変化の兆し
カナタは、再び欠片を手にしていた。
薄暗い部屋の中で、その冷たく硬い石をじっと見つめている。微かな光が漏れ、時折その表面が反射する。手のひらに乗せていると、不安定な熱を感じる。それは、ただの物体というにはあまりにも異質で、どこか生きているような感覚を覚えた。
欠片の輝きは、日が落ちるごとに強くなる。何度も触れてきたが、その度に胸の奥で感じるものがあった。まるで遠くから呼ばれているような、しかしはっきりとは分からない何か。カナタは、その気配に引き寄せられるような感覚を覚えていた。
ふと、窓がガタッと音を立てて揺れる。冷たい風が部屋の中に入り込んできた。カナタはその風に目を向けると、外の景色がいつもと少し違って見えた。星空が、わずかに歪んでいるような気がする。それは、普段なら気にも留めない些細なことだったはずだが、今のカナタにはその異常が強く感じられた。
「…何だ?」
カナタは思わず呟いた。
そして、その瞬間、静かな音が耳に入った。足音だ。しかし、部屋には誰もいないはず。驚いて振り返ると、そこに現れたのはフードを深くかぶった男だった。顔は見えないが、その立ち姿からただならぬ気配を感じ取る。
男は動かずにカナタを見つめ、低い声で言った。
「お前、それを拾ったのか。」
その問いかけに、カナタは息を呑んだ。男の声は落ち着いていたが、どこか鋭さを感じさせる。
「…ああ。」
カナタが答えると、男はさらに一歩、近づいてきた。
「それを手にした者は、もう戻れない。覚悟はできているか?」
その言葉にカナタは息を飲んだ。戻れない? 何を言っているんだ? 何が始まるというのだ? しかし、男はその目でカナタをじっと見つめ続ける。
「その欠片は、ただの石ではない。お前がそれを手にした時点で、もうこの世界の枠に収まることはない。」
カナタは男の言葉を理解しきれなかったが、言い知れぬ不安と緊張感が胸に広がった。男の目の奥に宿る冷徹な視線、それが何か恐ろしい運命を告げているように感じた。
「お前は、もう普通の生活を送ることはできない。覚悟を決めろ。」
男は言葉を残して、ゆっくりとその場を離れた。背中を向けたその瞬間、カナタは突如として部屋の中に異変を感じ取った。空気が重く、異常に張り詰めている。欠片が再び強く光り、カナタは思わずその光を避けるように目をそらした。
男の言葉が、頭の中で反響し続ける。
「戻れない…?」
カナタはその言葉を噛みしめるように、もう一度欠片を見つめた。その光は次第に強く、そして不安定に脈打っているように見えた。
⸻
翌朝、カナタはいつも通りに目を覚ましたが、すぐに何かが違うことに気づいた。
村の広場には、普段の賑やかさが欠けていた。市場の前はいつもなら人々で賑わっているが、今日は静まり返っている。カナタは少し不安な気持ちを抱えながら、村人の一人に声をかけてみた。
「おはよう、どうしたんですか?」
村人はカナタを見て、一瞬目を逸らした後、少しの間を置いて答えた。
「お前、昨日の夜のことを知らないのか? いきなり動物たちが村から一斉に姿を消してしまったんだ。それに、村の外から何か不気味な音が聞こえてきた。」
その言葉を聞いたカナタは、胸がひどく重くなるのを感じた。動物たちが消え、そして村に不気味な音が響く…。これは一体何が起こっているのだろうか?
「…それも、欠片のせいか?」
カナタは心の中で呟き、再び手にした欠片を見つめた。その輝きは、昨日よりもさらに強くなっているように感じる。まるで、何かが自分を試しているかのようだ。
村人の話を聞き終えると、カナタは無言でその場を後にした。胸の中で強く思うことがあった。それは、確実に欠片が何かを引き寄せているということ。そして、その何かが自分を無視できない形で巻き込んでいくことを、カナタは悟った。
「もう逃げられない。」
その言葉が口をついて出る。カナタは自分の運命を、否応なく受け入れざるを得ないことを感じていた。欠片がもたらす未来が、もう明確に動き始めていた。