第9話 異常(イレギュラー)
<三人称視点>
「「「うわあああっ!」」」
生徒達が大きな声を上げ、逃げ惑う。
ここは本来、真っ直ぐ進むべき道。
だが、彼らには後退の選択肢しかない。
前方から迫ってくるのが、上層では見かけないはずの魔物だからだ。
「グオオオオオオオオオオッ!」
出現したのは『オーガ』。
強靭な体躯を持った、鬼の魔物である。
その体長は、およそ十メートル。
この事態は、“異常”と言わざるを得ない。
「「「きゃあああああああああ!」」」
なぜ、どうして。
様々な疑問は浮かぶが、生徒達に思考する余裕すら無い。
今はとにかく走ることしか出来なかった。
「助けてえ!」
「う、後ろに下がれ!」
「とにかく逃げるんだ!」
緊急デバイスが作動しており、生徒達にシールドが張られている。
そのおかげで何度か攻撃は耐えられた。
しかし、身の危険には変わりない。
「グオオオオオオオオ!!」
「「「……っ!」」」
自分たちに相手できるレベルではない。
ある程度の実力がある学園生だからこそ、そう直感できたのだ。
それほどオーガという存在は、彼らには強大すぎる。
「きゃっ!」
「「「……!」」」
そんな中、焦った一人の少女がつまずく。
その後ろには、金棒を持つオーガが迫る。
「グオオ……」
「ひっ……」
獲物を見るような表情で、オーガは少女を見下ろす。
この隙に逃げられるかもしれない。
だが、恐怖のあまり、少女は立ち上がることすらできなかった。
すると、ニヤリとしたオーガは金棒を徐々に上げる。
「グオオオオオオオオオ!!」
「……っ!」
そのまま巨大な金棒を振り下ろす。
一撃で仕留めるつもりだ。
恐怖から逃れるように、少女は目を閉じた。
ならば、成す術もなく粉々になる────はずだった。
「うおおっ!」
「グオォッ!?」
少女に降りかかる金棒を、ガキンっと誰かが弾く。
剣を滑らせるように交わらせ、少女から逸らしたのだ。
そんな芸当ができるのは、一人しかいない。
駆けつけた者は、シオスだ。
「大丈夫ですか!」
「……っ!」
少女はハッと息を呑む。
同時に、後ろから声がかかった。
「あなたは後ろに下がって!」
「レ、レティア様……!」
シオスに続いて、レティアも到着したのだ。
彼女は周りの生徒に指示を出しながら、シオスの隣に立つ。
レティアの登場に、生徒達の顔が晴れた。
「レティア様だ!」
「来て下さったのか!」
「レティア様がいれば……!」
オーガに襲われていたのは、同じクラスの者ではない。
それでも、ここまで信頼されるほど彼女の名は轟いている。
しかし、レティアの顔は一向に曇ったまま。
(この気配は……!)
レティアはすでに察知していた。
相手がオーガだけではないことを。
「グギギ!」
「ギギャ!」
「キィィ!」
オーガという異常な存在に、周囲からハイエナのように魔物が寄ってきていたのだ。
「「「そんな……!」」」
姿を現した魔物たちに、生徒達の顔はひきつる。
凶悪なオーガに、多くの魔物。
片方ならまだしも、両方同時では分が悪すぎる。
それを示すかのように、戦況は悪化する。
「グギャア!」
「きゃああ!」
「……!」
周囲の魔物たちが生徒に襲いかかり始めたのだ。
だが、度重なる恐怖により、生徒達は動けない。
レティアは生徒を庇うように踏み出す。
「はあああッ!」
「グギャー!」
美しき剣技により、レティアは一瞬で魔物を斬り裂く。
そのままチラリと視線を移すと、周囲に声を上げる。
「みんな、こっち側に寄って!」
「「「……!」」」
自らは先頭に立ちながら、周囲を誘導し始めた。
「前線はわたしが受け持つから!」
「ギギャー!」
「はああああああ──【薔薇の舞】……!」
「ギギャア……」
レティアは道を切り開くように剣を振るう。
その正確無比な剣技はさすがと言わざるを得ない。
「早く!」
「「「は、はい!」」」
また、その後ろではシオスも剣を振るっていた。
「【疾風薙ぎ】……!」
「「「グギャー!」」」
横一閃。
水平斬りにドランの力が加わり、風の刃が発生している。
入試でも見せていたその剣技で、複数の魔物を同時に倒していた。
だが、レティアは強者だからこそ直感してしまう。
(これじゃ、どうしたって犠牲が出る!)
こちらの戦力では、全てを片付けることは出来ないと。
その過程で、全員を救うことはかなわないと。
(一体どうすれば……!)
しかし、その戦力には見誤りがある。
正確には“知らない戦力”と言うべきだろう。
「ん、どうしたドラン?」
「きゅいきゅい!」
「そっか!」
戦闘の傍ら、シオスとドランが話をしていた。
その中で、ドランはアピールするように小さな翼をパタパタさせる。
「お前も暴れたいんだな!」
「きゅい!」
すると、ドランは風の力の供給を停止。
シオスの剣から、黄緑色の力が消える。
(ドランちゃん、なにを……!?)
まだ戦闘中だ。
正気の沙汰とは思えない。
レティアが横目で驚く中、シオスはうんっとうなずいた。
「よーし、ドランの好きなようにしていいぞ!」
「きゅいーっ!」
「……!?」
ドランはぐぐぐっと体に力を込める。
すると、その姿が段々と変化していく。
まるで|本来の姿を取り戻すかのように《・・・・・・・・・・・・・・》。
「きゅいいい──ギャオオオオオオ!」
「こ、これは……!?」
そうしてレティアの視線は、いつの間にか上がっていた──。