第13話「揺れる教室」
第13話「揺れる教室」
白石がゆうに近づいた翌日。
教室の空気は、昨日までとはまったく違っていた。
静かではある。
距離も保たれている。
けれど――その静けさの奥に、
**“何かが変わり始めた”**ざわめきが潜んでいた。
女子たちは、ゆうの周囲を避けるように席を立つ。
それはいつも通り。
だが、避けるときの“間”が違う。
昨日までは、
「近づきすぎないように」
という義務のような動きだった。
今日は――
「どうしよう……近づいてもいいのかな……」
という迷いが混ざっていた。
(……白石さんの影響か)
ゆうは教科書を開きながら、周囲の気配を探った。
白石は席で本を読んでいる。
だが、ページをめくる指がいつもよりぎこちない。
ときどき、ゆうの方をちらりと見ては、
すぐに目を逸らしている。
(昨日、あれだけ勇気出したんだもんな……)
白石の行動は、女子たちにとって“事件”だった。
男子に近づき、話しかけ、返事をもらい、
しかも笑顔まで交わした。
それは、この世界の女子にとっては
**「前例のない行動」**に近い。
だからこそ――
教室全体が揺れている。
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昼休み。
ゆうが弁当を広げようとしたとき、
女子たちの視線が一斉に集まった。
すぐに逸らす。
けれど、昨日よりも“遅い”。
(……観察じゃなくて、様子を見てる感じだな)
そのとき。
「……さ、崎山くん」
声がした。
小さく、震えているが、確かに“呼んでいる”。
ゆうが顔を上げると――
白石ではなかった。
昨日まで、ゆうの近くに来ることすらなかった女子。
名前は高瀬。
明るい性格で、女子の中心にいるタイプだ。
その高瀬が、
胸の前で手をぎゅっと握りしめながら、
ゆうの机の前に立っていた。
教室が一瞬で静まり返る。
「……あの……これ……」
高瀬が差し出したのは、
ゆうが朝、机に置き忘れたプリントだった。
「落ちてたから……その……」
ゆうは自然に受け取った。
「ありがとう。助かったよ」
その瞬間――
高瀬の顔が真っ赤になった。
「……っ……あ……あの……っ……」
言葉が出ない。
でも、逃げない。
白石と同じ、“踏みとどまる”反応。
周囲の女子たちが息を呑む。
「……高瀬さん……」
「……近づいた……」
「……返事……返ってた……」
「……白石さんだけじゃ……ない……?」
ゆうは静かに言った。
「高瀬さんも、ありがとう。また頼むよ」
高瀬は、
驚きと混乱と、そして少しの嬉しさが混ざった表情で、
小さく頷いた。
「……っ……はい……!」
その声は、昨日までの教室にはなかった“明るさ”だった。
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高瀬が席に戻ると、
白石がそっと顔を上げた。
ゆうと目が合いそうになり、
慌てて逸らす。
だが、その頬はほんのり赤い。
(……白石さんも、気にしてるのか)
女子たちの視線が、
白石と高瀬の間を行き来する。
「……白石さんが最初だったから……」
「……高瀬さんも……行けたのかな……」
「……男子に話しかけても……大丈夫……なの……?」
「……返事、返ってくるんだ……」
ゆうは静かに息をついた。
(……変わり始めてるな)
白石の一歩が、
高瀬の一歩を生み、
教室全体に波紋を広げている。
男子に話しかけることが“事件”だった世界で、
ゆうの“普通”が、
女子たちの“普通”を少しずつ書き換えている。
――第13話、終わり。




