げて云った。

「不躾で済まない…。こいつはあまり考えて話すことを知らないんだ」

香湖は亜弓を殆ど阿呆呼ばわりしたが、これに対して亜弓は怒って言い返す。

「人を百合夏見たいに言わないでよ!」

「百合夏は考えて話す。ただ私達が理解できないだけだ」

「それは買い被り過ぎじゃないかな?」

「あいつは理解しがたいからな…だがそんな話は今はどうでも良い」

香湖は、逸れた話題を不機嫌に打ち切る。

自分で逸らしたと言う事は忘れたように亜弓は横目で香湖を見ながら、

「勝手。カコは自分勝手だ」と同意を求めるように桜に云った。

桜はきょとんとした体で二人の会話を聞いていたが、亜弓のその言葉に微笑んだ。

「仲が良いんですね。お二人ともここら辺では余り見かけない制服ですけど何処の生徒ですか?」

桜は良く通る声で尋ねる。

「犀星高だよ。そこの二年」

「犀星…結構遠いですね」

「まだ見ぬ強者を求めるためには距離なんて何の妨げにもなりはしないし。明日日曜だしね」

桜と亜弓は多少打ち解けたように話し出した。これは主に亜弓の屈託の無さのお陰である。

それにどうやら二人は可也馬が合うようだったらしく、話は延々と続いた。

テレビ、映画、趣味、洋服、音楽、ケーキ、漫画、などなど。

しかし不思議とゲームの話題、特にサードの話題などは全くでなかった。

桜と亜弓の様子を見ながら香湖は、彼女に感じた只者ではないというあの感覚は錯覚だったのかと疑問に思う。

それほど桜からは格闘ゲームに対する闘志が見えなかったからだ。

しかし矢張り香湖には確信を否定する事は出来なかった。

香湖は桜と闘いたいと思った。



5


「楽しい会話の途中で申し訳ねえが」

と上代が可也イライラした様子で、亜弓と桜の会話を遮った。

亜弓は、桜との話を中断され不機嫌に上代を睨んだが、上代は既に大谷に向かって話していた。

「おい!俺達は暇じゃないといっただろう?その女がお前の言っていた強い奴なんだろ」

そういって上代は桜を指差したが、大谷は首を激しく横に振る。

全力で否定しなければいけなかったのは、勿論桜がサードをしたことがなかったからである。

「ふざけるな!もう良い!もう沢山だ。屑め。約束どうりPS64は貰う。もう茶番は終わりだ」

大谷は、冷や汗混じりに首を横に振り、香湖の方を指差し、云う。

「こ、この子が闘う、この子に勝てたら本当にやる!」

香kにはなんの断りもなく口から出るままに云ったが、香湖は何も云わず黙っている。

亜弓は気の毒そうな大谷を見て、香湖に小声で「助けてあげようよ」と言った。

香湖は余り気が進まなかったが、ここまできてやらないのでは最早只の臆病とも感じ、無言で頷いた。

大谷は目に涙を浮かべ香湖の手を握りしきりに、ありがとうを連呼した。

「しかし勝てるとは限らない。申し訳ないが勝てなかったら…」

「勝てる。君ならきっと勝てるよ!」

香湖の言葉を日高が遮った。日高は先の香湖の闘いに陶酔していた。

大谷も日高に次いで言う。

「本当に申し訳ない、負けたときの事は考えなくて良いです。その時は俺も覚悟を決める」

観念したような清々した声だった。

苦々しげにその光景を見ていた上代は、冷笑を浮かべ大谷に言う。

「あんまり俺を舐めるな。その女はここの常連じゃないだろう?そんな奴を引っ張り出して

俺と戦わせようなんざ虫が良すぎないか?お前が言った案山子とかいう奴がよこした奴は

その桜とか云う女だろう?だったらPS64はその女と掛けて戦うのが筋という奴だ」

そして隣の中条にそうだろう?と同意を求めた。中条は無言で頷く。

上代は更に続けて大谷に言う。

「お前本当に腰抜けだな。お前の店の名誉を他の奴に背負って闘わせるのか?

ただ保身の為に?いやマジで泣けてくる。なあ、あんたもそう思うだろ豪鬼使いの姉ちゃん?

お前も迷惑な話だよな?こんなレベルの低い店に来たばっかりに

こんな負け犬どもの為に闘わせられるなんてなあ?」

上代は、日高と大谷をねめつけながら香湖に同意を求める。

香湖は何も云わず、不機嫌に眉根を寄せただけだった。

日高と大谷は何も言い返せず、ただ唇をかみ締めている。

「さあ如何するね?黙ってPS64を出すならそれでもよし、

その桜と言う女がPS64を掛けて闘うというならそれでもよし」

そういわれた桜は黙って俯く。

しかしそれは臆病からではなく、寧ろある決意が感じられた。

桜は顔を上げると、喫と上代を睨んだ。桜の愛嬌のある瞳は今や無く、

その瞳には鋭い灼熱の焔が灯ったように紅かった。

「…嫌だな。貴方みたいな人。コレダカラ、対戦ゲームなんて嫌い。

誰かが誰かをヤッツケテ優越感に浸る。

何が面白いの。そんな事?良いわ。闘いましょう。

その貴方の得意なゲームでタタカイマショウ」

桜の声は今までとは別人のように、低く冷たく、深淵から響くように苛烈だった。

香湖の全身は粟立った。最初に感じた畏怖と同じだった。

ニノマエサクヤに感じた畏怖と同じであった。

しかしその畏怖を感じ取ったのは、香湖だけのようであった。

亜弓は少し心配げに香湖を見て云う。「何か感じたの?」

香湖は無言で頷き「サクヤと同じだ」と呟いた。




6

上代は薄ら笑いを浮かべ桜を睨みつける。

「おもしれえ。おもしれえじゃねえか!気に入ったぜ。お前はここのどんな野郎よりも勇敢だ!」

大谷と日高を蔑んだ目で睨みながら、上代は嘲ける様に云った。

大谷は、何かを言い返そうとしたが、上代は、間髪いれず話し出し、大谷は話す機会を失い口ごもった。

「桜と言ったな。お前。弱い奴を倒して優越感に浸る奴が嫌いといったな?

俺はそういう偽善が大嫌いなんだよ。強え奴が偉いんだよ、格ゲーと言う奴はな!

負けた奴は弱い!屑だ!負けた後にキャラ差云々、ミスが云々、そんな言い訳は反吐が出るね。

負けた奴は黙って席を立て、見苦しい。俺は弱者に同情するほど半端じゃねえんだ。

見下されるのが嫌なら、負けるなよ。弱きゃもうやるな。お遊戯がしたいのなら身内でやれ。

負けの美学なんざねえんだ。敗北にあるのはただ屈辱と嘲笑だけだ。」

そういって上代は実際に日高に嘲笑を浴びせながら、ねめつけた。

そして再び桜の方を向き直ると

「お前は、威勢がいい。好きだぜそういう奴を蹴落とし絶望の表情を見るのはな」

と冷笑を浮かべ云った。桜はそれを無表情に、何の感情も現さず、只無機質に聞いていた。

上代のその様子に大谷は、堪りかねて言う。

「その子は、日野さんは、サードをやったことが無いんだ!頼む、彼女は素人なんだ!」

そう云って、大谷は香湖を指差して、彼女と闘ってくれと上代に懇願した。

それを聞いた上代は、無言で肩を震わせたが、やがて低い哂い声になり、

余りの可笑しさに堪りかねた様にその哂いはやがて哄笑となった。

「…勘弁してくれ!お前、何処まで俺を笑わせれば気が済むんだ!

今更そんな事云われてもなあ?ありがとう、としか云えねえよ。

PS64ありがとう、大谷さん、桜ちゃん!」

そういうと上代は、中条と向き合って馬鹿笑いした。

その光景を、見ている桜の瞳には冷厳なほど冷たい焔が、無機質な輝きを放って輝いていた。

亜弓は、桜の肩に手を掛けると、

「気にしなくて良いよ」と優しく云い、上代に哀れみの表情を向けた。

「貴方は可愛そう。貴方も前に誰かにそうされたんだね。

弱いと蔑まれたんだね。でもさ、そんな気持ちでサードやったって楽しくないよ?

貴方は何でサードをやってるの?」

悲しげに話す亜弓を香湖は黙って見守っていた。

上代は嘲るようなため息をつき亜弓に言う。

「俺は、借りがあるんだよ!あいつに。久遠に!俺を見下した久遠零にな!」

久遠零。この名前に反応したのは以外にも香湖だった。

「久遠。アースガルドの久遠か…」

香湖は上代に、確かめるように尋ねる。

「知っているのか?そうだ!久遠だ!

俺は、あいつがあいつ等が、アースガルドの奴等が気にいらねえ!

あいつ等が支配する斗激を俺が奪う!優勝する!」

上代はさっきまでの泰然とした皮肉な笑みから一点、病的なまでに興奮し叫ぶ。

「おい!お前!!お前は相馬と云ったな!!?俺はお前が欲しい!!」

突然そう叫ぶと、醜く淫らな笑みを浮かべ、上代は舐めるような視線を香湖に向けたが、

香湖は気にする素振りもなく上代の言葉を黙って待つ。

上代は興奮を抑えきれないという風に、云った。

「おまえ自身を掛けて勝負しても良いぜ?

その女は、桜は素人だ。俺が何事も無く勝ちPS64を手にするだろう。

そこでお前は、おまえ自身を賭け、俺はその64を掛けて闘ってヤルのさ!」

「私自身を賭ける…?」

香湖は、上代の突然の言葉に理解しかねるという風に自問した。


亜弓は、何を思ったのか顔を赤らめ興奮気味に上代に食って掛かった。

「何?何それ!?香湖が欲しい?そんなのダメに決まってるよ!

第一、カコは男の子には全然興味がないんだよ!」

香湖は亜弓の突然の思いも寄らない爆弾発言に意表を突かれ半ば焦り、半ば呆れ云った。

「何を勝手な事を」

亜弓は猫のような目をキョトキョトと泳がせながら不安げに香湖を見つめて云う。

「え?え?興味津々なの?男の子に興味津々なんだカコは!」

「何故そうなる」

香湖はため息混じりに佩き捨てたが、亜弓は聞かない。

「ダメだよ。カコは、カコはずっと私と一緒なんだから!」

そう云うと亜弓は恰も自分の物といった風に香湖をギュッと抱きしめた。

流石に香湖もこれには動揺を隠せなかった。

香湖は「亜弓!いい加減に…」と云いかけたが、

その前に上代が一人で突っ走る亜弓に、イライラしながら叫んだ。

「勘違いするんじゃねえ。必要なのはその女のサードの腕だ。

あれだけやれるなら戦力として申し分ねえからな」

香湖は亜弓を無理矢理引き剥がしながら、上代に云った。

「…斗激のメンバーとしてか…」

上代は冷笑を浮かべ頷いた。

「幾ら俺が強かろうが、他がカスだと話にならん。何せ斗激は5人でチームだからな

あんなカスが居ても邪魔なだけだ」

そう云って、上代は未だに筐体でうな垂れている下沢を顎でしゃくる。

下沢の肩がピクリと微かに上下した。

上代は桜を指差しながら、香湖に叫ぶ。

「その女は、素人だ。俺は造作なくそいつを倒す。そしたらお前だ。

お前は腰抜けではないだろう。

お前はおまえ自身を掛けて、俺と闘え。お前が俺に負けたらその時は俺のチームだ」

亜弓はそう言った上代に何かを言い返そうと身を乗り出したが、香湖が腕を出して制した。

そして皮肉な笑みを浮かべると、上代に云った。

「随分私を買っているようだが…私ごときで、アースガルドはびくともするまい」

「アースガルドと久遠を知っている。俺には分かる、お前は極上だ。

お前のような奴が居れば、俺達は勝てる。

アースガルドの牙城を崩せる!俺は、久遠の上に立つ事が出来る!!」

上代は大立ち回りに演じるように両手を広げ勝ち誇るように叫ぶ。

香湖は静かに瞳を閉じ決意するように低く強い口調で言った。

「良いだろう。受けて立つ」

上代の口元が釣り上がり冷笑を形作った。

「カコ…」

亜弓が心配げに云った。

「今更後戻りは出来ない」香湖は静かに言う。

「…御免なさい。カコの言うとおりしていれば…」

「気にするな慣れている。それに、上代は勘違いしている…」

そういって香湖は静かに桜を見た。

「果たしてそう簡単に…桜に勝てるかと言うことをだ…」

そのとき桜は静かに闘いの時を待っていた。

いや、それは桜にとっては、闘いとは呼べない何かかもしれない。

彼女の無感情な瞳には、今や楽しげな笑みが浮かんでいた。

彼女は出会ってしまったのだ。運命の場所で運命のゲームに。

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