第7話 始まりと勧誘
<シオス視点>
「うわわっ!」
「きゅいっ!」
僕とドランが声を上げる。
席の周りに人混みが出来ていたからだ。
主に、女の子の。
「「「かわいい~!」」」
「きゅいっ!?」
みんなのお目当ては、僕の肩に乗っているドラン。
入学式が終わり、現在は一限目までの空き時間。
僕とドランがさっき席につくと、もう大変だ。
すぐに人だかりができて、今に至る。
「あはは、人気者だね」
「きゅい?」
式の時から、やけに女子から視線を向けられると思っていた。
みんなドランが気になっていたみたいだ。
魔物を連れてる人が珍しいのもあると思う。
でも、何よりもドランはかわいいからな。
こうして人気が出るのも、首がもげるほど頷ける。
「ほらドラン、挨拶しな」
「きゅいっ!」
「「「きゃーっ!」」」
僕の肩から、ドランは小さなおててを振る。
周囲は大喜びだ。
(ありがとうな、ドラン)
(きゅい~っ!)
視線で感謝を伝えると、ドランも誇らしそうにうなずいた。
ありがとうというのは、僕の心配を取り払ってくれたから。
クラスに馴染めるか不安だったけど、ドランのおかげで上々の滑り出しだと思う。
……一方で、敵対心も買ってしまってるみたいだけど。
「「「ちっ」」」
「……」
女の子とは対照的に、男子の視線は痛かった。
入学式から、一貫してこちらを睨んでくる。
テイマーが不遇職というのもあるだろう。
僕としては仲良くしたいんだけどな。
「!」
そんな中で、敵対でも友好でもない視線が一つ。
ただし、一番鋭い視線だ。
「じーーーーーーーーーーーー」
「……っ」
レティアだ。
机に頬杖をついて、横目でこちらを一心に見てくる。
僕とドランを交互に見ては、たまに頭を抱えていた。
相変わらず、性格が掴めない。
「あの、レティアさんってどんな人?」
「そうだなあ。すごい方なのは間違いないよ」
周りの人にたずねると、優しく教えてくれた。
正式には、レティア・ローゼリッド公爵令嬢。
ローゼリッド公爵家の次女だそうだ。
王国内の最上位貴族であり、トップクラスに大きな屋敷を構える。
また、レティア自身も努力家であり、剣・勉学共に歴代最優秀。
入学試験の結果も努力の表れだという。
「す、すごい人だね」
「それはもう!」
色々と教えてくれた上で、女の子達は顔を見合わせた。
「でも、なんていうか住む世界が違うよね」
「わかるわかる」
「私たちが近寄って良い人ではないって感じ?」
決して嫌われたり、疎まれているわけではない。
だけど、近寄りがたいイメージはあるみたいだ。
言われてみれば、レティアの周りには誰もいない。
「……そっか」
そんな事情を知りつつも、学校生活は始まりを告げた。
★
<三人称視点>
学園生活が始まってから、三日後。
「……はあ」
帰り道にて、レティアはため息をつく。
理由は様々ある。
その内の一つは、やはりドランのことだ。
「まだお触りできてない……」
三日経っても、ドランの“おもふもふ”を手にできていなかった。
授業では目で追いつつ、実戦ではなるべく近寄ろうとしてみた。
しかし、シオスの周りに人が多すぎるのだ。
「まさかライバルがあんなに多いとは……」
加えて、ため息の理由はもう一つ。
レティアは一枚の紙を取り出した。
「来週のダンジョンアタック、どうしようかしら」
一年生の最初のイベントに、ダンジョンアタックがある。
学園が所有するダンジョンに、複数人でパーティーを組んで攻略を目指すというものだ。
だが、レティアはまだパーティーを組めていなかった。
「……やっぱり受けるべきかしら」
かといって、周りからの誘いがないわけではない。
むしろ受験首席の彼女にはたくさんの勧誘があった。
しかし、レティアは全て断っている。
(みんな、わたしの肩書きにしか興味がないのね)
レティアは勧誘してきた者たちを思い出す。
『首席のレティアさんがいてくれれば百人力ですよ!』
『いつも懇意させて頂いております』
『ぜひ我が家とも交流を持っていただいて』
口を開けば、首席、公爵、等々。
レティア自身について言ってくる者は見受けられない。
(わがまま過ぎるかしら)
すでに慣れたことではある。
だが、そんな勧誘に前向きになれないのもまた本心だった。
そして、これは原作通りである。
シナリオのまま進めば、最後までレティアはあぶれるのだ。
その後、当日になってあぶれた者同士、レティアはとある人物と組む。
原作主人公である。
そうすることで、メインヒロインである“レティアルート”が解放されるのだ。
しかし、この世界のレティアは、すでに一つ関係を持っていた。
「レ、レティア!」
「……!」
後方からの声に、レティアはバっと振り返る。
嬉しそうに振り返ったのは、聞き覚えのある声だからだ。
たったっと走ってきたのは──シオス。
少し呼吸を整えると、シオスは声をかけた。
「あの、来週のパーティーって決まってる?」
「え!」
なんとシオスからの勧誘だ。
いつも通り、肩にはドランも乗っている。
シオスとドランの間で激しく視線を移動させながらも、レティアは聞き返した。
「でも、あなたには勧誘がたくさんあるでしょう?」
「それはそうなんだけど……」
すると、シオスは頬をかきながら話し出す。
「僕、感謝をしてるんだ」
「え?」
「初日の朝だよ。僕はレティアが話しかけてくれたから、緊張がほぐれたんだよ」
シオスは感謝を忘れていなかった。
否、シオスは誓った「やりたいこと」をやっているだけだ。
「だから思ってたんだ。先生から話が出た時、組むならレティアがいいなって」
「……!」
少し照れながらも、最後は真っ直ぐにレティアを向いた。
「僕とじゃ嫌かな? ドランもそう言ってるし!」
「きゅいっ!」
「~~~っ!」
シオスとドランに誘われた。
しかも、自分自身を見て勧誘してくれた。
レティアはそれが何より嬉しかったのだ。
「ええ!」
レティアの顔が太陽のように晴れる。
シオスは気づいていないが、レティアが人前では見せたことのない顔だった。
だが、ハッとするとすぐに顔を逸らす。
「そ、そこまで言うなら、組んでもあげなくもないわよ!」
「ありがとう!」
「きゅい~っ!」
「……ふふっ」
二人の返事に、レティアも胸を高鳴らせる。
それから、ぴこんと思い付いたのだ。
この流れなら“いける”と。
「だ、だから、あの……ド、ドラ……」
「ん?」
「きゅい?」
ドランちゃんを触らせて。
そう口に出そうとする。
しかし──
「な、なんでもないわよっ!」
「そう?」
「きゅい?」
最後に素直になれない性格が出てしまった。
(あああああ、私のバカあ~~~!)
レティアがドランに触れる日は、もう少し先のようだ。
こうして、初のイベントがすぐそこに迫る。
原作知識のないシオスが、すでに原作を変え始めているとも知らず──。