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蝉が綴る相聞歌。

作者: 井ノ下功

 窓の外で、蝉が鳴いている。あぁ、うるさい五月蝿い。


 ・・・・・・そう言えば、"うるさい"、という言葉に漢字をあてると、何故、"五月蝿(ごがつばえ)"と書くのだろう。五月に蝿でも大量発生したのだろうか。でも、五月じゃあまだ食べ物が腐るとは思えないし・・・・・・・・・あ、いや、昔なら有り得るか。平安時代の"夏"は、確か4月~6月だった気がする。きっとその頃は5月が梅雨時期で、湿気がヤバかったんだろう。


 うん、それなら納得だ。


 リビングでゴロゴロしながら、扇風機を独り占めにし、そこはかとない優越感に浸りつつ、何だかんだで私は時間を持て余していた。


 撮り溜めしていたアニメも、全部見ちゃったしなー。


 夏休み。

 専業主婦のマイマザーが、今日は珍しく家を空けている。おかげで私は、この上ない自由と余りある時間を手にしているのであった。


 蝉の声が五月蝿い。無論、その声が子孫を残すための大切な儀式だということを、知ってはいるが、人間には関係ない。そんなわけで、ただただ五月蝿い。

 っつか、他人様(ひとさま)の家の網戸に勝手に居座っておきながら、でかい顔して鳴いてんじゃねぇよ!

 ・・・・・・と、ある種八つ当たりじみたことを思いながら、私は上体を起こした。

 これ以上何にも動かずにいたら、溶けるどころか腐って、発酵して納豆みたいになってしまうかも知れない。


 納豆は嫌いだ。

 あれは食べ物じゃないと、常々思ってる。なのに、兄貴と母は納豆大好きで、食卓にもよく出るもんだから、困るところである。

 納豆になっては困るから、私は仕方なく・・・・・・そこらへんに置きっぱなしにされていたゲーム機に手を伸ばした。"宿題をやろう"などという殊勝な心掛けは、もとから無い。


 さぁーて、一狩り行きまっか!


 口元に笑みを浮かべ、私はゲームの世界に飛び込んだ。


                    *****

 

「うぬぁあっ!だあぁあっ!死んだ~っ。」


 私はゲーム内のキャラと同じように、両手両足を投げ出して、床に倒れ込んだ。それから、手探りで電源を切る。

 飽きた。

 もういいや。

 ・・・・・・・・・あぁ、もう、やることが無くなってしまった。

 私は、何かをしたいんだけど、何もやることがなく、やる気があるのか無いのかよく分からない状態の中、ふと、ケータイに手を伸ばした。

 私はケータイをケータイしていない。いろいろと面倒だから、サイレントマナーにしっぱなしにしてある。つまり、メールが来ようと電話が来ようと気が付かないのだ。すばらしい本末転倒っぷりである。

 さて、そんな私だが、メールが来てるか来てないかくらいは少々、気になる。それに、時々、ごく希にだが、クラスメートから宿題に関する質問が来たりする。だから、数時間ぶりに見てみたのだが。


『新着メール、一件』


 誰だろう?


 クラスメートの何人かの名前を頭の中に並べながら、私はメールを開いた。


『久しぶり。今、何してる?』


 その宛名を見て、私の思考は完全に停止した。同時に、あいつに対する気持ちが蘇る。


 中学生のころの話だ。たった、数ヶ月前のことが、遠い昔のように思える。

 こいつは、私にとって唯一の男友達である。いや・・・・・・友達、と言っていいのかどうかは微妙なところであるが。まぁ、漫画の貸し借りや、共に遊びに行ったりできる程度には仲が良かったと言っておこう。


 本当は、友達"以上"の存在になりたかったのだが。


 男らしいやつだった。私は、何よりも女々しい男を嫌っている。女々しい男は男じゃない。私自身が、男勝りな性格であることは自覚済みである。だからこそ、だ。

 自分より男らしくない男子は嫌いだった。

 「男らしい」とか「女らしい」とかいう言葉は、いまや差別用語になりつつあるらしいが、そんなの関係ないね。私は、私が、思ったように、人を判断する。


 そうやって判断した結果。あいつはいいやつだと思った。

 男らしいんだ。

 愚痴は言うし、嫌いと思った奴はとことん嫌うし、責任感があるんだかないんだか微妙だし、やんちゃもするし、プリント類はすぐ失くすし、女子とよく喋るし、友達は少ないし・・・。

 でも、決して"自分を裏切らない"やつだった。

 "俺はこうするんだ!"っていう強い意志を、絶対に曲げないやつだった。本能のままに生きてるような奴だった。媚びず、曲がらず、諦めない。そんなやつだった。・・・・・・・・・・敵は、多かったようだけど。


 それでも、私はよく遊んだ。二人きりでもお構いなしに。

 アイツの家にもよく行った。たった一人で。


 漫画をいろいろ借りたり、一緒にゲームをしたり、本屋を巡ったり・・・・・・――――そうこうしているうちに、気が付いたんだ。いや、・・・・・・正確には、認めたんだ。


 私は、アイツのことが好きだと。


「なっつかしいなぁ・・・・・・。」


 高校生になって、連絡することも無くなって、私はアイツのことを諦めた。もういいやと。考えれば考えるだけ、思い出せば思い出すだけ、会えないことがツラい。

 なのに・・・・・・。


「どうして、こう、さらっと、メールとかしてくんのかなぁ。」


 また気持ちが再燃しちゃうじゃないか。


 アイツへの恨みを込めて、携帯の画面を睨んでみるが、わかっている。


 ――――――――私いま、笑ってる。


 だって嬉しいじゃん。もうとっくに縁は切れて、忘れ去られているものだとばかり思ってた奴から、こうやって・・・・・・また繋がりを保とうとしてくれるなんて。


 ・・・・・・いや、まぁ、アレだ。アイツのことだから、たんなる暇つぶしだという可能性だってあるけれど。ってか、そうなんだろうけど。


 それでも期待するのが女子たる所以!


「とりあえず、返すか・・・・・・。なんて返そう。」


 今何してるか、と訊かれたら、ゲームをしてる・・・・・・としか、書けない。よし、決まった。これでいこう。


『久しぶり。今は、発酵しながらゲームやってる。どうしたの?急に。』


 “発酵しながら”というところがポイントだ。

 送信ボタンを押すとき、少しだけ迷った――――――――もっと、女らしく、可愛い文句で返信したほうがいいのでは、と。“女らしい可愛い文句”というのが、どんなものかはまったく見当がつかないけれど。――――――――が、そのまま送った。変に意識するより、自分らしさを見てもらいたい。


 送信完了、の文字がでて、私は一仕事終えたような思いで、両手両足を投げ出した。



 私らしさを見せる。受け止めてもらえると信じて、自分自身をさらけ出す。・・・・・・これが私なりに、精一杯 綴った相聞歌。

 自分を出すことでしか、アイツにアピール出来ない。そのひたむきで、馬鹿真っ直ぐさは、蝉のようだと思う。


 そういえば、網戸にいた蝉はいつの間にか、どこかへ行ってしまったようだ。相手が見付かったのだろうか。出来ることなら、見付かっていて欲しい。あれだけ五月蝿く鳴きわめいたんだ。見付けてくれなきゃ、迷惑料にもならない。


 自分を出すことでしか、アイツにアピール出来ない。


 それでもいいや。と思う。


 それでもいい。どうせ私には、それしか出来ないんだから。だから・・・・・・アイツが私を見てくれている限り、私は全力で、私を綴ろう。アイツに見せるためだけに、相聞歌を綴っていこう。


 そう決めると、吹っ切れて、なんだか楽しいように思えた。








 視界の隅で何かが光ったので携帯を見ると、『call』という文字が踊っていた。

 慌てて出た私を、更に驚かせ楽しませる者が向こうにはいたのだが、それはまた別の話である。



 

ありがとうございました。

誤字脱字アドバイス感想等ありましたら、よろしくお願いします。

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