兎令嬢 ~生まれ変わるまでもなく、イケメン天才賢者に魔法で人型にされたけど、結婚じゃなくてお外でうさんぽがしたいんです~
前回の短編の兎が気になるとのお声を頂いたので、書いてしまいました。
賢者×兎娘です。
ヴィリアーズ侯爵の邸宅から川を二つ越えると、石造りの古い屋敷がある。
領地の最西端、『黒い隠れ家』と呼ばれる深い森だ。
鹿や栗鼠以外は誰も近づかないような辺境の場所。
そこに、一人の男が住んでいた。
名はシュトラウス。
歴史に名を刻む若き大賢者にして、禁呪を理論化した唯一の魔術学者。
整った容姿で、女性の支持者も多い。
動物にも優しく、怪我をした獣にさえ手当てをする。
各地の街で、治水や衛生の向上をして、民衆に正しい知識を授けて回っている、徳の高い人間であり。
そして重度の、兎偏愛主義者である。
「ふう……今日も兎が可愛い」
ため息のような言葉は、陶酔そのものだった。
彼の腕には柔らかな白兎が収まって、体を丸めて眠っている。
この雌の兎は、シュトラウスが森で拾った『リリアン』だった。
瀕死で震えていた小さな命を救ってからというもの、延命魔術、エリクサー、希少草の栽培、生命変換理論、シュトラウスはありとあらゆる研究を兎のために費やしてきた。
戦争。
王家。
世界危機――。
どうでもいい。
シュトラウスにとっては兎がいれば万事好調なのである。
彼にとっての至福の時間は、こうして研究の後に、ゆっくりと兎を膝に抱いて、ハーブティーを飲むことだ。
うっとりと草の匂いを嗅ぎ、兎を撫でる。
「ああ、愛しい。愛しいという言葉では表せない……この鼻。この耳。この温もり。世界の宝だ……ウサギさえいれば生きていける」
リリアンはきょとんとシュトラウスを見上げ、ぴょこぴょこと耳を揺らしただけだった。
シュトラウスは名残惜しげにそっとリリアンを床に下ろす。
「あーあ、そろそろ弟子を見つけないといけないなあ……王城がしつこいのなんのって……アカデミーの首席とかでいいんじゃないかな……よし、そうやって書こう。今年の入学者の首席の子を指名、っと……うん、これでよし。新入生なら、良くも悪くも僕の研究に染められるしね」
部屋の隅のわらの山に乗って目を閉じる白兎を、シュトラウスはじっと凝視した。
シュトラウスが作った首輪が馴染んでいる。
希少な桃色のユニコーンをなめした革で作った特注品だ。
傷ついたサーペンウルフの世話をしていたところ、貢ぎ物のように死骸を頂いたのだ。
そうそう手に入らない禁漁物である。
せっかくなので愛しい兎のために腕をふるったのだ。
「いつか君を……伴侶にしてみせる」
これは、変態と天才が紙一重、いや、拮抗した末に前者が勝ってしまった賢者シュトラウスの、やや斜め上のサクセスストーリーである。
*
3年ぶりに戻ってきた塔の最上階で、シュトラウスは厳かに呟いた。
「……時は来た」
シュトラウスの本当の野望は、大賢者の称号でも、世間からの賞賛でも無かった。
全大陸が知ったら、兎ギルドの面々以外は間違いなく全員頭を抱えるであろう、狂気と執念の大儀式の遂行。
つまり、『兎を人型にする』そして『伴侶に迎える』という計画である。
アカデミー首席のジゼル・アシュバートは、弟子として3年かけてシュトラウスに着いてきてくれた。
その間、ジゼルとシュトラウス、そしてリリアンは様々な場所に旅をした。
あるときは山へ、あるときは海へ。
珍しい草があると聞けばすぐに出発した。
そのかいあって、遂に見つけたのだ。
幻の『白妙換草』。
あのような東洋の島国にあるとは予想外だった。
すぐに大陸に種を持ち込んで栽培すると、しっかりと根付いて育った。
ついでに延命に使われる、エリクサーも畑に植えて、魔法を何度も何度も重ねがけして、人工培養に成功した。
シュトラウスの理論が正しければ、これで準備は整ったはずだ。
「よし。いくぞ……魔方陣、発動ッ!」
塔全体が魔力で震えた。
びっしりと数字の書かれた幾百もの魔方陣が光を重ねる。
空に向かって槍のように柱が伸び、魔力の光が迸る。
「生命変換理論・最終式──ホムンクルス・アッセンション!」
魔方陣の中央の揺り椅子に載せられたリリアンは、柔らかい光に包まれ、毛並みがほどけるように形を変えた。
そしてゆっくりと、人の形に収束していく。
パンッ!
光が爆ぜた。
その瞬間、リリアンの首輪に亀裂が入る。
「っ……!」
白い煙が晴れた。
首輪がブチッと切れる。
現れたのは、白い髪と琥珀の瞳を持つ少女。
肩までかかる淡い髪、華奢な体つき、
そして、兎耳とふわふわの尻尾がぴょこっと残っている。
「……?」
目をぱちぱちさせる少女に、シュトラウスは硬直した。
「あ、あ、あ、ああああああああああああッ!?!?」
「しゅとらうす?」
「かわいいいいいい! うおおおお、耳も尻尾もちゃんと残ってついてるううう! うわあああああ! 天使! 天使を誕生させてしまった!」
「うん。みみ、ついてる。あれ? これはにんげん、じゃない、まだ、うさぎ?」
賢者は、胸を張った。
「わざとだよ!!!!!!!!!」
「……?」
「うさ耳を消すわけがないだろ!!? こんなにっプリチーかつキュートなのにッ! 世界は、僕は、兎娘が! 完全体であることで救われる! これ以外の完成形があるものか!! これを美と呼ばずして何と言う!?」
少女──リリアンはぽかんと口を開けた。
そのまま、首を傾げる。
「ありがとう。しゅとらうす。きれいなからだ。すてき」
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
賢者は息をし忘れかけた。
早く布でくるんでやらなければいけない。
兎が天使だ。
いや、天使が兎なのか。
シュトラウスは絹のワンピースを手に取ってズボッと着せてやった。
「……ふく」
「そうだよ、リリアン。きれいなドレスを山のように買ってあげるからね」
「ドレス。きれい」
とにもかくにも、元・兎の少女、リリアンは嬉しそうに立ち上がった。
足取りはふわふわしつつも、しっかりと二本足で立っている。
「おおっ、リリアン、リリアンが立った!」
さあ、結婚式だ、と浮かれるシュトラウスのローブの裾を、くいっと少女は引っ張った。
「ん?」
「シュトラウス。わたし、にんげんになった」
「そうだね! やったね! ついに人型か! 待っていたよリリアン! さあ、今日から夫婦として暮らそう」
「だから、そとに行きたい」
「そと……?」
「うん。おひめさま、みたいに。きれいなドレスきて。おさんぽ。おみせ。ごはん。しゃかいけんがく。したい」
鼓動が止まる。
賢者は目を閉じた。
「もしかしてだけど……君は、僕と結婚するつもりで人になったんじゃ……ない?」
「??? けっこん? なにそれ」
致命傷だった。
賢者は崩れ落ちた。
*
シュトラウスの『兎を人型に!』実験は大成功をおさめた。
そうなると、今度はそれを論文にまとめなければならない。
石の塔に缶詰になったシュトラウスの膝にはもう何ものっていない。
リリアンはぴょんっと跳ねて、バイバイと手を振った。
「う、うう、リリアン……だからといって僕は他の兎には浮気はしないから……! オスだったらいいかな……いや、だめか? はあ、ああ、兎不足だ……禁断症状が」
「いい加減にしてください。オスでもメスでも見境無く人型にしないでくださいよ」
リリアンの社会勉強の引率者に選ばれたのは、賢者見習いの少女・ジゼルだった。
紅色の髪を艷やかに束ねている。
ジゼルは賢明な美少女だった。
礼儀正しく、優しく、意外と肝が据わっている。
「でも本当に、わたしが面倒を見るんですか?」
さすがのジゼルもいささか戸惑っていた。
リリアンが耳をぴょこんと動かして頷いた。
「うん。ジゼルはきれい。わたし、ここにずっと閉じこもるより、おさんぽしたい」
「うう……野うさぎだもんね……ごめんよ、リリアン」
「きれいなひとについていきたい」
「理由そこ!?」
シュトラウスは名残惜しすぎて泣きそうだった。
「ぼ、僕も一応巷では美しすぎる賢者だって言われてるんだけど……」
「なんですかそれは」
と、ジゼルが突っ込む。
リリアンはほわほわと微笑んだ。
「シュトラウスもきれい。だけど、おひめさまじゃない」
「うっ……うう……僕にもう少しおっぱいがあれば、おひめさまになれたのに……神よ」
隣で成り行きを見守っていたジゼルがあきれた。
「胸よりも、理性や常識のようなものが必要なのじゃありませんか? とにかく今は世紀の大発見。論文を書かなければいけませんわ。これでは賢者というより愚者に見えますよ、先生。そんなにくだらない願い事をされたら、神様にご迷惑ですわ」
「だってジゼル! きみはいいよ、毎日リリアンに会えるのだろう。僕は週に一度が限度さ。ああ、リリアン、週末にエリクサーを届けに行くからね……また会えるからね……忘れないで……」
「うん。またあう。しゅとらうすは、いい匂い。好き」
「゛っっっっっ!!!!!!!!!」
賢者は壁に頭を打ちつけて崩れ落ちた。
才媛ジゼルは見なかったことにした。
*
辺境伯の令嬢であるジゼルは、リリアンを連れて実家へ戻った。
ジゼルとの領地での共同生活は、リリアンにとって刺激の連続だった。
水を運べば褒められる。
料理を手伝えば喜ばれる。
お使いに行けば「ありがとう」と言われる。
日々はきらきらして、全部が宝物のようだった。
「リリアン、今日も一緒に買い物に行かない?」
「いく! ジゼル、きょうのドレスかわいい」
「リリアンのほうが似合ってるわよ」
「ちがう。ジゼルのほうが、すてき」
少女は心からそう言って、ジゼルは照れて笑った。
「お仕事も頑張ってるわね。何かごほうびがいるわね」
「ほんと。じゃあ、ほしいものある」
「なあに?」
「足につけるわっか」
「わっか? アンクレットみたいなものかしら」
そうして、侍女の仕事を学ぶうちに、リリアンは人間らしい行動ができるようになっていた。
「いいかしら、リリアン。恋愛は『飴と鞭』よ」
「あめ?」
「ええ。甘い言葉ばかりでは殿方は惹きつけられないわ。本当に彼を愛しているなら――時には強気にならないとね」
ジゼルがリリアンを連れて、騎士団のアルベルトを訪れた日も、リリアンは着いていった。
「アルベルト様」
「っ! ジゼルか!?」
「長年お待たせいたしました」
「ま、待ってなど」
「あら? もう愛想をつかしてしまわれたの?」
「く……お前は! お前はいつもそうだ! 俺があたふたしているのを見て面白がっているのだろう!? 今回だって、婚約破棄をして、俺がどれだけ後悔しているか、ざまあみろとあざ笑いに来たのだろう!?」
「ええ。そうですわ」
「っ!」
「と、言って欲しいのですか?」
ふっと表情を緩めて、ジゼルは歩み寄った。
リリアンは悟った。
あ、これが『むち』ってやつだ、と。
ジゼルは、鍛錬後の汗に濡れたアルベルトに手を伸ばした。
ぎゅっと頭部を包み込むように抱きしめる。
「な……!」
「よく頑張りましたね」
「……汗臭いだろ」
「いいえ、アルベルト様。あなたは昔から、とても甘い香りがするのです。私はいつもアルベルト様を想っていましたのよ。噂はきいていました。騎士団に入って、鍛錬をして強くなったこと。背が伸びたこと。侯爵家の帳簿も読み解けるようになったこと」
「ジゼル……俺だってジゼルの噂をずっと聞いていた! そのたびに胸が苦しくなって」
「ごめんなさい、アルベルト様。寂しい思いをされていたのでしょう」
「……」
「あら? 否定なさらないの?」
「……さみしかった」
「まあ!」
ジゼルは大きな目をパチッと瞬かせると、リリアンに向こうを向いているように言いつけた。
もういいわよ、と言われて振り向くと、涙目で真っ赤になったアルベルトと、満足そうに微笑んでいるジゼルがいた。
「結婚いたしましょう、アルベルト様」
と、ジゼルが言った。
「け」
「婚約はもう結構ですわ。私、一日だって待てませんの。侯爵家には話を通してあります。42日前から」
「よんじゅうににち……」
「さ、ここに指輪もございます。世界に一つだけの希少な金属でできているのです。特注で、このために私はシュトラウス先生に着いていったようなものなのです。まあ、とってもお似合いですわね。これ一つで宮殿が2つは買えますわ」
リリアンはアルベルトが追い詰められていく子狐のように見えた。
不思議だ。
ジゼルはアルベルトよりもずっと華奢なのに、どうにも猛禽類のように見えて仕方が無い。
「ジゼルと、結婚」
「ええ。そうですわ。あとは、アルベルト様が頷いてくれればいいだけなのです」
瞠目したアルベルトは、まぶたに溜まった涙をぬぐうことも忘れて呆然と頷いた。
なんだかもう一度そっぽを向いておいたほうがいいような気がしたリリアンは、やはり賢い兎だった。
*
翌日、アルベルトが辺境伯の屋敷を訪れた。
アルベルトは諸々の手続きをありえないほどにスムーズに済ませた。
実際のところはジゼルが根回しをしていたのでサインをするだけでよかったのだ。
アルベルトは、しっかりと指輪をはめていた。
「ジゼル、改めて──愛してる。もう二度と離れない」
「……私もですわ」
抱きしめあうふたりを見て、リリアンは柔らかくまばたいた。
人間っていうのは、やっぱりすごい。
昨日は猛禽類と子狐だったのに、今日は物語の王子と姫のような顔になっている。
ジゼルはリリアンに向き直った。
「リリアンはどうする? 侯爵家で働く? 私の侍女として正式に迎えることもできるわ」
リリアンは黙り込んだ。
ジゼルが優しく背中に触れる。
「リリアンの望む方でいいの。無理をさせたくないわ」
長い沈黙の後、やがて、リリアンは小さく言った。
「……しゅとらうすの、ところに、かえる」
アルベルトとジゼルは顔を見合わせ、微笑んだ。
「そう。帰りたい場所があるのは――幸せね」
*
そして、週に一度のシュトラウスが延命薬を届ける日がやってきた。
辺境伯の屋敷の前で、リリアンは待っていた。
門の隣、女神像の泉の前の丸い石畳みの文様から、光り輝いてシュトラウスが姿を見せる。
国家秘密の魔方陣を惜しげも無く使っている。
「リリアン……! 久しぶりだね、元気だったかい。今日もたくさんお菓子をもってきたよ。もちろんオーガニックの小麦とオーガニックのにんじんを使った、フル・オーガニックのクッキーだよ。にんじんは僕が育てたんだ。さすがに小麦は難しくて、買い付けたけれどね。最高級のクラウン種の小麦だよ。一国の財政を左右させるほどの高級種さ、リリアンが気に入ってくれるといいんだけど」
リリアンはすっと息を吸った。
ペラペラと語り続ける賢者をまっすぐ見る。
視線に気付いたシュトラウスは、山盛りのクッキーの入ったバスケットを片手にリリアンを見た。
「ん?」
「しゅとらうす。けっこんする」
「ああ、ジゼルとアルベルトが? 幸せそうだったかい? よかったね。あの子たちもずいぶん長く遠回りをしたようだけど、あれが意外と最短だったのかもしれないね。本人たちにしか分からない道っていうものがあるからね」
「ちがう」
「違う?」
リリアンは手を伸ばし、シュトラウスの腕を掴んだ。
本当は頭を掴みたかったが、さすがに届かない。
シュトラウスはリリアンよりも、とても背が高いのだ。
「シュトラウスと、わたし」
「しゅっ、うぇ?」
「けっこんしよ」
賢者の時が止まった。
「……んんんんんんんんんん!?!?!?!?!?」
辺境伯の屋敷の外壁が揺れるほどの叫び声だった。
「しゅ、しゅしゅ、シュトラウスと!? わたし!? わたしってリリアンのこと!? け、けっ、けっこん!? 今!? え!? 私がシュトラウスでシュトラウスが私で!?」
賢者の顔は真っ赤を通り越し、もはや茹で蛸である。
リリアンはきょとんとしたまま、真剣なまなざしで続けた。
「うん。恋人は、あめとむち」
「なんの影響受けてるのリリアン!!?」
「しゅとらうすは、あめ。あまくて、いい匂いで、好き。だから、結婚する」
「好きの理由の半分『匂い』なんだね……!? ふおおおおぉ……論文ノートにメモメモメモ」
混乱しながらも嬉しさが爆発寸前の賢者は、メモ帳を片手に、全身を震わせながら問い返した。
「きみはずっと『外に出たい』『社会勉強したい』って言ってたじゃないか……外での生活は、楽しいんじゃなかったのかい……?」
リリアンはこくりと頷く。
「うん。たのしかった。きれいで、すてきで、きらきらしてた」
リリアンは一歩近づく。
迷いのない瞳だった。
「でも、こんどは、しゅとらうすと、いろんなところに行く」
賢者は心臓を撃ち抜かれた。
いつになく真面目な顔になって言う。
「もう離せないよ……? 本当に、いいの……?」
「うん。さいしょから、リリアンはシュトラウスの兎」
リリアンは右足を曲げて、長いくつしたを脱いだ。
白い足が露わになる。
そこにはあの、ユニコーンの薄桃色の革が、肌に馴染むように収まっていた。
「え……」
切れた首輪。
それをリリアンは、足輪として身につけていた。
「もう、わたし、大きくなったから。首にはつけられなくて」
「っっっっリリアァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!」
賢者が理性のネジを吹っ飛ばして、リリアンに抱きつこうとしたその時。
「天を司りし秩序よ、地を律する理よ、愚行に曇る叡智を正すため、いま我に力を貸したまえ。戒めの鉄槌は光より速く、真理の刃は沈黙より鋭く、清廉なる名の下に、頭蓋を制したもう」
空中に魔方陣が生成される。
「天撃・頭蓋制裁!」
スッパアアァァァン!!
「痛いッ!」
シュトラウスが後頭部を押さえた。
「ねえ! 加護の魔法かかってなかったら、やばかったよ!?」
「シュトラウス様がいつもペンダントやら首輪やらに、やたらと重い加護をかけてらっしゃるのは知ってますから」
「だからって詠唱までして後頭部叩かなくてよくないかな!?」
「人の屋敷の前で大声でリリアンに卑猥な行為をしないでいただけますか?」
「していない! 断じてしてない! 抱きつこうとしただけ!」
「加害者の言い分ですわね」
「聞いた? リリアンが僕に結婚を! こんな、ジゼルと喋っている場合じゃないんだよ。気が変わらないうちに、急がないと」
「シュトラウス様! 手順を踏んでください手順を!!
式も日取りも届出も! 飛ばす気満々の顔をしない!!」
「教会を建てよう! ここに! 教会建てる! 今建てる!」
「建築魔法を人の家の前で使わないでください! あっ! 大聖堂の建設魔法陣を展開しないでください! 違法ですよ!」
「しゅとらうす、リリアンの服も決める。ドレス? ウェディングドレス?」
「うっ……世界一可愛いのにしようね……何がいい? ユニコーンの角でもエルフの羽根でも何でも手に入れてあげるよ」
「シュトラウス先生! いみじくも賢者なのですよ……エルフなんて思い切り違法ですからね。聞いてますか?」
*
しゅとらうすの手は大きくて、あたたかい。
ぎゅっと手をにぎると、しゅとらうすの目がとろける。
リリアンは、うれしい。
大すきなひとが、リリアンを見てくれる。
うさぎだったとき、なにもできなくて、ぴょんってして、こっちを見てって、ねがってた。
いまは、ちゃんと言える。
「しゅとらうす、すき」
「やさしくて、きれいで、リリアンを守ってくれる」
「リリアンのいちばんは、ずっと、しゅとらうす」
しゅとらうすの目がうるんで、だきしめられる。
うれしい。
むねのおくがじんじんして、あつくなる。
「世界一、幸せにするからね」
そんなこえで言われたら、もう、なにもこわくない。
「うん。リリアンは、しゅとらうすの兎で、しゅとらうすのお嫁さん」
しゅとらうすが、わらう。
だけど、ないてる。
いたいの? ってくびをかしげたら、しあわせでも、にんげんはなくんだって、おしえてくれた。
そっか。
これが、しあわせかぁ。
*
大聖堂では荘厳な式が行われようとしていた。
魔術学院の偉い人々。
王国の役人。
諸外国から招いた兎愛好家ギルドの面々。
謎ではあるが、明確なのは大勢ということだった。
シュトラウスは漆黒のタキシード。
リリアンは純白のドレス。
頭には花冠、背にはふわふわの尻尾。
花嫁の耳は歩く度にぴょこぴょこ揺れ、式場全員の寿命を延ばした。
「永遠の愛を誓いますか」
司祭の言葉に、賢者シュトラウスは凜と答えた。
「誓います。一兆回誓います」
「一度でよろしいのです、賢者殿」
続いてリリアン。
「ちかう。しゅとらうすのそばにいて、一緒にごはんして、おでかけして、いっぱいお話して、いっぱいなでてもらう」
賢者と兎ギルドの面々は、今にも鼻血と魂が出そうだった。
指輪を交換し、唇を重ねた瞬間、事件が起こった。
式場の魔力灯が弾け飛んだのだ。
賢者の精神が制御不能な混乱となり、異常な魔力放出となった結果である。
才媛と名高い、ジゼルが予備用の電灯に付け替えた。
やはり、準備は肝要である。
式がおおよそ無事に終わり、新婚旅行のための車に乗せられたリリアンは、シュトラウスの袖をつまんだ。
「ねえ、しゅとらうす。どこに行く?」
「世界全部。きみが見たいところ全部。なんなら大陸を丸ごと浮かせて移動式遊園地にしてもいい」
車の背後でジゼルが魔方陣を書き出した。
「わかった、わかったって……全く僕の弟子はちょっと血の気が荒過ぎるよ。結婚して、少しは落ち着いてくれたらいいんだけど」
シュトラウスは車を発進させた。
リリアンの手を握って、真剣に告げる。
「リリアン。きみが幸せでいるために、僕は何でもするよ。きみが兎だろうと、人だろうと。どんな姿でもね」
リリアンは笑った。
耳をぴょこんっと揺らして。
*
その後、賢者と兎耳の妻は世界中を旅することにした。
魔法都市も、海の都も、砂漠の王国も、雪の城も。
「おいおい、ご主人。嫁さんに夢中だなぁ?」
「当たり前だ。僕の世界そのものだぞ。なめるなよ」
どこに行っても、賢者は伴侶を溺愛して噂になった。
「しゅとらうす、みて。ここ、すてきだね」
「リリアンがいる場所は全部すてきだよ」
今日も賢者は旅をしている。
兎の肩を、優しく抱きながら。
END
またわけのわからない話が生まれてしまった……と思いましたが、書いてて楽しかったです。
読んでくださりありがとうございました!!感謝~~~!!




