第27話 誇りを賭けた決闘
「来たな、マイナー職が」
ゼインがふっと笑う。
周囲から聞こえてくるのは、大きな歓声だ。
「「「わあああああああああっ!!」」」
ここは闘技場のステージ。
囲むのは満員の観客たちだ。
近年稀に見る盛況っぷりである。
久しい感覚に、ゼインは気持ち良くなりながら挑発した。
「逃げなかったことだけは褒めてやろう」
「当たり前だ」
「きゅい」
答えたのは、シオスとドラン。
怒りにも見える鋭い視線のまま、ハッキリと口にする。
「必ず撤回してもらう」
数日前、シオスは宣戦布告した。
ゼインがテイマーを軽視し、ドランたち従魔を“畜生”と呼び、友達のリセルを傷つけたからだ。
それに怒ったシオスは、テイマーの力を証明すると告げた。
まさに“誇りを賭けた決闘”だ。
しかし、こちらの分はかなり悪い。
「あれがゼイン・ドルベール様か……」
「なんて迫力なんだ」
「威圧感が違えよ……」
「さすがはレジェンドだ」
ゼイン・ドルベール。
去年の三指に入る“レジェンド卒業生”であり、来月からは最年少で学園教師となる予定の逸材だ。
紫に染まった髪に、高貴な格好。
凛とした様は、弟のラオニルとは違う。
名誉と実力により、口の悪さですら威厳を感じさせる。
相対するは、絶賛大活躍中のシオスだ。
「あの話題の一年ならどうだ?」
「ワンチャンあるんじゃ?」
「いや、さすがに……」
「でも期待はしてしまうよな!」
ここまで、シオスは破竹の勢いで名を上げてきた。
その快進撃は、この決闘でも期待を持たせるほど。
そんなシオスを支えるのは、仲間たちだ。
レティアやフィノ、
「シオス! ぶっ飛ばしちゃって!」
「ご令嬢として大丈夫!? 私もやってほしいけど!」
クーリアなど。
「シオスさん。勝利して私たちの部屋に帰りましょう」
「それ勘違いされますからー!」
そして、もちろん当事者リセルの姿もあった。
(シオス君……信じてます)
両手をぎゅっと握り、従魔のメルと見守る。
この対決が、学園におけるテイマーの立場、またマイナー職の行く末を左右すると言っても過言ではない。
そうして、視線は再び闘技場へ集まった。
「準備は良いようだな」
「はい」
「きゅい」
決闘のルールは単純。
どちらかが気絶するか、降参するまで続行。
武器・魔法はアリ、殺しはナシ。
ルール説明の後、お互いに距離を取る。
すると、最後にゼインが口にした。
「一つ言っておくぞ」
「なんだ」
「はじめから全力で来るがいい」
「……!」
同時に、審判が手を下げた。
その瞬間、シオスはゼインに答える。
「言われなくても! ドラン!」
「きゅい!」
体が光った二人は、姿を変えながら融合していく。
──【竜装】だ。
「はあッ!」
緑の左目が光ると同時に、シオスは左腕を後方に伸ばす。
風魔法のブーストを使った高速移動だ。
距離を詰めるため、まずは速さで翻弄する。
(この速さには付いてこれないはず!)
その中で、いくつか風魔法の竜巻も発生させる。
障壁にして移動先を見えにくくするためだ。
「……っ」
ゼインは左右に首を振る。
シオスの動きを捉え切れていないのだろう。
そのタイミングで、シオスは距離を詰める。
(ここだ!)
絶好のチャンスに見えた。
しかし──
「単純すぎる」
「……ッ! なっ!」
渾身の突きは、ゼインの剣に容易く止められる。
ゼインの首の向きは反対だったはず。
だが、シオスが迫った瞬間にゼインはそちらを向いた。
驚くシオスに対して、ゼインは顔をしかめる。
「俺が対策をしてこないとでも?」
「……! くっ!」
今は攻められない。
シオスは一度剣を弾いて距離を取る。
すると、ゼインは言葉を続けた。
「お前の今までの動きは研究させてもらった」
「え?」
「こうも簡単に釣れるとは、呆れたな」
この数日間、ゼインはシオスを徹底的に調べていた。
魔導競争をはじめ、今までの対戦記録全てをだ。
その上で対策まで立ててきている。
(今のは、動きを読まれて……!?)
今の攻防も、対策の一つだ。
シオスは、相手の顔向きの反対から攻める癖がある。
そこでゼインはあえて隙を見せた。
いくら速かろうと攻撃の方向が分かれば、後はタイミングを合わせるだけ。
「相手を調べ、対策をして臨む。基本中の基本だ」
「……!」
「覚えておけ。真の強者は驕らない」
この徹底ぶりもゼインの強さの一つだ。
ならばと、シオスは攻め方を変えた。
「じゃあこうするまでだ!」
風の竜巻により、ゼインの視界を遮った。
次の瞬間、竜巻の向こうからゼインに攻撃が訪れる。
ゼインは闇の魔法で対応する。
「む」
だが、これはフェイント。
風の太刀を飛ばしてきただけで、向こうにシオスはいない。
本番は次の一手。
「うおお──【竜火拳】!」
高く飛んでいたシオスの、渾身の一撃だ。
炎を帯びた風圧の衝撃がゼインに降り注ぐ。
今まで見せたことがない連携である。
しかし、クリーンヒットはしない。
「ほう。これは予想以上だ」
「!」
ゼインの上方に浮かび上がる紫の魔法陣。
それが風圧を止めていた。
「想定外ではないがな」
「ぐあっ……!」
シオスも防御をするが、思わぬ勢いに吹き飛ばされる。
(魔法の火力が上がった!)
先程、ゼインが対応で見せた闇の魔法。
シオスはフェイントすると同時に、その威力を確認していた。
回避ではなく防御をしたのは、あの程度なら防げると考えたからだ。
しかし、同じ魔法にもかかわらず、威力が上昇していた。
(これが、例のあれか……)
ゼインの闇魔法は、“吸収”という性質を持つ。
直前に受けた魔法が強いほど威力が上がるのだ。
どこからか得た情報を、シオスは身をもって体験した。
すると、ゼインは一歩ずつ近づいてくる。
「“ごっこ遊び”は楽しめたか?」
「!」
「新しい連携だろうが、新しい技だろうが、マイナー職のあがきなど無駄なんだよ」
ゼインが魔力を解放し、辺りが闇に満ちる。
シオスが思わず気圧されそうになるほどに。
風圧にも感じるのは、ただの殺気だ。
「蛮勇へのせめてもの賛辞だ。俺自らが鉄槌を下してやろう」
「……っ!」
周囲の瓦礫と共に、ゼインが浮かび上がる。
闘技場のステージ全域を包む闇が、ゼインに集まっていく。
放とうとするのは、勝負を決定づける大魔法だ。
対して、シオスの頭には昨夜の会話が巡っていた。
────
「ぶっちゃけ今のままでは勝てないわ」
「!」
シオスはハッキリと告げられる。
発言したのは、スパイとして力を貸すユユミだ。
「確かにあなたはすごい。けれど、ゼインは準備は怠らない。何より、攻撃は全て吸収されてゲームセットよ」
ユユミはドルベール家に仕えていた。
今回の件を知り、ゼインの情報を与えてくれていたのだ。
シオスは首を傾げてつぶやいた。
「どうすればいいのかな」
「一つ手があるとすれば、吸収の許容量を超えることね」
対抗策を示すものの、ユユミの表情は曇ったまま。
「だけど、今のままでは超えられない。そういう意味での“勝てない”よ」
「……うん」
「でも、まだあなたの力に先があるなら」
「!」
「あの人でも予測できない何かがあるなら、勝ち目はある」
それでも、最後はシオスを真っ直ぐに見た。
「今までの力を試してダメだった時は、リスクを承知でチャレンジするべきよ」
────
すると、シオスは心に決める。
融合しているドランと決意するように。
(僕たちなら出来るよね、ドラン)
(きゅいっ!)
しかし、相手は待ってくれない。
ゼインは容赦なく大魔法を放った。
「【闇槍焔滅】」
槍の形をした、巨大な闇の塊。
紫色に燃え盛る様は、見る者を恐怖に陥れる。
ラオニルが三人分の魔力を用いた魔法より、明らかに上だ。
「消えろ」
「……!」
一切の待ったなしだ。
これで終わらせる気なのだろう。
「「「シオスー!!」」」
観客席からも叫び声が聞こえる中、シオスに魔法が迫る。
ステージに触れたのか、辺りにドガアアアと轟音が響き渡った。
「「「……っ」」」
闘技場が静まり返る。
シオスの安否もだが、あまりの威力に息を呑んでしまったのだ。
煙が晴れない限り、審判も判断を下せない。
──しかし、煙の中から声がした。
「危なかった」
「なに……!?」
聞こえたのは、無事を告げる声。
それどころか、未だ闘志に満ちた声だ。
シオスが剣を振り、煙が晴れる。
「勝負はここからだ」
「貴様、なんだその姿は……!」
その形態に、ゼインは初めて目を見開いた。
【竜装】から大きくは変わっていない。
だが、雰囲気、威圧感、存在感。
それらが決定的に違う。
その進化した形態の名を、シオスは口にした。
「【暴竜装】」




