第4話「授業中」
第4話「授業中」
一時間目のチャイムが鳴ると、教室の空気がすっと引き締まった。
女子たちの視線が一瞬だけこちらに集まり、すぐに逸らされる。
その“間”の取り方が、どうにも不自然だ。
担任の女性教師が教室に入ってくると、まず最初にゆうの方へ視線を向けた。
「……崎山くん、体調は本当に大丈夫?」
「はい。問題ないです」
返事をすると、教師は小さく息を吐いた。
その安堵の仕方は、まるで“返事が返ってきたこと”に驚いているようだった。
(……まただ。なんでそんなに構えるんだ?)
教師は黒板に向き直り、授業を始めた。
だが、教室の空気はどこか落ち着かない。
女子たちはノートを取りながらも、ゆうの方をちらりと見ては、すぐに視線を戻す。
目が合いそうになると、慌てて逸らす。
(そんなに見られるようなこと、したか……?)
しばらくすると、隣の席の女子が、そっと体を縮めるようにして筆箱を落とした。
カラン、と小さな音が響く。
ゆうは自然に手を伸ばし、拾って渡した。
「落ちたよ」
その瞬間、彼女は固まった。
筆箱を受け取るまでに、数秒の“空白”があった。
まるで、どう反応すればいいのか処理が追いついていないような。
「……っ……あ……」
声にならない声が漏れ、ようやく震える手で筆箱を受け取る。
「……あ……り……が……とう……ございます……」
(そんなに緊張することか?)
ゆうが軽くうなずくと、彼女はさらに顔を赤くして俯いた。
周囲の女子たちも、息を詰めたように動きを止めている。
「……今、話してた……」
「……接触……してた……」
「……大丈夫だったのかな……」
(接触って……筆箱だぞ?)
教師も気づいたのか、ちらりとこちらを見た。
その視線には、心配と警戒が入り混じっている。
授業が進むにつれ、ゆうはさらに奇妙なことに気づいた。
女子たちは、ゆうの近くで手を挙げない。
質問もしない。
教師も、ゆうの席の近くにはあまり近づかない。
(……俺の周りだけ、空気が違う)
二時間目の途中、教師が教科書を読み上げながら歩いてきた。
ゆうの席の横を通る瞬間、ほんのわずかに歩幅が変わる。
距離を取るように、半歩だけ外側へずれる。
(……避けられてる?)
いや、避けているというより――
“近づきすぎないように気をつけている”という感じだ。
それは、通学路で女子たちが距離を空けたのと同じ動きだった。
(……この世界の“普通”って、こういうことなのか)
休み時間になると、女子たちはゆうの周囲を避けるように席を立つ。
ただし、露骨に避けるわけではない。
自然に、当たり前のように、距離を保つ。
ゆうが席を立つと、近くにいた女子が一瞬だけ固まり、
その後、そっと道を開けた。
「……どうぞ……」
声は小さく、震えている。
だが、拒絶ではない。
むしろ“配慮”に近い。
(……俺、そんなに扱いづらい存在なのか?)
ゆうは廊下に出て、深く息をついた。
この世界では、
男子が話しかけても返事が返らないのが普通で、
会話が成立することは“特別な出来事”。
そして、
男子に近づきすぎないことが“礼儀”。
その常識が、ようやく輪郭を持ち始めていた。
(……なるほど。だから、みんなあんな反応だったのか)
理解はした。
だが、納得はできない。
自分の“普通”は、この世界では“異常”なのだ。
ゆうは静かに教室へ戻りながら思う。
(……さて。どうやって馴染んでいくか、だな)
――第4話、終わり。




