第9話「知らされる“当たり前”」
第9話「知らされる“当たり前”」
翌朝の教室は、昨日と同じように静かだった。
女子たちは自然に距離を取り、ゆうの周囲には“空白の席”がぽっかりと空いている。
もう驚きはしないが、慣れたわけでもない。
(……今日もこんな感じか)
席に着いた瞬間、担任の女性教師が教室に入ってきた。
いつも通りの表情――に見えたが、ゆうを見ると、わずかに緊張が走る。
「崎山くん、少し……いいかしら」
呼ばれた瞬間、教室の空気が揺れた。
女子たちが一斉にこちらを見て、すぐに目を逸らす。
(また“体調”の話か?)
ゆうは立ち上がり、教師のもとへ向かった。
教師は周囲を気にしながら、声を落とす。
「……昨日、学校で……何か困ったことはなかった?」
「特にないです。普通に授業受けて、普通に帰りました」
“普通”という言葉に、教師の眉がわずかに動いた。
「……そう。あなたがそう言うなら……いいのだけれど」
教師は少し迷ったあと、言葉を続けた。
「崎山くん。あなたには……まだ説明していなかったわね。
この学校の“男子保護ルール”について」
(男子保護……?)
ゆうが眉をひそめると、教師は静かに頷いた。
「あなたたち男子は……とても数が少ないの。
だから、学校としても、社会としても……守らなければならない存在なのよ」
(守る……? 俺が?)
教師は、ゆうの反応を慎重に見ながら続ける。
「女子生徒は、男子に近づきすぎないように指導されているわ。
話しかけるときも、距離や声の大きさに気をつけるように……ね」
(……だから、あんなに距離を取ってたのか)
「男子に負担をかけないように、というのが基本なの。
あなたが返事を返すだけで……女子たちは驚くでしょう?」
(驚くどころか、固まってたな……)
教師は、ゆうの表情を読み取るように言葉を選ぶ。
「本来なら、男子が女子に話しかけることも……あまり推奨されていないの。
女子が緊張してしまうから」
(……俺が話しかけるだけで?)
「ええ。あなたが“普通に”接してしまうと……
女子たちはどう反応していいかわからなくなるのよ」
(それは……昨日からずっと感じてた)
教師は、少しだけ柔らかい声になった。
「でも……あなたが悪いわけじゃないの。
むしろ、あなたのように自然に接する男子は……珍しいのよ」
(珍しい……というか、前のゆうがそうじゃなかっただけだろうな)
教師は最後に、静かに言った。
「だから……無理に合わせようとしなくていいわ。
ただ、女子たちが驚いてしまうのは……理解してあげてね」
ゆうは小さく息を吐いた。
「……わかりました」
その返事に、教師はほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう。あなたがそう言ってくれると……助かるわ」
ゆうが席に戻ると、女子たちが一瞬だけこちらを見た。
だが、誰も声をかけてこない。
距離は、昨日と同じように保たれている。
(……これが、この世界の“普通”か)
ゆうは椅子に腰を下ろし、静かに前を向いた。
理解した。
でも、納得できるかどうかは――まだわからない。
――第9話、終わり。




