第11話「男子との距離」
第11話「男子との距離」
翌日の昼休み。
ゆうが弁当を広げようとしたとき、教室の空気がいつもと違うことに気づいた。
女子たちは相変わらず距離を取りつつも、昨日より“観察”の色が薄い。
代わりに――教室の隅で、ひとりの男子がこちらをちらちら見ていた。
(……あれ、同じクラスの男子だよな)
男子はこのクラスに三人しかいない。
そのうちのひとり、黒髪で背の低い少年――三浦。
普段は女子の視線を避けるように、静かに過ごしているタイプだ。
その三浦が、ゆうを見ては、目を逸らし、また見ては、逸らし……
落ち着かない様子でそわそわしている。
(……話しかけたいのか?)
だが、男子同士でも“距離を詰めるのは慎重”という空気がある。
女子ほどではないが、男子同士の会話も多くはない。
ゆうが弁当を開いた瞬間、三浦が意を決したように立ち上がった。
「……さ、崎山くん……」
声は小さく、震えている。
女子たちが一瞬だけこちらを見て、すぐに目を逸らした。
ゆうは自然に顔を上げる。
「どうした?」
その一言で、三浦は固まった。
男子でさえ、返事が返ってくることに驚いている。
数秒の沈黙のあと、ようやく言葉が落ちた。
「……あの……昨日……先生に呼ばれてた、よね……?」
「うん。男子保護のルールの話を聞いたよ」
三浦は小さく息を呑んだ。
「……そっか……やっぱり……」
その反応は、どこか“安堵”に近かった。
ゆうが首を傾げると、三浦は周囲を気にしながら、声を落とした。
「……崎山くん……最近……変わったよね……」
「変わった?」
「うん……その……女子に……普通に返事、してる……」
(そこか)
三浦は続ける。
「……僕たち男子って……返事を返すのも、慎重にしないといけないから……
女子が驚いたり、緊張したり……問題になったり……」
(問題……?)
ゆうが黙って聞いていると、三浦はさらに言葉を重ねた。
「……でも……崎山くんは……普通に話してる。
それで……女子が固まっても……怒らないし……
距離を詰めようともしないし……」
三浦は、ゆうの目を見ずに、机の端を指でなぞりながら言った。
「……なんか……羨ましい、っていうか……
すごい、っていうか……」
(すごい……?)
ゆうは苦笑した。
「俺はただ、普通にしてるだけだよ」
その言葉に、三浦はゆっくり顔を上げた。
その目には、驚きと、少しの戸惑いが混ざっている。
「……普通、か……」
三浦はその言葉を噛みしめるように呟いた。
「……僕たち男子にとって……“普通”って……
すごく難しいんだよ……」
ゆうは言葉を失った。
三浦は続ける。
「……女子に話しかけられたら、返事を返すべきか迷うし……
返したら返したで、驚かせちゃうし……
距離が近いと、先生に注意されるし……」
(……そんなに気を使ってたのか)
三浦は、ゆうの方を見ずに、ぽつりと言った。
「……でも……崎山くんが普通にしてるのを見て……
なんか……少しだけ……楽になった」
ゆうは驚いた。
(俺の“普通”が……誰かの助けになってる?)
三浦は、ほんの少しだけ笑った。
「……ありがと」
その言葉は、女子のように震えてはいなかった。
ただ、静かで、まっすぐだった。
ゆうは自然に返した。
「どういたしまして」
その瞬間、三浦は目を丸くした。
「……返事……早い……」
「普通だろ?」
三浦は、しばらく黙ってから、小さく笑った。
「……うん。普通……か」
その笑顔は、昨日までの教室にはなかったものだった。
ゆうの“普通”が、
男子にも、女子にも、
少しずつ波紋を広げている。
――第11話、終わり。




