第40話 厳格なお父様
<三人称視点>
かぽーん。
夕食後、シオスは大浴場に入っていた。
「いい湯だな」
「……は、はい」
隣にレティアの父がいる中で。
シオスは改めて思う。
(なんで?)
シオス自身も状況をよく理解していない。
事の発端は、ついさっき。
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『わたしの父──グラヴェンよ』
『よろしく』
レティア邸を訪ねてきたのは、彼女の父グラヴェン・ローゼリッドだった。
グラヴェンは、ローゼリッド公爵家の“当主”。
今や国内最大勢力となった家の当主ともあり、やはり見た目は厳格だ。
グラヴェンは、鋭い目付きでシオスを見下げた。
「君がシオス君か」
「は、はい!」
「噂はかねがね聞いているよ」
「……!」
そのじっとした視線に、シオスもビビっている。
「夕食は済んでいるようだね」
「そうですね。先程……」
「では、共に湯に浸かろうか」
「はい!?」
すると、グラヴェンから誘われた。
動揺するシオスに、レティアが思わず割って入る。
「ちょっとパパ!? どうして急に!」
「手を出してくれるな、レティア。男には男の話があるのでね」
「……っ」
こうして、グラヴェンとシオスは大浴場へ。
────
(ダメだ。回想しても何も分からなかった)
しかし、「なんで?」という疑問は解けない。
そんなシオスに、再びグラヴェンが声をかけた。
「どうした。急に黙って」
「……! いえ、なんでもございません!」
「まさか、娘と入ろうなどと考えていたのか?」
「ち、ちち、違いますぅ!」
ギラリと光った(と感じた)目に、シオスはビクつく。
ちらりと視線を移せば、怖いものが見えるからだ。
(お、恐ろしすぎる……)
グラヴェンは、体中に傷跡が残っていた。
剣や魔物の跡、何かを想像すらしたくない跡まで。
その上、鍛えられた肉体・厳格な横顔も相まって、シオスは恐怖を抱く。
絶対に逆らえない。
シオスはそう感じ、ビビリ散らかしていた。
だが、ふとグラヴェンの目元が緩んで見える。
「そういえば、君はテイマーだそうだね」
「あ、そうなんです」
「そちらが従魔かね」
「はい」
浴場に潜り、ぶくぶくと泡を立てていたドラン。
かわいい姿をひょいっと持ち上げ、シオスはグラヴェンに紹介した。
「ドランって言います」
「キュイ!」
ドランは元気に片腕を上げる。
物怖じしない性格なのか、いつも通りの挨拶だ。
否、どちらかと言えば、最初からグラヴェンの本性を見抜いていたのだろう。
「ふむ。“もふい”な」
「……!?」
いきなり飛び出した言葉に、シオスは目を見開く。
続けて、グラヴェンは下から尋ねた。
「よければ、ドラン君を抱かせてもらえないだろうか」
「え、良いですが……」
「では失礼して」
シオスから譲られるグラヴェン。
ドランを抱いた瞬間、満面の笑みを見せた。
「よ、良い……!」
「お父さん!?」
グラヴェンは、もふもふ愛好家だったのだ。
「この毛並み! 濡れてなお残る感触! 素晴らしい、素晴らしいぞ……!」
「キュイー!」
「どうされちゃったんですか!?」
実は、レティアの性格は父親譲りかもしれない。
それほどに、レティアとグラヴェンが浮かべる表情は同じだった。
一見似てないように見えて、しっかりと親子である。
ひとしきりドランを撫でた後、グラヴェンは正気を取り戻した。
「失礼。最近は忙しくて、中々もふれていなくてな」
「あはは、癒されますよね」
「キュイッ!」
そんな姿に、シオスの緊張もすっかり解けていた。
見た目が厳格なだけで、怖い人ではない。
それが分かったのだろう。
すると、お互いに打ち解けて話すことができる。
「娘はどうだ?」
「良い人です。いつも僕を気にかけてくれて」
「フッ、それは良い事を聞いた。しかし、ならば一つ言っておかねばなるまい」
「え?」
グラヴェンは、胸辺りの一際大きな傷を指した。
「この傷は何が原因か分かるか?」
「い、いえ……」
「レティアにも言っていないが、実はこれは妻からの傷だ」
「!?」
グラヴェンはフッと笑って続ける。
「妻は私がナンパしたのだが、最初は言う事を聞いてくれなくてね」
「ナン……」
「それからなんとか付き合えたものの、自分よりも弱い者とは結婚したがらなかった。だから最後は決闘をして、その時にできた傷なんだよ」
「そ、それはまた……」
「はは、私たちも若かった頃の話だ。笑ってくれていい」
昔はやんちゃだったのかな。
なんとなくそう思いながら、シオスは耳を傾ける。
「つまり私が言いたいのは、レティアもそんな妻に似たところがある」
「……!」
「これからも付き合うのなら、苦労は覚悟しておくといいだろう」
「はは、わかりました」
ちょくちょく思い当たる節を浮かべ、シオスは笑ってうなずく。
すると、グラヴェンはずいっと前に出てきた。
「それで、ぶっちゃけどこまでいったのだ? 妻には言わないから」
「ど、どこまでとは?」
「ほらキスとか」
「ちょ、え、ええ……!?」
激しく動揺するシオスに、グラヴェンは首を傾げた。
「どうした。その年なら普通だろう」
「いや、そ、そんなこと! というより、僕たちまだ友達ですから!」
「……! なん、だと……?」
だが、その答えに衝撃を受ける。
てっきり二人が付き合ってる前提で話していたのだ。
グラヴェンは途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。
(ええ……めっちゃ早とちりじゃん、私ぃ……)
しかし、些細な言葉を聞き逃していなかった。
(まだ友達と言ったか)
父として、レティアからシオスへの好意には気づいていた。
その反対は見えなかったが、その言葉で安堵する。
(うまくいくといいな。どちらも)
フッと笑みを浮かべたグラヴェンは、最後に締めた。
「これからもレティアをよろしく頼むよ」
「で、ですから──」
「まだ友達だとしてもね」
「……! はい。そういうことでしたら」
こうして、シオスとグラヴェンは親睦を深めたのだった。
「あー、やっと上がってきた!」
大浴場から男二人が出てくると、レティアが駆け寄ってくる。
心配そうな顔で。
「パパ、シオスに変なこと言ってないでしょうね!」
「もちろんだ。なあ、シオス君?」
「はい」
グラヴェンの視線に、シオスはニッと笑ってうなずく。
「……! え、どうしたの二人とも」
レティアは首を傾げた。
大浴場に入る前とは、シオスの顔が随分違ったからだろう。
だが、心配なさそうな雰囲気に、レティアも口元を緩めた。
「まあ、いっか」
そうして、レティアは安心したように女湯へと向かう。
「ドランちゃんは、わたしとも入りましょー」
「キュイ?」(なんで?)
上がったばかりのドランを連れて。




