第6話 強気なメインヒロイン
<シオス視点>
「改めて見るとおっきいなあ……!」
「きゅい~!」
朝一、グランフィール魔法学園に着くと、思わず見上げてしまう。
二度目だというのに、この大きさには驚かされる。
それほどに威厳のある建物だ。
「早めに来て良かったね」
「きゅいっ!」
時刻は六時半。
入学式まではまだまだ余裕がある。
これは学園内をじっくり見るため。
でも、実はそれだけじゃない。
「……っ」
震える手をぎゅっと握る。
前世ではほとんど学校に行けなかった。
行った時も中々勇気が出なくて、結局保健室に行っただけだった。
だから、人混みができる前に来ておきたかったんだ。
新入生がたくさんいると緊張するかもしれないし。
「……うん」
周りには誰もいない。
これなら余計な心配をせず、散策できる。
やっぱり早めに来て良かったな──なんて思っていた時。
「ちょっといいかしら」
「……!?」
「きゅい!?」
校門に入ったところで、突然横から声が聞こえる。
びっくりして振り返ると、一人の少女が立っていた。
校門の柱に隠れていたみたいだ。
すると、少女は僕たちを睨むような目付きで続けた。
「君、新入生のシオスよね」
「は、はい!」
強い口調を前に、つい弱気な返事をしてしまう。
でも、目を合わせて僕もハッとする。
彼女の姿に見覚えがあったからだ。
「あ、あなたはもしかして……」
「わたしはレティア・ローゼリッド。レティアでいいわ」
「!」
その名前を聞いて確信に変わる。
(やっぱり……!)
レティア・ローゼリッド。
毛先が少しくるんとした、金髪のショートカット。
チラチラとこちらを見てくる瞳は、綺麗なサファイアブルーだ。
腕を組む姿はとても様になっている。
レティアは、原作メインヒロインの一人だ。
僕に原作知識はほとんどない。
でも、パッケージに映っているから、姿と名前ぐらいは知っている。
加えて、彼女にはもう一つ有名な理由がある。
「なによ。わたしを知ってるのかしら」
「う、うん! だって受験首席だったから」
「……! ま、まあね! わたしなら当然よ!」
レティアは目を見開くと、少し頬を赤らめながら顔を逸らす。
そう、レティアは新一年生の首席。
筆記・実技共に成績一位だったみたい。
合格発表で順位が貼り出されたから知っている。
おまけにすごい貴族さんのはず。
でも、そんなレティアが何の用だろう。
「あの、随分と朝が早いですね」
「わ、悪いかしら!?」
「そうじゃなくて何をしてるのかなーと……」
「そ、それは……」
レティアは口を尖らせながら、チラっチラっと僕たちを見てくる。
何か言いたげだ。
でも、結局口をつぐむ。
「な、なんでもないわよ!」
「え?」
「あんた達に用なんてないんだからっ!」
顔を赤くしながら、レティアは声を上げる。
乱れた様を取り繕うよう、ビシっと人差し指を向けてきた。
「とにかく! ゴルスとやらを倒したからって、つけ上がるんじゃないわよ!」
「僕の戦い見てたの?」
「み、見てるわけないでしょ! ったく、もういくから!」
言っていることがめちゃくちゃだ。
そうして、ふんっと背を向けたレティアは背中越しに言い残した。
「せいぜい学園ではわたしを見てることね!」
「う、うん……」
なんだったんだろう。
原作知識がないから、レティアがどういう人なのか分からない。
少し分かったのは、口調が強いということ。
「悪い人ではない……のかな?」
「きゅう?」
よく分からない。
それがレティアの第一印象だった。
でも、良かったこともある。
「あ、震えが……」
緊張で震えていた手が止まっていた。
話しかけてくれたことで、自然と緊張がほぐれたみたいだ。
「これなら大丈夫そうだ」
「きゅ!」
一応、僕はレティアに感謝をしたのだった。
★
<三人称視点>
それからしばらく。
「もー!」
校舎裏にて、声を上げる少女がいる。
シオスと別れたばかりのレティアだ。
「わたしのバカー!」
だが、何やら後悔しているようだ。
先程の態度とは、まるで真逆。
強気な口調はどこかへいき、一人で頭を抱えていた。
「せっかくこんなに早くから待ってたのにー!」
早すぎる朝の学園には、人通りはない。
そんな中でも、レティアはさらに一時間早く学園に来ていた。
その理由は一つ。
「せっかく会えたのに……」
シオスとドランだ。
レティア・ローゼリッド。
才気あふれる貴族公女であり、文武両道のお嬢様だ。
幼い頃から才能を発揮し、周囲からは信頼を持たれている。
当然、レティア自身も周囲の期待を知っている。
ゆえに、周りに応えるべく仮面を外さず、常に態度を取り繕っている。
だからこそ自分の気持ちに素直になれない。
レティアには一つ秘密があったのだ。
「もふもふ、触りたかった……」
レティアは可愛いものが大好きだった。
剣と勉学のみに励むイメージだが、実は女の子らしい趣味を持つ。
家臣に隠れて、お菓子作りや裁縫をしているほどだ。
そして、中でも一番好きなのは“もふもふ”。
これは本来なら、レティアルートの後半で明かされる事実である。
そのギャップがうけ、ゲームではトップの人気を誇るキャラなのだ。
ただし、原作知識のないシオスはそれを知らない。
そこですれ違いが起きてしまった。
「……」
レティアは左右に激しく首を振り、周囲を確認する。
誰もいないことを確認し、家で練習してきた芝居を再現した。
「ほらほらドランちゃん、エサですよー。キュイ~。あらかわいい~。──ってなるはずだったのに!!」
それをするためだけに、早く学園に来たのだ。
おかげで少々寝不足である。
だが、飼い主を前にすると、つい言葉にできなかった。
「絶対……絶対、お近づきになってやるわ!」
レティアは決意を固める。
この学園における目標を。
「絶対ドランちゃんに触る! そのためにもシオスに近づかなきゃ!」
こうして、すれ違った二人の出会いから、シオスの学園生活が始まるのだった。