第10話「小さな“変化”の波紋」
第10話「小さな“変化”の波紋」
翌日の教室は、いつもと同じ静けさに包まれていた。
女子たちは自然に距離を取り、ゆうの周囲には相変わらず“空白の席”がぽっかりと空いている。
だが――昨日までとは、ほんの少しだけ違う空気があった。
ゆうが席に着くと、前の席の女子が一瞬だけこちらを見た。
すぐに目を逸らしたが、その動きは昨日よりも“遅かった”。
(……気のせいか?)
ゆうは教科書を開きながら、周囲の気配を探る。
女子たちは相変わらず慎重だ。
けれど、昨日までのような“完全な沈黙”ではない。
小さなざわめきが、教室の隅で揺れている。
「……今日も……来てる……」
「……昨日……話してた……よね……」
「……返事……返ってた……って……」
声は小さい。
だが、確かに“観察”ではなく“興味”が混ざっていた。
(……少しは慣れてきたのか?)
そんなことを考えていると、隣の席の女子が、そっと体を縮めるようにして筆箱を落とした。
昨日と同じような音。
だが、彼女の反応は昨日とは違った。
「あ……」
声が出た。
小さいけれど、確かに“声”だった。
ゆうは自然に手を伸ばし、筆箱を拾って渡す。
「落ちたよ」
女子は固まった。
だが、昨日よりも短い沈黙で、震える手を伸ばした。
「……っ……あ……りが……とう……ございます……」
昨日よりも、言葉が少しだけ滑らかだった。
(……慣れてきてる?)
周囲の女子たちも、昨日ほど息を詰めていない。
驚きはあるが、恐怖ではない。
“どう反応すればいいのか”を探しているような空気。
ゆうが席に戻ると、後ろの席の女子が、勇気を振り絞ったように声をかけてきた。
「……さ、崎山くん……」
ゆうが振り返ると、彼女は一瞬だけ固まった。
だが、逃げなかった。
「……あの……昨日……先生と……話してた……よね……?」
「うん。男子保護のルールの話を聞いたよ」
その瞬間、彼女の表情が揺れた。
「……っ……そ、そう……なんだ……」
返事は震えている。
でも、昨日よりも“会話”になっている。
(……少しずつ、変わってきてるな)
ゆうがそう感じたとき、教室の扉が開き、担任が入ってきた。
「席について。授業を始めるわよ」
女子たちは一斉に席へ戻る。
だが、ゆうの周囲の空気は、昨日よりも柔らかかった。
授業が始まると、女子たちの視線が何度かゆうに向けられた。
すぐに逸らすが、その“逸らし方”が昨日よりも自然だ。
(……慣れようとしてるんだな)
ゆうは黒板を見ながら、静かに思った。
自分が“普通に接する”ことで、
このクラスの“普通”が、ほんの少しだけ揺れ始めている。
それは大きな変化ではない。
誰かが急に話しかけてくるわけでもない。
距離が縮まったわけでもない。
ただ――
女子たちが、ゆうを“観察対象”ではなく“人”として見始めている。
その小さな変化が、教室の空気に確かに波紋を広げていた。
(……悪くないな)
ゆうは静かに息をつき、ノートを開いた。
――第10話、終わり。




