第5話「昼休み」
第5話「昼休み」
昼休みのチャイムが鳴った瞬間、教室の空気がふっと緩んだ。
だが、ゆうの周囲だけは、相変わらず“静かな結界”が張られているようだった。
女子たちは席を立つとき、自然にゆうの机を避けるように動く。
露骨ではない。
むしろ、あまりにも自然で、訓練された動きのように滑らかだった。
(……ここまで徹底してるのか)
ゆうは弁当を取り出し、机に広げた。
その瞬間、近くにいた女子が小さく息をのむ。
「……っ」
視線を向けると、彼女は慌てて目を逸らし、席を立った。
逃げたわけではない。
ただ、“距離を取るのが正しい”という動きだった。
(俺、食べてるだけなんだけどな……)
教室の隅では、女子たちがひそひそ声で話している。
「……お昼、どうするのかな」
「近づきすぎなければ……大丈夫だよね」
「でも……声かけたりは……」
(声かけるのがそんなにハードル高いのか?)
ゆうは箸を動かしながら、周囲の様子を観察した。
男子は――教室に二人しかいない。
その二人も、女子に囲まれているわけではなく、
むしろ“守られている”ように席が空いている。
(あれ……俺だけじゃないんだな)
男子の周囲には、自然と空間ができている。
女子たちはその空間に入らない。
必要があれば声をかけるが、近づきすぎない。
(……これが、この世界の“普通”か)
そんなことを考えていると、前の席の女子が、そっと立ち上がった。
手に持っていたプリントが、ひらりと床に落ちる。
「あ……」
彼女は拾おうとしたが、ゆうの方をちらりと見て、動きを止めた。
“自分が拾うべきか、拾ってもらうべきか”を迷っているような表情。
ゆうは自然に手を伸ばし、プリントを拾って渡した。
「落ちたよ」
その瞬間、彼女は固まった。
プリントを受け取るまでに、数秒の空白。
その間、彼女の目はゆうの手元と顔の間を行き来し、
まるで“どう反応すればいいのか”を探しているようだった。
「……っ……あ……」
ようやく震える手でプリントを受け取り、
かすれた声で言葉を絞り出す。
「……あ……りが……とう……ございます……」
(そんなに緊張することか?)
ゆうが軽くうなずくと、彼女はさらに顔を赤くして席に戻った。
周囲の女子たちも、息を詰めたように動きを止めている。
「……今、話してた……」
「……返事、返ってた……」
「……大丈夫だったのかな……」
(大丈夫って……俺が? それとも彼女が?)
ゆうは弁当を食べ終え、箸をしまいながら考えた。
この世界では、
男子に話しかけることも、
男子から返事が返ってくることも、
男子と会話が成立することも――
全部、“特別な出来事”なのだ。
(……なるほど。だから、みんなあんな反応だったのか)
理解は進む。
だが、納得はまだ遠い。
ゆうは窓の外を見ながら、小さく息をついた。
(……さて。午後も、気をつけていくか)
――第5話、終わり。




