3話 七瀬葵
放課後。
人が少なくなった教室で、朝倉湊は一人、帰るタイミングを見計らっていた。
(……今日も終わったな)
誰とも話さずに一日終了。
まあ、いつも通りだ。
――ただ一つ違うのは。
(明日、か……)
頭に浮かぶのは、水瀬紗良との約束。
土曜日、二人で出かける。
“練習”のはずなのに、やけに意識してしまう。
「……はぁ」
小さく息を吐いた、その時。
⸻
「やっぱり残ってた」
不意に声がして、振り返る。
「……七瀬?」
そこにいたのは、七瀬葵だった。
小柄な体だか、でてほしい所はでていてショートカット。クラスでも目立つ存在――学年でもかなり上位の可愛さで有名なやつだ。
「なに、そんな顔して」
にやっと笑う。
「別に、逃げたりしないって」
「いや、してねえよ……」
完全に見透かされている気がする。
⸻
葵はそのまま、軽く机に腰を預けて。
「ねえさ」
何気ないトーンで言う。
「昨日、紗良と話してたでしょ?」
「っ……!」
一瞬で、言葉に詰まる。
(見られてた……)
⸻
「紗良、あんな顔するんだー」
にやにやとした視線。
「いや別に、、!」
反射的に否定する。
けど――
「ふ〜ん」
全然信じてない顔。
⸻
「なんかあったでしょ?」
ぐっと顔を近づけてくる。
距離が近い。
「……なんもないって」
「へぇ?」
ニヤニヤが止まらない。
⸻
「でもさ」
少しだけトーンを変えて。
「紗良が男子とあんな感じで話してるの、珍しいんだよね」
「……そうなのか?」
思わず聞き返す。
すると葵は、じっとこちらを見て。
「うん。だから気になってる」
「何話してたの?」
「……別に、大したことじゃねえよ」
「ふーん?」
完全に疑われている。
⸻
「まあいいけどさ」
肩をすくめて。
「あれ、絶対ただのクラスメイトじゃないよね」
「……は?」
思わず変な声が出る。
「いやいや、違うって」
「ほんとに?」
「ほんとに」
即答する。
けど。
「ふ〜ん……」
納得はしていない。
⸻
その時。
「……何してるの?」
静かな声。
振り向くと、水瀬紗良が立っていた。
「お、紗良」
葵が軽く手を振る。
「ちょっと朝倉くんと話してただけ」
「……へえ」
一瞬だけ、紗良の視線がこちらに向く。
少しだけ、様子を探るような目。
⸻
「じゃ、私は帰るね」
そう言って、葵はくるっと背を向ける。
そのまま、ひらっと手を振って教室を出ていく。
⸻
「……今の、何?」
紗良が静かに聞いてくる。
「いや、その……」
言葉に詰まる。
すると彼女は、少しだけ近づいてきて。
「何か言われた?」
「……ちょっと探られただけ」
正直に答えると。
「……そっか」
少しだけ安心したように息をつく。
「変なこと言ってなかった?」
「言ってない」
そう言うと、紗良は小さく頷いた。
⸻
「……あの子、勘いいから」
少し困ったように笑う。
「気をつけないとね」
「……だな」
苦笑いするしかない。
⸻
少しの沈黙。
そして。
「……明日」
紗良が小さく言う。
「ちゃんと行くから」
「……ああ」
「楽しみにしてるね」
その一言で、また心臓が跳ねた。
⸻
教室を出る彼女の背中を見送りながら。
(……完全に目つけられたな)
そう思いながらも。
(……でも)
頭に浮かぶのは、明日のこと。
⸻
高校デビューに失敗したはずなのに。
気づけば――
クラスの美少女と、二人で出かける約束をしている。
(……ほんと、どうなってんだよ)
そう思いながらも。
少しだけ、明日が楽しみだった。
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