第5話 新たなテイマーの形
「君がバカにしたテイマーの力、見せてあげるよ」
ようやく剣を構えたシオスは、堂々と宣言した。
対して、有名な受験生ゴルスは顔をしかめ、怒りを露わにする。
「テイマーごときが、俺様に楯突くだと?」
「うん」
「ハッ、面白え……!」
ここまでの攻撃を全てあしらわれたこと。
テイマーという不遇職で大口を叩くこと。
それらが、よりゴルスの頭に血を昇らせる。
ギロリとシオスを睨むと、ゴルスはその場を強く踏み込んだ。
「その自信、へし折ってやるよ!」
「「「速い……!」」」
ここにきて一番の速さだ。
思わず周囲も声を上げる。
さすがは戦士家系出身の者といったところだ。
しかし──
「んなっ……!?」
シオスには簡単に受け止められる。
「手加減はいらないよ」
「ふ、ふざけやがって! たまたまだろうが……!」
シオスは思いのままに言葉にしているだけ。
それが短気のゴルスには挑発に聞こえる。
すると、怒りのままに大斧を振るい始めた。
「ぐ、ぐおおおおおおっ!」
「はあッ!」
両者の激しい攻防が繰り広げられる。
ゴルスの猛攻に、シオスは受けの構えだ。
しかし、内心押されているのはゴルスの方だ。
(く、崩せねえ……!?)
ゴルスも騎士家系としてある程度の実力を持つ。
だからこそ、より理解することが出来た。
シオスの底の見えなさが。
すると、観客席の“とある少女”はつぶやく。
「……ふーん」
シオスの戦い方に興味を惹かれたようだ。
大斧を持つゴルスに対して、シオスは剣。
その上、両者には体格の差もある。
それでも拮抗するには、何か工夫が必要だ。
(やるわね、あの子)
その工夫とは、力を加える方向。
シオスは、ゴルスに対して真正面から受けているわけではない。
時には下から、時には横から。
身長差を逆に利用して、ゴルスが力を込めにくい方向から受け流すように対処している。
だが、かなり激しい攻防の中だ。
頭では理解できても、実践できるかどうかは別問題。
それをシオスは幾度となく成功させていた。
(天性か、努力か。──もしくはその両方か)
シオスの原作知識には偏りがある。
ゆえに、どこまでの実力があれば強者であるかを自覚していない。
体を自由に動かせるだけでも楽しく、強くなる実感が幸せだった。
その気持ちは、“努力を努力と思わない”。
そんな過程で身に付けた実力は、受験生レベルをとうの昔に超えていた。
つまり、シオスは努力し過ぎたのだ。
「……ふっ」
そんなシオスの光るものに、少女と同じく気づいた者が複数いる。
彼らも少女と同じことを思っただろう。
「勝負あったわね」
その言葉通り、シオスとゴルスの戦いは局面を迎える。
審判役が声を上げたのだ。
『残り時間一分です!』
「「……!」」
入試にはたくさんの受験生がいるため、制限時間が設けられている。
定められた時間の中で勝ちきるかどうかも、試験内容に含まれるということだ。
すると、シオスは反撃の姿勢に入る。
「まだ本気を出してくれないなら──」
「!」
「こっちからいくよ」
「……!?」
ゴルスはぞっと背筋を凍らせる。
シオスが無自覚に放つ威圧感に気圧されたのだろう。
(なにをする気だ!?)
シオスの剣が黄緑色の光を帯びている。
その元を辿れば、相棒のドランと繋がっていた。
ドランから力を借りている証だ。
(そ、そんなことが……!?)
こんなのは見た事も聞いた事もない。
不遇職テイマーは、自ら戦うことはしないのだ。
それでも、目の前のシオスはそれを行おうとしていた。
「はッ!」
「消え──!?」
シオスが一歩を踏み出した瞬間、ゴルスはその姿を見失う。
ただし、瞬間移動ではない。
低く速く、ゴルスの懐に潜り込んだのだ。
そして、シオスが剣を横に振るった。
「──【疾風薙ぎ】」
「ぐああああああっ!?」
水平な剣筋だ。
それだけでゴルスの装甲を貫いたのも、束の間。
直後に、複数の“風の刃”がゴルスを襲った。
おそらくドランから借りた力だろう。
風属性を操るドラゴン種の力を、剣に宿したようだ。
「がはあっ……!」
「あれ」
シオスもそこまで本気ではない。
いつもの修行で言えば、序盤に行うメニューの技だ。
有名なゴルスならば防御してくると踏んでいた。
そのはずが、勝負を決定づけるには十分すぎる威力だったようだ。
倒れて動かないゴルスに、審判は手を挙げる。
「勝者──受験番号547番シオス!」
「「「うおおおおおおおおっ!?」」」
その瞬間、会場は歓声に包まれた。
九割九分ゴルスだと思っていたが、勝者は誰も知らない田舎の少年だったからだ。
この番狂わせには、声を上げずにはいられない。
そんな中、先程の少女は目を見開いていた。
(あのスタイル……)
その深い洞察力を以て、シオスを分析していたようだ。
本来のテイマーは、従魔を主体に戦う。
後方から指示を出し、人間の味方になるよう飼育した魔物の力で戦うのだ。
しかし、シオスの戦い方は違った。
(既存のテイマーには無い。“新しいテイマーの形”ね)
シオスは自ら前に出て戦っていた。
その上、戦士志望のゴルスを圧倒したのだ。
これまでのテイマーでは考えられないだろう。
シオスとドランに、少女は鋭い視線を向ける。
(これは面白くなりそう……)
ふっと微笑みながら、少女は背中を向ける。
彼女もまた受験生だ。
──と、そんな少女を、シオスはたまたま闘技場から見つける。
「ん? あれってたしか……」
その姿には見覚えがあった。
記憶によれば、このゲーム世界『アルカディア』のパッケージに映っていた。
それはすなわち、メインヒロイン。
「まあ、いっか」
「きゅいっ!」
こうして、シオスの入学試験は勝利で終えたのだった。
★
一週間後。
「ドランはこれをつけるんだよ」
「きゅう?」
シオスはドランの尻尾に、赤いハチマキをつける。
これは従魔の証。
そして、学園内に従魔を連れて行くための証だ。
「これで一緒に行けるからね」
「きゅい~!」
つまり、シオスは無事に合格することができた。
今日からは相棒のドランと共に、新一年生である。
「よし、行こう!」
「きゅいーっ!」
シオスの掛け声に、ドランも小さな手を精一杯に上げる。
かつては、学校という存在すら嫌だったシオス。
そのはずが、今ではこんなにワクワクした顔を浮かべるほど、この世界で心身共に成長した姿があった。
ただし、シオスはまだ知らない。
これがただの始まりであり、さらに様々な事態に巻き込まれることになることを。
こうして、モブに転生したシオスと、その相棒ドランの学園生活が幕を開ける──。