第30話 メインヒロイン達から迫られています
<シオス視点>
「う~んっと!」
朝の日課を軽めに終えて、寮から学園へ向かう。
一日の始めに運動をすると、体も軽くて気持ちがいい。
「きゅ~いっ! きゅ~いっ!」
ドランも大好きな朝シャワーを浴びてご機嫌みたいだ。
翼を左右に振って、僕の肩でるんるんで踊っている。
でも、それも寮を出るまで。
「きゅいっ!?」
ドランは体をびくんとさせた。
僕と同じく、男子寮前の張りつめた空気を感じ取ったみたいだ。
視界に入ったのは、煌びやかな金色と水色。
「今日は、わたしの番のはずです!」
「いいえ。昨日も勉強を教えられなかったので、その分です」
レティアとクーリアだ。
朝から二人で向かい合い、何やらバチバチしている。
「あの、お二人さん?」
「「……!」」
僕が声をかけると、二人の顔がぐりんとこちらを向く。
「シオス!」
「シオスさん!」
「うわっ!」
すると、そのまま僕の方にダイブ。
もはや男子寮に入ってきているけど、お構いなしだ。
「シオス、今日は大丈夫かしら!」
「うん、もうかなりね。……今ので痛めたかもしれないけど」
「シオスさん。せめて腕を引きますね」
「せめてとは」
二人は僕の腕を引いて歩き始める。
ありがたいけど、朝からこれは恥ずかしい。
一応、僕の体を心配してくれているみたいだけど。
「……」
ゼインとの対決から、数日。
あの直後から数日間は、たくさんの人に囲まれた。
単純に褒めてくれたり、意外と多かったゼインのアンチ(?)にすっきりしたと言われたり。
大変だったけど、それも収まりつつある。
その時から二人は、人だかりから僕を守ってくれた。
僕は【暴竜装】の反動が響いていたから。
制限時間を超えたせいで、体中が筋肉痛になったんだ。
そして、二人は朝迎えに来るように。
学園まですぐそこなんだけどね。
ちなみに、まだ揉めてる。
「クーリアさん、ちょっと近くないですか!」
「そんなことありません。これが正妻の距離感です」
「せいさっ!?」
相変わらず冗談が上手いみたいだ。
二人もすっかり打ち解けた……のかな?
まあ、賑やかなのも楽しいからいっか。
「あはは……」
「きゅいきゅい」(やれやれ)
こうして、また学園の日常が返ってきたのだった。
★
「それでね、魔法の授業でさー」
お昼の時間、テラス。
茶色のセミロングを揺らすのは、フィノ。
紙パックのりんごジュースをちゅーと吸いながら、頬杖をついて話している。
「って、聞いてる? シオス君」
「も、もちろん!」
じっと見られて、僕も慌てて返事をする。
でも、ごめん。
しっかり集中はできていないかも。
なにしろ、隣の椅子で色々と起きている。
「ぴぃ……///」
「きゅ、きゅい……」
ドランが鳥の従魔メルちゃんにくっ付かれているんだ。
頬を寄せられて、ドランも困惑している。
いや、これは照れているぞ。
「どうしたー、ドラン? 実は嬉しいんじゃない?」
「きゅ、きゅいっ!」(べ、別にっ!)
やっぱりそうみたいだ。
僕たちの付き合いなら、ドラゴン語も翻訳レベルで聞き取れる。
珍しく冷静さを失っているのもあるけどね。
「ははっ」
それにしても、これが我が子に恋人に出来た気持ちか。
嬉しいような、寂しいような、やっぱり嬉しいような。
でも、ちょっぴり思うこともある。
「僕も春が来ないかなあ」
「あなた正気!?」
「え?」
なぜかフィノにツッコまれてしまった。
本気で困惑した顔だ。
どういう意味で言っているんだろう。
そんな中、遠くから声が聞こえてくる。
「ごめんなさーいっ!」
「あ」
手を振りながら、茶髪ショートの少女がテラスにやってくる。
メルちゃんの主リセルだ。
「やっぱりドラン君の所だった! ご迷惑かけましたっ!」
「ううん。ドランも嬉しがってたし」
「ふふっ、そっか!」
微笑ましい光景に、リセルも口元を緩める。
対決後から、彼女もすっかり表情が戻った。
やっぱりリセルには笑顔が似合う。
と、そんな横でドラン達の仲は進行している。
「ぴぃぴぃ」
「きゅ、きゅーい……」(ふ、ふーん……)
メルちゃんの足元に、ドランが頭を乗せていた。
人で言えば“膝枕”みたいな形だ。
ドランも「ふーん悪くないね」みたいなリアクション。
「あははっ、すごいなあドラン」
「メ、メルちゃん!?」
「あら大胆」
フィノも含め、僕たちは微笑ましく見守る。
テラスでも大胆なのは、魔物特有かも。
ちょっと羨ましく思ったり。
すると、フィノがふと口にする。
「それにしても、どこで膝枕なんか覚えてくるんだろうなあ」
「……!」
「従魔は飼い主に似るって言うしなあ」
「はわわわっ!」
フィノは口元に手を当てながら、わざとらしくリセルを覗く。
「もしかして、部屋でシミュレーションしてたり?」
「し、してないよっ!」
リセルは顔を真っ赤にして、両手を左右に振る。
彼女もかわいいところがあるみたいだ。
僕も思わず口にしてしまう。
「相手は誰なんだろう」
「「だから正気!?」」
「え?」
またもツッコまれてしまった。
今度は同時に。
前世でも今世でも、僕は人との関わりが足りてないみたいだ。
人の気持ちって難しい。
改めて、そう思ったお昼休みだった。
★
<三人称視点>
放課後、修練場。
「はああッ!」
高く鋭い声が響く。
剣を掲げて踏み出したのは、レティアだ。
「はッ!」
「くううっ!」
それをフィノが水の壁で受け止める。
本気ではないとは言え、レティアの攻撃を正面から止めた。
フィノの成長にも目を見張るものがある。
「やるわね!」
「私だって修行してるのよ!」
すると、中央で対峙する二人に援護が入る。
それぞれの後方から技が飛び出したのだ。
「【氷の矢】!」
「メルちゃん! 【癒しの追い風】」
「ぴぃっ!」
クーリアとリセルだ。
四人は二つに分かれ、紅白戦を行っていた。
それを端からシオスが見守る形だ。
「……っ」
だが、シオスの体がぴくぴく動く。
やがて我慢できなくなくなったのか、立ち上がった。
「よし、そろそろ僕も──」
「「「ダメ!」」」
「うっ」
しかし、四人に一斉に止められてしまう。
対決の疲労から、シオスは今日まで安静。
何も出来ない為、四人の指導をしていた。
だが、目の前で戦闘をされては体がうずうずして仕方がない。
休憩に入り、レティアは再度注意した。
「もう、今日までは絶対ダメだから!」
「ごめんなさい。あれがあるから焦っちゃって」
「だからこそよ。本当は日課もやめさせたいところなんだから」
シオスには焦る理由がある。
それを確かめるよう、シオスは学園で配布された紙を取り出す。
「楽しみなんだもん! 遠方合宿!」
紙には『遠方合宿』と書かれていた。
今月末に開かれ、学園を離れて合宿を行うイベントだという。
一・二年が合同となり、課題をこなす行事のようだ。
なお、班は事前に自分達で組むことが推奨されている。
シオスの班はこの五人。
シオス、レティア、フィノ、クーリア、リセルだ。
「みんなも気合十分だね!」
「「「うん!」」」
この事もあり、四人は紅白戦を行っていた。
シオスも復活すれば、かなり期待を持てる班だろう。
何しろ、彼女達はこの世界のメインヒロイン達だ。
ただのモブであるシオス。
前世の悔しさもあり、今世では類稀なる努力を積み、相棒のドランと共に、この世界を謳歌してきた。
シオスだからこそ、メインヒロイン達は集まった。
“迫られている”と言った方が正しいかもしれない。
「早く当日になると良いね!」
「きゅいっ!」
しかし、シオスは知らない。
通常、レベルアップイベントとも言われるこの遠方合宿。
本来はこの後に大きな事態が起きるが、それが早まる。
良くも悪くも“イレギュラー”な存在のシオスは、裏で動く者達を触発してしまっていた。
同時刻、ドルベール邸。
「照準を定めた」
ラオニル・ゼインの父であり、ドルベール公爵家の当主──ヴァルゼクト。
その低く野太い声で、指示を出した。
「今月末の遠方合宿だ」
かつてない脅威が、シオス達に迫る──。




