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単発短編

文字の海

作者: 茅野 遼

約5年ぶりの投稿です。

これを童話の括りにして良いのか少々不安ですが、最後までお付き合い頂けたら幸いです。

                <海>


 ここは、私の頭の中に広がっている、大きな水溜まり。


 濃紺の景色の中、白い波頭があわ立つ。 バックの色に飲み込まれそうな、何か。

 アレは、どうやら文字のようだ。 一つや二つじゃない。 数えてみたけれど、数え切れない程の文字たちが、波に遊ばれて浮いたり沈んだり、隠れたり。


 それでも目を凝らして見ていると、見えてきた。幾つかの文字たちが集まり、並んで、意味のある単語を形作っている。 あの単語達を並べて、組み替えてみたら、今の私の気持ちや思いが、読み解かれて行くのだろうか?


 読み解くとは、我ながら妙な表現だ。 私には、私の心が解らないと言っているのと同じこと。


 この暗い大きな水溜まりは、まるで新月の、夜中の海のようだ。


 この暗闇では、言葉は読み取る事ができない。



 そして私は願うのだ。 朝の光を。 太陽の存在を。

 目の前の景色をはっきりと見ることの出来る世界を。


 この暗い特別な海の存在する世界に、果たして朝日は昇るのか……?

 


                <大地>


 海の果てに、陸を見つける。 この陸地は、何から出来ているのか。

 探して、周りを見渡して、私が大地から見つけたものは、声。


 声は、何処から発せられているのか。

 その声が発しているものが、意味ある言葉なのか、それとも、単語としての意味を持たない、呻き声や叫び、笑い声や喜びの音なのかは、聞き分けられない。


 言葉は、どこからやってくるのか。 言葉が生まれるのは、やはり海の中からだろうか。

 それとも、空から降ってくるのか。 現実の世界に降り注ぐ、雨の様に。



                <言の葉>


 言の葉。 私と言う樹が立っている。 幹の太さは、私が生きて来た年数を年輪に変えて。

 年輪の一つ一つを探ってみれば、もしも顕微鏡で覗いてみたら、その時の私が見えるのだろうか。


 今目の前にあるものは、見えてきた気がする。

 空から降ってくるのは、海から昇った文字たちで、言葉を形作るのは、私と言う名の樹。


 それなら大地は?

 降り注ぐ雨を受け止めて、地の奥深くに向かって浄水していく、大きな受け皿。


 雨は?

 雨は、言葉ではなく文字。 大地に受け止められ、綺麗になって再び私から言葉となって芽吹く。


 文字を言葉にする為に必要なエネルギーは、どうして作られるのか。 意味ある羅列られつを作り上げるための、文字と文字を繋ぎ留める力は、新しく生まれ出る心、思考、感情。 それらを生み出すのは、外界から加えられる力への反発、共感、喜び、悲しみ、笑い、疑問、それから……。


 力を失った言葉達はバラバラになり、これ以上繋がっている事が出来なくなって、海へと投げ捨てられるのか?

 言葉を綴る。 言の葉を生み出す為に必要な物は、私と言う樹の思いと言う事。



                 <人の森>


 見えてきた世界は、まるで森のよう。 他人と他人とが、枝を擦りあわせて起こす木立のざわめきは、誰かの心を動かす言の葉のさざめき。

 ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ。


 時には枝を揺らす風の無い日もある。 そんな時には、日の光をたっぷりと浴びて、光合成に精を出す。 その樹に、生産性はある。 そう、この森には朝日が昇る。 木々の葉へ、日の光が届く。


 けれど、森の木々はその場から、自分の意思で動く事は出来ない。



              <自分と言う樹>


 今、私がいる場所は、いったいどんな所なのだろう。

 海があり、陸があり、樹は林立して森を作り、川の流れる音も聞こえている。

 自然が残された大きな森の中にいる訳ではない筈なのに。 これは私の頭の中にある、幻の筈なのに。


 この世界には文明と言う足跡が、そこかしこに残されている。 人が付けた足跡は、腐葉土に隠されながらも確かに幾つも残されていて、その足跡は何故か焦げていたり、ヘドロがこびりついていたり、そうかと思えば綺麗に柔らかい土を踏みしめた痕だったり、血のこびり付いた靴でつけたような足跡だったりしている。

 この足跡は、その主が歩いて来た人生を物語っているのだろう。


 そう、その中には、きっと、間違えなく私の足跡も刻まれている。

 自分で選んで、この場所に立つと決めたのだから、ここまでの道筋に後悔はしたくない。


 けれど。


 誰もがそう望んでいるのだろうか。 後悔があるから、現在いまがある、そう感じている人もいるのだろう。

 私はそれ程強い樹ではないから。 後悔の思いが渦巻いて、自分の枝を折ってしまう。 その状況を作った何かを探して責めて、言の葉を散らしてしまう。



               <再び海>


 散らした言の葉が、一枚、二枚。 折った私の樹の枝が、一本、二本……。

 風に乗って川へと落ちて、流れに沿って、海へと運ばれる。 その時は、まだ文字を繋げるエネルギーが消えていなくて、潮の流れにそって沖へと向かう。


 海は思考の中心にあって、夜毎、私を眠らせない。

 何故、何かの所為にした? 恥かしい。 それでも私には、そうせずには居られなかった。

 だから、この海へと招待された。 自分の中で目覚めた、聖人君子に誘われたから。


「自分の行いをもう一度確認しなさい」 と聖人は言う。

「その目で、暗いエネルギーにより繋がっている文字列を、正面向いて見つめ直しなさい」


 そうして私は迷い込んだ。 この、おかしな世界に。 私は樹になり、動けない。


 自ら選んで来たこの場所だから、後悔はしたくない。 何て、格好付けてみるけれど。


 ここは、暗い海が統べる夜の世界。 それは今、在る、私の心を反映しているから。


 この海に朝日が昇ることは、あるのだろうか? 私の心が晴れれば、その内、星も見えるだろう。




 ……それでも私は、この環境で生きて行くことを、自ら選んで来たのだから……。


                              


   

  


 

ご一読ありがとうございました。

どう思われるか、それは皆様の感性次第と言う事で、よろしくお願いします。

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