儚きもの
前作同様、友達のリクエストにそって作成しました。
誤字脱字は気付いた方、是非お知らせください。
この世には人の形をした人ではないものがいる。彼らは昼は普通に人間として生活をしているが、夜になると人ならざるものへと変化する。
それは、吸血鬼。人の生き血を啜る化け物。この世にはそんなものが実際に存在するのだ。
ヴァンパイアの好物は、トマトジュース。そして、もちろん人の血だ。吸血鬼に会ったら逆らってはいけない。ヴァンパイアを倒せるのはそれ専門の人たちだけだ。
下手に逆らうと残虐的な手法で殺されてしまうから。
そしてこの世には、そのヴァンパイアを狩る人々がいる。彼らもまた、普段は普通に人間として生きている。
そんな彼らは、ヴァンパイアを目にした時、初めてヴァンパイア殺しとしての力を発揮する。彼らの手にするのは、ヴァンパイアの苦手な銀の武器。銀の銃弾、銀のナイフ等だ。
彼らはその武器を以って世に蔓延るヴァンパイアを正義の名の下に退治ているのだ。
以前ヴァンパイア殺しに襲われて殺された悲運なヴァンパイアがいた。名を、岩永香奈子といった。彼女は以前ヴァンパイア殺しによって銀の銃弾を打ち込まれ、死んだ。…………はずだった。
「おいこら、起きろ。いつまで寝てやがる」
「んー?あ、久しぶり」
「久しぶりじゃねーだろ、ボケ」
男が一人の少女の遺体に声をかける。すると、返事が聞こえたきた。それは、以前ヴァンパイア殺しに殺されたはずの少女だった。
………つまり、死んでいたわけではなく眠っていたと言うことですね。……灰になっておきながらも。紛らわしい。
「何百年寝れば気が済むんだ?えぇ?」
「………どれだけ寝てた?」
「ざっと326年」
………ご長寿。
まぁそれは気にしないでおいて、狩人に殺されたと思っていた少女は実は生きていて、長い時間をかけて体を回復させていたらしい。
灰になるまで粉々になった体。それを完全に修復させるにここまでの時間が必要となったのである。
「ったく。この寝ぼすけが」
「逃げたやつがぬけぬけと」
そう。彼女が殺された………というか、灰にされたとき、確かに彼もいた。彼はあの時の上司だから。だが、326年と言う年月が流れた今でさえ、見た目は一切変わっていない。あの時のままだ。
そして、その彼がのんびりと生きていた理由、それは、彼女が灰にされるとき、狩人の意識が彼女にいっている間に逃げた。ただそれだけ。
「仕方ないだろう。ただでさえヴァンパイアは少ないんだ。子孫繁栄のために少しでも生き残らなきゃだろう?」
「…………喉渇いた。お腹空いた」
……彼女は聞いていない。彼女の意識は生き物全てに起こり得る生理現象の処理に向かっているから。そして、その視線は上司、いや、元上司に向けられる。
「分かった分かった。やるよ」
彼がそう言って腕を出した途端、彼女は一気にその腕に齧り付いた。ゴクゴクと血を飲む音が辺りに響く。彼女は遠慮なく彼から血を吸い取っているらしい。
そしてしばらくして漸く満足したのか、彼女は上司の腕から顔を離した。上司の顔色は少し悪くなっている。それほどまでに大量の血を吸ったらしい。
「お前、少しは手加減しろよ」
「無理です」
「俺がヤバイだろう」
「その辺の人間の血でも吸ってきてください」
「てめぇ、もっかい死ぬか?」
「嫌です」
血を大量に吸われた上司は不機嫌だ。それもそうだろう。噛み付かれた腕はまだ傷が塞がっていないため、血が流れ続けている。上司はその血をペロペロと舐めとっていた。
「で、お前これからどうするよ?」
「何がです?」
「会社、無いぞ」
それを聞いた彼女の表情が一気に驚愕のそれに変わる。会社がないということに相当なショックを受けたらしい。それを見る上司は満足そうに微笑んでいる。……サディストがここに一人。
「よし、お前学校行け」
「はい?」
「学校だ学校」
今度は止まった。表情も、もしかすると呼吸や鼓動も止まっていたかもしれない。いや、鼓動は分からないが呼吸は完全に止まっているようだ。
「じゃ、今度俺が近場の高校に編入手続きしておくから。……行けよ?」
そして上司は彼女の返事を待つことなく去っていった。そこに、未だに状況を一切理解できていない香奈子を残して。
数時間後。香奈子は未だに止まっていた。何の理解も出来ず、時代の変化に取り残されたままで。それから少しして、漸く頭が動き出したらしい。脳が活動を始めたらしい。体を動かし始めた。
「うわー、体がかなりヤバイことになってるー」
彼女は体を動かしながら呟く。それもそうだろう。ずっと眠っていたのだから。事実、彼女が体を動かすたびに骨がバキバキと音を立てていた。
彼女はそうしながらも、上司の言ったことを反芻していた。とりあえず、学校に行くという言葉だけは理解できたらしい。馬鹿のわりに。
それから数日後。上司が彼女の元へやってきた。高校の編入手続きの完了を知らせる為に、だ。
「おい、行くぞ」
「何処に?」
「家だ。お前の保護者は俺と言うことになってるからな」
それから彼女は彼の家に移り住み、高校初登校の日を迎えた。
「いいか、自分の正体を絶対に知られるなよ?知られたら俺がお前を殺すからな」
「分かってますって。知られたりしませんよ。銀の銃弾痛いですし」
ちなみに、狩人は銀の銃弾を撃たれたりしただけだとヴァンパイアが死なないことなど知らない。ヴァンパイアが巧妙に隠しているから。
狩人は銀さえ使えばヴァンパイアを殺せると思っている。単純だから。
彼女は保護者である上司に徹底的に注意を受けた後、漸く高校へと向かっていった。
「今日からこのクラスに編入することになりました、岩永香奈子と言います。宜しくお願いします」
彼女が自己紹介をした途端、クラス内から歓声が上がる。主に男子だが。
「岩永さんの席はそこね。車谷さん、面倒見てあげてね」
彼女はそう言われて指定された席へ移動する。その車谷さんが隣の席のようだ。
「初めまして。私、車谷渚。よろしく」
「あ、宜しくお願いします」
それから彼女は高校生活を存分に楽しむこととなる。
体育祭では毎年激しい太陽の光のせいで倒れ、文化祭では来客の中に狩人がいた時のことを考えて教室の隅っこに引きこもった。
修学旅行でも太陽の光の下での活動はとても辛く、幾度と無く倒れるか、若しくは倒れかけた。その度に養護教諭のお世話になった。
「岩永さん大丈夫?」
「あー、千尋。心配ありがとう。大丈夫ー」
「し、心配なんかしてないんだからねっ」
…………ツンデレ?
というか、これは楽しめていると言うのだろうか。普通なら言わないだろう。だが、彼女にとってはとても楽しい高校生活………らしい。
そして、その楽しかった高校生活も終わりを告げる日がやって来た。卒業式だ。
卒業式の全ての工程が終わり、みんながそれぞれ別れを告げて去っていった教室に、彼女は一人残っていた。そして呟く。
「お腹空いた………」
その日、彼女はとても飢えていた。理由は簡単。高校に編入してからまともに血を飲んでいなかったからだ。それでも今まではトマトジュースを飲むことでまだ何とかなった。
だが、それも限界が来たらしい。既に、彼女の目は危ない。
「かな、どしたの?」
そこへやって来たのは編入初日からいろいろと面倒を見てくれて、仲良くなった車谷渚だった。彼女は獲物を見つけたかのような目で渚を見る。
「渚……もう、限界………」
「………………」
そして彼女は渚を抱き寄せ、その首に牙を落とそうとした。
その瞬間、銃声が鳴り響いた。彼女は咄嗟に渚から離れる。
「あれ?避けちゃった」
「な………ぎさ………?」
そう。銃声を響かせたのは、彼女の一番の友達となった渚だった。彼女は不思議そうな目で渚を見続ける。
「苦しいんでしょ?もういいって。―――楽になりなよ」
「どういう………こと?」
「え?まだ分かんない?」
渚はそう言って先程撃った銃から銃弾を一つ取り出す。そしてそれを彼女に見せた。
それは、銀の銃弾。つまり彼女は。
「私は、狩人。世に蔓延るヴァンパイアを狩る者。だから、大人しく殺されてよ」
「う……そだ。嘘って言ってよ!ねぇ!!」
それは、悲痛な叫び。渚を一番の友達だと信じていた彼女の、本心。だが、嘘であることはない。狩人以外がヴァンパイアの存在を知るわけが無い。銀の銃弾を持っているはずが無い。
―彼女は、正真正銘のヴァンパイア殺し、狩人なのだ。―
「諦めた?なら動かないでね。一瞬で楽にしてあげるからさ」
渚はそう言って彼女の頭に照準を合わせる。そして、撃った。
その銃弾は彼女の頭に撃ち込まれ………無かった。
「馬鹿。簡単に殺されようとしているやつがあるか」
彼女は誰かに抱えられていた。それは、彼女の保護者となっている上司だった。
「あれぇ?まだヴァンパイアがいた。じゃ、一緒に殺されてくださいね」
「馬鹿野郎。俺たちヴァンパイアがそう簡単に殺されてたまるか。おら、とっとと正気に戻れ、馬鹿ガキ」
上司はそう言って彼女の頭をペシペシと叩く。それでも彼女は友達が天敵だということにショックを受けていて、未だまともに戻れない。
「チッ。仕方ねぇ」
そう言って上司は彼女を抱えたまま、窓から飛び降りた。此処は4階。下手をすれば大怪我コースだが、そんなものヴァンパイアに関係はない。
だが、狩人には大問題だった。狩人は、ヴァンパイアを殺す特殊な力を持っていると言えども、所詮は人間。ヴァンパイアの真似をして飛び降りれば完全に大怪我コース一直線だ。
「あーあ。逃げられちゃった。勿体無い」
渚はそう言いながら彼女たちが逃げていった窓から外を見渡す。その顔は歓喜に包まれていた。
そして後日、渚はヴァンパイアの気配を追って彼女たちの元に訪れることとなる。
「今度こそ死んでくださーいっ♪」
『いい加減諦めろ!!』
そして二人からの怒号と二人の逃走が幾度と無く繰り返された結果、渚は漸くこの二人を殺すことを諦めたのであった。
後日談。
「テメェ、何で狩人なんかと仲良くしてたんだ、馬鹿」
「分からなかったんだもん!」
「狩人は気配で分かるだろうが、このド馬鹿」
「年寄りは分かるかもしれないけど若者には分からないよ!」
「人を年寄り扱いするな、この馬鹿ガキ」
場所を何度も何度も変えて喧嘩をし続ける二人の姿が至る場所で観測されたそうな。