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エーデルワイス  作者: たまき たまお
第一章  呼ばれる。
3/6

予兆

夕暮れの空は、金と藍が混ざり合ったような色をしていた。

村の奥からは夕餉の支度の匂いが漂ってきて、どこか懐かしい気持ちにさせる。けれど、カナタはその香りから目を背けるように、小道を外れて歩いていた。


誰も来ないはずの広場に、火の明かりが揺れていた。


「……え?」


思わず足が止まった。

それは夢か、幻か──そう思うほど、唐突だった。

だが確かにそこには、焚き火が燃えていて、その前に一人の男が腰を下ろしていた。


フードを深く被り、顔は見えない。

けれど、その存在感は強烈だった。風が止まり、音が消え、世界の中心にぽつりと“異物”が置かれたような、そんな違和感。


カナタは知らず知らずのうちに、少しだけ近づいていた。


「……誰?」


その問いに、男は顔を上げることもなく答えた。


「名は、意味を持たない」

「……じゃあ、何をしてるの?」

「火を見ている。君も見るか?」


まるで日常の一幕のように、自然な声だった。

だが、どこか距離のある、不思議な響きだった。


カナタは、少しだけ間を置いてから、焚き火に目を移した。

ぱちり、と小枝が弾ける音がした。赤い火の粉が宙を舞い、空へと消えていく。


「……火なんて、久しぶりに見たかも」

「そうか。だが火は、いつもそこにある」

「……何が言いたいんだよ」


男は笑ったような気配を見せた。だが、顔は見えなかった。


「君は、まだ終わっていない。そうだろう?」


その言葉に、胸の奥がずくんと痛んだ。


「……何の話だよ」


「やがて分かる。夜になれば、呼び声が聞こえる」


そう言い残して、男はふいに立ち上がった。

焚き火の炎が風に揺れる。そして、次の瞬間──男の姿は消えていた。煙のように、影のように。そこにいたはずの存在が、まるで初めからいなかったかのように。


残されたのは、まだ赤く揺れる焚き火の残光だけ。


カナタはしばらく、その場に立ち尽くしていた。

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