第15話「揺れの中心」
第15話「揺れの中心」
昼休みが始まった瞬間、教室の空気がわずかにざわついた。
ゆうが席に弁当を置いただけで、女子たちの視線が一瞬だけ集まり、
すぐに散っていく。
昨日までの“避けるための視線”ではなく、
“様子をうかがう視線”に変わっていた。
(……昨日の呼び出しの影響、出てるな)
教師がゆうを呼び出したことは、
誰にも聞かれていないはずなのに、
教室の空気は敏感にそれを察していた。
ゆうが箸を取ったとき、
教室の後ろから小さな声がした。
「……ねえ……どうするの……?」
「……話しかけても……いいのかな……」
「……でも……昨日、先生が……」
断片的な声が、ゆうの耳に届く。
女子たちは“近づきたい”と“近づいてはいけない”の間で揺れていた。
そんな空気の中、
ゆうの机の横で、影が止まった。
三浦だった。
クラスに数人しかいない男子のひとり。
昨日、ゆうに話しかけてきた少年だ。
「……崎山くん……ちょっと、いい……?」
声は小さいが、昨日よりも落ち着いている。
ゆうは箸を置き、顔を上げた。
「どうした?」
三浦は周囲を気にしながら、
ゆうの机の端に手を置いた。
女子たちが一瞬だけ息を呑む。
男子同士の会話でさえ、
この世界では“距離の変化”として見られる。
三浦は小さく息を吸い、
ゆうの目を見ずに言った。
「……あのさ……
最近……女子が……崎山くんの周り……ざわざわしてるだろ……?」
「まあ……そうだな」
三浦は唇を噛んだ。
「……正直……ちょっと……怖いんだ」
ゆうは眉をひそめた。
「怖い?」
三浦は頷いた。
「……女子が男子に近づくと……
男子同士の関係まで変わることがあるんだ。
“誰が女子に話しかけられたか”とか……
“誰が返事を返したか”とか……
そういうのが……変な意味で広まる」
ゆうは言葉を失った。
三浦は続ける。
「……でも……崎山くんが普通にしてるのを見て……
なんか……安心したっていうか……
“男子でも普通にしていいんだ”って……思えたんだ」
その言葉は、昨日よりもずっとまっすぐだった。
ゆうは静かに言った。
「三浦は……普通にしたいのか?」
三浦は少しだけ考え、
それから小さく頷いた。
「……うん。
女子と話すのが怖いわけじゃないんだ。
ただ……どうすればいいのかわからないだけで……
でも……崎山くんが返事を返してるのを見て……
“あ、やってもいいんだ”って……思えた」
ゆうは、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
(……俺の“普通”が、男子にも影響してるのか)
三浦は、ゆうの方を見ずに言った。
「……だから……その……
もし……女子がまた話しかけてきたら……
無理に避けなくていいと思う。
僕も……少しずつ……慣れたいから……」
ゆうは笑った。
「わかった。俺も普通にするよ」
三浦はほっとしたように息を吐き、
小さく頷いて席へ戻った。
その背中を見ていた女子たちが、
またざわつき始める。
「……男子同士で……話してた……」
「……三浦くんまで……」
「……どうなるの……これ……」
ゆうは弁当を口に運びながら、
静かに思った。
(……変わっていくんだろうな、このクラス)
ゆうの“普通”が、
女子だけでなく、男子にも波紋を広げ始めていた。
――第15話、終わり。




