第1話「熱が下がった日」
第1話「熱が下がった日」
目を開けた瞬間、知らない天井があった。
いや、正確には――“この身体の記憶としては知っているはずの天井”だ。
(……転生、ってやつか。なるほど、こういう感じなんだな)
身体は重い。熱の名残がある。
布団の横には保冷剤、スポーツドリンクの空きボトル。
襖の向こうで、そっと気配が動いた。
「……ゆう? 起きたの?」
控えめな声。
襖がわずかに開き、女性が顔をのぞかせる。
(この身体の……母親、か)
「うん。大丈夫。ありがとう」
自然にそう返したつもりだった。
だが、母・たか子は一瞬だけ固まった。
「……そ、そう。よかった……」
声が震えている。
驚きと、安堵と、どこか“恐る恐る”の気配。
(え? そんなに心配してた?)
たか子は部屋に入ってくる。
けれど、その歩幅が妙に小さい。
まるで“近づきすぎないように”調整しているような。
「水……飲める? 無理しなくていいからね」
「飲むよ。ありがとう」
コップを受け取ると、たか子の肩がわずかに跳ねた。
(え、なんで? 普通に受け取っただけだよな?)
そのとき、襖の向こうからさらに小さな気配。
「……お兄ちゃん……?」
妹のことみが、そっと顔を出す。
目が合った瞬間、びくっと肩をすくめた。
(怖がられてる……? 俺、そんな顔してた?)
「起きたよ。心配かけたね」
「っ……う、うん……だいじょうぶ……?」
「大丈夫。ありがとう」
ことみは、母の方をちらっと見る。
“話しかけてもいい?”と確認するように。
たか子が小さくうなずくと、ようやく一歩だけ部屋に入った。
(なんだこの慎重さ……俺、爆発物か何か?)
ことみは視線を落としたまま、ぽつりとつぶやく。
「……お兄ちゃん……なんか……」
「ん?」
「……やさしい……?」
言った瞬間、自分でハッと口をつぐむ。
“言いすぎた”とでも思ったのだろう。
(いやいや、家族に優しくするのって普通じゃないの?)
「そう? なら良かったよ」
その一言で、母と妹の表情が同時に揺れた。
驚きと、安堵と、戸惑いが混ざったような。
たか子は胸に手を当て、息を整えながら言う。
「……ゆう、今日はゆっくり休んでね。無理しないで」
「うん。そうするよ」
「……よかった……」
二人はそっと部屋を出ていく。
襖が閉まる音まで、やけに静かだった。
ゆうは布団に背を預け、天井を見上げる。
(……なんだ? 俺、そんなに扱いづらいキャラだったのか?
病み上がりだから気を使ってる……だけじゃないよな、これ)
この世界の常識は、まだ何ひとつわからない。
ただ、ひとつだけ確かなのは――
**“俺の普通は、この家族の普通じゃない”**ということ。
(まあ……ゆっくり探っていくしかないか)
静かな部屋で、ゆうは小さく息をついた。
――第1話、終わり。




