第4話 入学試験開始!
「きゅい、きゅい~っ」
「……はっ!」
魂が抜けかけていたシオスを、ドランがぺちぺちと叩いて起こす。
ここは学園の闘技場。
午前の筆記試験が終わり、現在は実技試験の待機時間だ。
「さすがに難しかったな……」
「キュイ……」
シオスがぼーっとしていたのは、筆記試験に絶望していたからだ。
それなりに勉強はしてきた。
しかし、王国内最高峰の試験ともなると、やはり難しい。
加えて、周りは幼少期から塾などに通う中、シオスはほとんど独学だ。
母さんから教科書を買ってもらっていたとはいえ、満足にはいかなかった。
「でも、実技試験で取り返すぞ!」
「きゅい!」
ただし、次がある。
そう切り替えると同時に、名前を呼ばれた。
「次、受験番号547番シオス!」
「はい!」
「きゅいッ!」
シオスの順番がやってくると、ドランと共に闘技場へ上がる。
すると、向こうからは見覚えのある顔がやってきた。
「おいおいおい、こいつはもらったかあ?」
「……! 君は!」
受付会場にて、シオスをバカにしてきた大男である。
名前はゴルスだ。
「ひ弱なテイマーごときが、俺様に何をできるのかなあ?」
ゴルスはニヤリ顔を浮かべる。
それに続くよう、周りからはひそひそと声が聞こえた。
「あいつ、戦士一家のゴルスかよ!」
「あの凶暴って噂のか!?」
「相手の奴、運がねえな……」
どうやらゴルスは、有名な戦士家系出身のようだ。
決して褒められたものではないが、デカイ態度を取るのも納得できる。
その上、シオスは不遇職のテイマー志望だ。
「しかもテイマーじゃん」
「うっわあ、可哀想に」
「どうやって勝つんだよ……」
会場の雰囲気は一色。
傍から見れば、シオスに勝ち目はなかった。
だが、そんな中でシオスは言い放つ。
「テイマーの力、見せてあげるよ」
「きゅる!」
「はっ! 弱者どもの戯言だな」
雰囲気には全く呑まれていないようだ。
そうして、両者は距離を取る。
すると、審判はすぐに手を下ろした。
『実技試験、はじめ!』
「おらああああああ!」
「!」
その瞬間、ゴルスは大斧を取り出してシオスに迫る。
大きな図体には似合わない、確かなスピードだ。
「どらあっ!」
「……!」
勢いのまま斧を振り下ろし、ドガアッと音が響き渡った。
シオスはなんとか回避したが、周囲からはどよめきが起きる。
「すっげえ音……!」
「食らったらやべえな……」
「あれが戦士一家のゴルスかよ……」
ゴルスの力強さに恐怖しているのだ。
各受験生には、防御魔法が付与される。
ダメージは軽減されるが、それでも周囲を怯えさせる威力だ。
闘技場にも衝撃の穴が空いている。
しかし、対するシオスとドランは口を開かない。
「「……」」
「ハッ、もう怖気づいたか! 雑魚ども!」
それを恐怖だと受け取ったゴルスは、さらに追撃を仕掛ける。
重量のある大斧を、スタンプのように振り上げては下ろす。
「おら! おら、おらあっ!」
「……」
「そろそろ逃げ道がなくなっちまうぜえ!?」
ゴルスが攻める内に、シオスは闘技場の端へ追いやられる。
後退は出来なくなったところで、ゴルスはニヤリとした。
「これで終わりだなあ! どおらっ!!」
上げた大斧を、ゴルスは今まで一番の勢いで振り下ろす。
これで決着のつもりだったのだろう。
だが、そこにシオスはいなかった。
「こっちだよ」
「なに!?」
大斧を振り上げた隙に、懐から潜り込んでいたようだ。
「チッ、ちょこまかと……!」
シオスの小賢しい動きに、ゴルスは血を昇らせる。
未だに捉えられていないことに、イライラを募らせていたのだ。
「おちょくんのもいい加減にしやがれ!」
「そんなつもりはないけどね!」
「きゅいっ!」
「チィッ……!」
怒りのまま、ゴルスはさらに攻撃のスピードを上げる。
しかし、段々と違和感を覚え始めた。
またそれは、周囲の受験生も同じのようだ。
「なあ、さすがに当たらなすぎじゃねえか?」
「だ、だよなあ……」
「ゴルスが手を抜いてるのか?」
「いや、顔がかなりマジだぜ?」
ゴルスばかりに注目していたが、視線は徐々にシオスに集まり始める。
あまりにも軽々しくかわす様は、さすがに無視できなかったようだ。
(こいつ、テイマーのくせにこんなに動けんのか……!?)
戦士一家だけあり、ゴルスもパワーだけではない。
速さも受験生の中ではかなり上位だ。
しかし、未だに一発も攻撃を当てられていない。
「ほっ! とっ!」
「こんの……!」
ひとしきりゴルスの攻撃を凌ぎ、両者の距離は一度離れる。
だが、どちらが優勢かは言うまでもない。
「ぐっ、ハァ、ハァ……」
「……?」
息を切らすゴルスと、首を傾げるシオス。
攻撃しているはずのゴルスが、何故か追い詰められていた。
すると、きょとんとしたシオスがようやく口を開く。
「あの、そろそろ本気を出しても良いよ?」
「ああん!?」
その言葉には、ゴルスも歯を食いしばる。
(なんなんだよ、こいつは……!)
ここまでの攻防。
シオスは全くと言って良いほど本気を出していなかった。
今の一連の流れは、いつもの修行の“ウォーミングアップ程度”。
(体があったまってきた~)
ドランと共に、どこまでも強さを磨き続けたシオス。
その実力は、すでに受験生のレベルではなかった。
だが、メインシナリオを知らないゆえに、自分がそんな立ち位置にいることにはまるで無自覚である。
そうして、ようやくシオスが剣を構えた。
「ここからが本番で良いんだよね?」
「……! あ、当たり前だ!」
挑発に聞こえたのか、ゴルスも声を上げる。
それをシオスも文字通りに受け取った。
「良かった。でも一つだけ言いたいことがあるんだ」
「ああ!?」
「受付の時、ドランをバカにしたのは許せないかな」
「……っ!」
シオスの集中力が増す。
その殺気にも似た雰囲気に、ゴルスは目を見開いた。
そして、シオスは宣言した。
「君がバカにしたテイマーの力、見せてあげるよ」