運命を呼ぶ花
夜は思ったよりも静かだった。
遠くの村の灯りも、少しずつ薄れていき、ここにいるのはただ風の音と、足元に広がる草のざわめきだけ。星も月も、何かを察するかのように深く静まり返り、世界が眠りにつこうとしているかのようだった。
その中を歩き続けていると、何もかもが重たく、無駄に感じられる。
胸に重くのしかかる思いは、村の人々から向けられた視線に他ならなかった。憐れみや軽蔑、そして何よりも、「何者でもない」というその目が、カナタの胸を締め付けていた。
父が森の中で姿を消してから、もう何年も経った。その出来事は、今もカナタの心に深く刺さったままだ。
あの日のことを考えるたび、胸が苦しくなる。父が何故あの場所に、あの夜に消えたのか。その理由は、永遠に分からないままで、カナタを無力にさせるだけだった。
父の消失と、それを受け入れられない自分。その矛盾を、どうしても払拭できない。
だから今も、こうしてひとり森の中を歩いているのかもしれない。ただ、何かを確かめるために。
その時、カナタの足元に、何かが落ちた。
それは、何の前触れもなく、ただ──地面にひとつ、転がるように落ちてきた。
それを見た瞬間、足を止めた。
「……なんだ?」
見たところ、それはただの錆びた金属の破片のように見えた。
特に目を引くようなものでもない。ただの、ゴミのような──いや、もしかしたらただのガラクタに過ぎないのかもしれない。
ふと、立ち止まり、カナタはその欠片を見つめる。
父が姿を消す直前、似たようなものを拾ったことがあった──そんな気がした。
その欠片は、父が消えた場所、森の奥深くで見つけたものだったかもしれない。それが、何か意味があるものだと、今も思いたかった。
「拾うのか?」
その声が、突然、カナタの背後から響いた。
振り返った瞬間、そこに現れたのは──あのフードを深く被った男だった。
男の顔は、月明かりに照らされた影の中に隠れ、ただその低い声だけが、はっきりとカナタの耳に届いた。
「それを拾うのか?」
男の声には、ただの問いかけではない、何か──確信に近いものが感じられた。
カナタは、少し息を呑んだ。
その言葉には、どこか意味があるような、そんな気がした。そして、自分が今拾おうとしているその欠片が、ただのガラクタでない気がしてならなかった。
「……分からない」
カナタは答えた。
足元の欠片をじっと見つめ、言葉がどこか虚ろに響く。
「ただ──これが、何か意味があるような気がして」
その言葉を放った瞬間、胸の中で何かがきしむ音がした。
あの日、父が消えた森の奥に、確かに残っていた気がした、あの感覚──それが今、カナタの中で再び甦ってきたようだった。
「意味があるか、どうかは、お前次第だ」
男の声が響いた。
カナタは再び、目の前に落ちている欠片を見つめた。その欠片は、ただのガラクタのようで、何も特別なものに見えなかった。しかし、どこかで感じるこの強い引き寄せの力。
それはまるで、何かを知らされる前触れのようだった。
「お前が拾って、それが何かに変わるのか──それとも、このまま消えていくのか」
その言葉に、カナタは静かに頷いた。
拾うべきかどうか分からない。だが、何かを感じずにはいられなかった。父の足跡が、今もこの森の中に残っている気がしたから。
そして、ゆっくりとその欠片を手に取る。
触れた瞬間、手に伝わる冷たさが、カナタの心を少しだけ静めた。
その欠片が、今は何の意味も持っていないように見えたとしても──カナタは、それが何か大きな運命の一部だという確信を持ちたかった。
そして、彼が拾ったその欠片が、何か大きな秘密を解き明かす鍵だと──直感的に、そう感じた。
フードの男が言った言葉が、今もカナタの耳に残る。
「それを拾うのか」──その問いが、ただの質問でなく、試されているように思えた。