1話 ある街の居酒屋で
そこは寂れた飲み屋だった。店内は古いが手入れが行き渡っており、薄汚れた壁には、異国の物らしい皿が等間隔に飾られている。触り心地の良さそうな布がテーブルを覆っており、珍しい酒のボトルがカウンターに並んでいた。流れる音楽はどこか懐かしいものばかりだ。客は数えるほどしかおらず、皆ゆったりと酒を飲み、連れと話を楽しんでいた。そのことがどことなく居心地の良い空間を作り上げているようだった。
店のカウンターの隅を一人、ひっそりと陣取っている者がいた。後姿からもまだ大人になりきってはいないことが分かる。短く切った銀髪が綺麗に店内の照明を反射している反面、着ているものは質素で汚れていた。ほっそりとした指でグラスの氷をカラカラと鳴らしながら、目の前の空間を虚ろな目で眺めていた。特にその若者に関心を持つ者はいないらしく、若者は一人物思いに耽っているようだ。
ー カラン。
店のドアがギシッと木の軋む音と共に開き、若い男が一人入ってきた。長身で甘栗色の髪に小綺麗な格好だった。その男は店内をキョロキョロと見回し、カウンターに座る若者に気がつくと、さして迷うそぶりもなく若者の座る席に近づいた。
「失礼。お隣いいかな?」
男は愛想の良い笑顔で尋ね、返事を待つまでもなく若者の隣の席に座った。若者はチラリと男を見たが、すぐにまた同じようにグラスをカラカラと鳴らし、何もない空間を見つめ直した。その様子を見て男はクスリと笑った後、店員を呼びつけ口早に酒の注文をした。それからまた若者の横顔を見つめる。
「一人かい?僕はウィル。ウィル・ローラウンド。君は?」
若者はピタリとグラスを鳴らすのをやめた。そして今度はじっくりとウィルと名乗った男を見つめた。
「・・・・・・。私はエリス。」
静かに名乗った若者を見つめてウィルは驚きの色を瞳に浮かべた。
「まさかとは思ったけど、やっぱり女性だったんだね。」
長髪は女性であることの象徴とされるため、短髪の女性はそうはいない。エリスは短髪だったが体の線がやはり男性のそれより細かったため、ウィルはもしやと思ったようだった。エリスはウィルの反応を見越していたようで、落ち着き払ってウィルのサラサラとした甘栗色の髪を眺めていた。
「で、女性が夜にこんなところで一人酒かい?」
ウィルは店員の持ってきた酒を受け取り、一口口をつけ、うまいと口の中で呟いた。エリスは視線をカウンターに並んでいるボトルに目をやった。
「酒を飲む場所でしょ、ここは。生憎連れがいないから結果的に一人なだけよ。」
そう言って一口酒を飲む。
「なるほど。僕は実はこの街出身なわけなんだけど、エリスみたいな綺麗な銀髪を持つ女性を初めてみたよ。」
ウィルは相変わらず愛想の良い笑顔をエリスに向けて言った。エリスは動きを止めてグラスに目をやった。
動きを止めたエリスを見て、ウィルは不思議そうに首をひねった。
「何か気に障ることを言ったかい?僕は髪のことを褒めたつもりだったんだけど。」
ウィルはうーん、と唸って考えているようだった。
「いや・・・今日街に着いたばっかりだから。」
エリスは苦笑した。
「そうだったのか!エリスはどこの出身なんだい?」
「・・・・・・ここよりずっと東の街よ。でもこの街よりずっと田舎だったわ。」
エリスはすっと目を細めた。
「そうか、エリスは旅をしてるんだね?さっきこの街には今日着いたと言ったよね、もうこの街はみてまわったかい?」
ウィルは目を輝かせてエリスに尋ねた。エリスは不思議そうにウィルを眺めて、いいえ、と首を振った。
「だったら明日この街を案内してあげるよ!」
ウィルは名案だと言わんばかりにエリスに言い放った。
「・・・・・・お願いするわ。ありがとう。」
エリスはしばらく悩んでそう応えた。