第2話「朝の食卓」
第2話「朝の食卓」
朝の光がカーテン越しに差し込む。
昨日より体は軽い。熱は完全に引いたようだ。
階段を降りると、キッチンから味噌汁の香りが漂ってきた。
「……おはよう」
声をかけると、母・たか子がびくっと肩を揺らした。
振り返った表情には、驚きと安堵が同時に浮かぶ。
「ゆ、ゆう……おはよう。起きられたのね」
「うん。もう大丈夫そう」
自然に椅子へ座ると、たか子は一瞬だけ固まった。
“座っていいの?”と確認するように、ちらりとこちらを見る。
(え、座るのってそんなに特別なこと?)
ことみも、そっと食卓にやってきた。
兄の顔を見ると、ほっとしたように息をつく。
「……お兄ちゃん、おはよう」
「おはよう、ことみ」
その一言で、また二人の表情が揺れる。
“普通の挨拶”が、どうやらこの家では珍しいらしい。
たか子が味噌汁を置きながら、慎重に言葉を選ぶ。
「……今日は、学校……どうする?」
「行くよ。もう熱もないし」
その瞬間、空気がわずかに張りつめた。
ことみが心配そうに口を開く。
「……無理しなくていいよ……? 先生に言えば、お休み……」
「いや、休むほどじゃないよ。普通に行ける」
たか子とことみが、同時に目を見合わせる。
(え、そんなに大ごとなの? 学校行くだけだよな?)
たか子は、少し声を落として言った。
「……ゆう、学校で……その……困ったことがあったら、すぐ言うのよ?」
「困ったこと?」
「……うん。誰かに……何か言われたり、されたり……」
(いやいや、普通そんな心配する? 俺、昨日まで何してたんだ?)
「別に大丈夫だと思うけど……」
そう答えると、たか子は胸に手を当てて深く息をついた。
「……そう。あなたがそう言うなら……」
ことみも、そっと付け加える。
「……女子、多いから……気をつけてね……?」
「女子が多い?」
思わず聞き返すと、ことみは「あっ」と口を押さえた。
たか子が慌ててフォローする。
「え、ええと……その……クラスの人数の話よ。ほら、ゆうの学年、女の子が多いでしょう?」
(ああ……そういうことか。男女比の偏り?
でも、そんなに気にするほどのことなのか?)
「まあ、気をつけるよ。ありがとう」
そう言うと、二人はまた驚いたように目を丸くした。
(……なんで毎回そんな反応なんだ?
俺、そんなに“前のゆう”と違うのか?)
味噌汁をすすりながら、ゆうは静かに考える。
この家族は優しい。
でも、どこか“触れてはいけないものに触れている”ような遠慮がある。
(……この世界、なんか変だな)
まだ理由はわからない。
けれど、今日学校へ行けば、少しは見えてくるかもしれない。
食卓の静けさの中で、ゆうは小さく息をついた。
――第2話、終わり。




