第8話 新入生の洗礼
「本日はダンジョンアタックの授業を行う!」
生徒達に対して、代表の先生が声を上げた。
目の前の大きな入口を前に、シオスは思わず息を呑む。
(ダンジョンってこんなに大きいんだ……)
ここは『グランフィールダンジョン』。
学園が所有する大きなダンジョンである。
ダンジョンとは、別名“迷宮”とも呼ばれる場所。
洞窟のような入口を抜けると、中は迷路のようになっており、一定の周期で構造までも変化するという。
財宝や、ダンジョンでしか手に入らない鉱石なども存在し、多くの者は資源獲得のために突入する。
(頑張ろう!)
(きゅい!)
入学から、約一週間。
このイベントは、毎年一年生がすぐに行う恒例授業である。
ここでの成果は、前期の成績に大きく影響するそうだ。
「安全が確保されているとはいえ、立派なダンジョンだ! 気を抜くなよ!」
「「はい!」」」
今回探索をするのは、上層。
ダンジョン内で最も難易度が低い層だ。
その中で、決められた資源を確保するのが目標である。
(すごいなあ、こんな物まであるなんて)
生徒達には、いざという時の物資が支給されている。
シールド付与ができる緊急デバイスなどだ。
それを以て「安全が確保されている」という言葉だろうが、探索をするのはあくまで生徒自身。
心身共に、グランフィール学園の洗礼のような授業と言える。
「それでは、各々のパーティーで突入開始!」
「「「はい!」」」
先生が手を伸ばすと、生徒は一斉に走り出す。
そんな中で、シオスも隣に顔を向けた。
「僕たちも行こうか!」
「……! え、ええ!」
声をかけられ、レティアもハッとしながら体を動かす。
パーティーの条件は二人以上、五人以下。
シオスのパーティーは、レティアのみだ。
人員を増やすことも考えたが、レティアを思ってこの決断をしたようだ。
(他の人は入れたくなさそうだったからなあ。レティアの強さなら大丈夫だと思うけど……)
パーティーに関して心配は無い。
だが、一つだけ。
今のどこかぼーっとしていた様子が気になった。
「あの、大丈夫? もしかして体調とか悪い?」
「……!」
対して、レティアは目を見開く。
(何をしてるのよ、わたしは……!)
緊張感が足りなかったこと。
パーティーメンバーに心配をかけたこと。
それらが自分で許せなかったようだ。
すると、レティアは自分の頬をぱんっと叩く。
「もう大丈夫よ」
「……! 了解!」
レティアの表情が入れ替わった。
それに信頼を置いて、シオスも共に走り出す。
だが、ぼーっとしていた理由は分からなかった。
(何か考え事をしてたのかな……?)
シオスは思考を巡らす。
対して、レティアは決して顔を合わせなかった。
(ドランちゃんに見惚れてたなんて言えない……!)
やましい気持ちを隠しておくためだ。
そんなこんながありつつ、初のイベントが始まる。
「きゅい?」
★
「はああああッ!」
ザシュっと快音が響き、小さな魔物が倒れる。
魔物の血を払い、剣をしまったのはレティアだ。
すっかり集中できている様子である。
「一旦こんなところね」
「おおお~」
「きゅい~」
その姿を、シオスとドランは後ろから眺めていた。
拍手しているのはお世辞でもなんでもない。
シオスは素直に驚いていたのだ。
(すごく洗練された剣だ……)
まず目を見張るのは、所作の美しさ。
教科書通りの動きには無駄がなく、正確かつ迅速。
入学試験首席の名は伊達ではないようだ。
だが、剣をしまえばまだ思春期の少女である。
「綺麗だね」
「は、はあ!? 急に何言ってんのよ!」
シオスの言葉に、レティアはかあっと顔を赤くする。
容姿を褒められたと思ったようだ。
(なんなのよ、もう……!)
その言葉がやけに心に引っかかる。
散々言われてきたはずだが、今回ばかりは何か違ったようだ。
対して、シオスとドランは斜めに顔を傾けている。
「ん?」
「きゅい?」
シオスは剣を称えたつもりだったようだ。
ゆえに一人で盛り上がるレティアに首を傾げる。
だが、やがてレティアはハッとした。
「て、ていうか、アンタも戦いなさいよ!」
「え」
「さっきから、戦ってるのはわたしばっかりじゃない!」
「……う、うん」
声を上げるレティアに、シオスは少しばかり戸惑う。
それもそのはず、レティアは先程「任せなさい!」と一人で先行した。
シオスとドランに良い所を見せたいがためだ。
そのため、戦闘に参加していなかっただけに過ぎない。
(一人で前に行ったのはレティアなんだけどな……)
若干理不尽だと思いつつも、シオスはドランと前に出た。
「じゃあ僕たちもやろっか」
「きゅいっ!」
授業が開始されてから、約三十分。
度々レティアが戦闘を行いながら、目標はほとんど達成できている。
もう少し進んでいけば、達成もできる頃だろう。
すると、少し遠くに一匹の魔物の姿が見える。
「キィィィィ!」
「あれは……『デカメ』ね」
大きな目玉から、両側に羽が伸びている。
名前のまんまの魔物である。
下級の魔物だが、博識のレティアは注意した。
「あの目玉からは、魔法が放たれるわ。気を付けて」
「……!」
岩陰に身を隠すと、レティアの言葉通りの光景が映る。
「キィッ!」
デカメがまばたきを行うと、魔法の球が発射された。
魔法のサイズは小さく、手に握る球のようだ。
すると、シオスは何かを思いついたよう。
「──なるほど」
「……! 行くのね」
「うん」
相手の情報を取り、シオスがデカメに向かっていく。
「こっちだよ」
「キィィ!」
剣を抜いたシオスに、向こうも気づいたようだ。
しかし、岩陰に潜むレティアはすぐに違和感を抱く。
「……!?」
注目したのは、シオスの態勢。
(あの構えは……!)
レティアが目を見開く中、シオスが徐々に魔物に接近する。
そのまま対峙しようとしたのも、束の間。
「うおお──」
「「「きゃあああああああああ!」」」
「「……!?」」
どこからか悲鳴が聞こえてくる。
シオスはピタっと剣を止め、レティアと共に振り返った。
「今のって!」
「ええ、同級生の声よ!」
どう考えても普通の事態じゃない。
二人とドランは顔を見合わせ、こくっとうなずく。
考えていることは同じのようだ。
「助けに行こう!」
「ええ!」
シオス達はすぐに踵を返した──。




