第26話 光と影
「学園をやめようと思ってます」
茶髪ショートのメインヒロイン──リセルは切り出した。
だが、リセルの初期設定は元気な少女のはず。
その様子の違いに、シオスは慌てて聞き返す。
「ど、どうして! せっかく入学できたのに!」
「はい。すごく嬉しかったです。この子と一緒に学べるんだって」
リセルは手元にいる鳥の従魔『メル』を撫でる。
体毛は目に優しい黄緑色。
大きくないサイズ同様、性格もおとなしそうだ。
リセルの手にすりすりとほっぺを寄せて、嬉しそうにしている。
だが学園では、この可愛さが足かせになってしまっていた。
「でも、シオス君を見てて思いました。私達とは違うなあって」
「……!」
「私とメルには、あんなこと出来そうにないです。それに学園のレベルにも全然付いていけてなくて」
グランフィール魔法学園は、強き者を教育する機関。
強さがものを言うのは仕方がない。
「それで先日、転職を勧められました」
「え?」
「勉強はそこそこ出来るから、今からでも魔法職をやれって」
「そ、それって……」
「はい」
リセルはメルを見つめながら答えた。
「テイマーはやめろってことです」
「そんな……!」
「テイマーじゃないと従魔との同行は認められません。でも、メルとは離れたくないので、学園の方をやめるしかないのかなって」
「……っ」
誰かにスポットライトが当たれば、それが外れる者もいる。
当然の話だ。
入学以来、“テイマーシオス”は大活躍を続けた。
皮肉なことに、それがリセルを霞ませてしまった。
まさに、テイマーの光と影だ。
当たるはずの光が当たらなかったことにより、本来はもっと明るいリセルは、学園をやめようとしている。
(これって僕のせいじゃ……)
一概にはそうは言えない。
様々な原因が重なった結果であり、もちろんリセルもシオスのせいとは思っていない。
しかし、真っ直ぐな性格のシオスは責任を感じてしまう。
ならばと、シオスは立ち上がった。
「僕で良かったら、力になりたい」
「え?」
そのまま手を伸ばし、リセルに持ち掛ける。
「同じテイマーとして、リセルには学園に残ってほしいんだ」
「シオス君……!」
「メルとも離れず、学園にも残って、先生を見返してやろうよ!」
「うん、ありがとう……!」
リセルはシオスの手を取った。
本当ならばそうしたかったのだろう。
自信がなくて諦めていたが、憧れのシオスに言われると気持ちが湧いてくる。
(好きなことを諦めるなんて、もったいないよ!)
これも前世の経験からの言葉だ。
この世界ではやりたいことを全部やると決めた。
だったら、今はリセルを救ってあげたい。
「じゃあ早速、明日から一緒に特訓しよう!」
「うん!」
「きゅい!」
「ぴるる!」
シオスとリセル、ドランとメルが一斉に笑顔を浮かべた。
テイマー同士、従魔同士、すでに打ち解けているようだ。
そして、そんな光景を陰から眺める者がいた。
殺気にも似た鋭い視線は、刺客──
「くっ、今は邪魔しちゃいけない! 収まれ、わたしの手ぇ……!」
ではなく、ただ嫉妬しているレティアだった。
★
数日後、放課後。
「行くよ、メルちゃん!」
「ぴぃっ!」
リセルが魔法を唱え、従魔のメルを強化した。
恩恵を受けたメルは、自身の力と合わせて攻撃する。
発生したのは、体毛と似た黄緑色の竜巻だ。
「ぴぃーーっ!!」
メルの竜巻は、練習用ダミーをなぎ倒す。
うまく連携できたようだ。
すると、横の方から拍手が聞こえる。
「うんうん。良い感じ!」
「ほんと、シオス君!」
「ぴぃっ!」
ここは学園の修練場。
数日前から、シオスはリセル達にテイマー指導をしている。
現在は、魔物さながらの動きをするダミーと戦っていたようだ。
リセルの成長具合に、シオスもうなずいている。
(うん。リセルにはテイマーが合ってるよ)
今までのリセルは、メルにどう戦わせるかに重きを置いていた。
だが、シオスは一緒に戦うように指南した。
既存のテイマーの概念を覆した、いわゆる“シオススタイル”である。
すると、みるみるうちにリセルは伸びた。
元々勉強を頑張っていたのもあり、それなりに魔法を扱えたのだ。
今のリセルは、魔法を主体にメルと共に戦っている。
そして、今度はリセルが聞き返した。
「あの相手、シオス君ならどうする?」
「そうだなあ」
少し考えながら、シオスは剣を抜く。
肩に乗っていたドランも羽を広げ、すぐに臨戦態勢に入った。
そこから放たれるのは、一閃。
──ズシャッ!
「こうかな」
「うわあ、すごい……!」
瞬間移動にも思える速さの突きで、ダミーを貫通した。
ダミーは魔物の行動をインプットされているが、一歩も動けない。
これも実は、ドランとのコンビネーションである。
「やり~」
「きゅい~」
ドランが風属性魔法を打ち、シオスの初動をブーストしたのだ。
指示を出す間でもなく、お互いにやりたいことが分かる。
まさにテイマーの理想形だ。
ハイタッチするシオスとドランに、リセルはふっと笑みを浮かべる。
(二人の力は、絆が成せる技なんだね)
辛い前世も、楽しい今世も。
シオスとドランは常に一緒だった。
その長年の経験がシオス達を支えている。
メルとはまだ出会って数年のリセルだが、負けてられないと見つめ合う。
「私たちも頑張ろう。メルちゃん!」
「ぴぃ!」
そして、修行を再開──しようとした時だった。
「邪魔するぞ」
「「……!」」
突如、修練場の扉が開く。
入ってきたのは、一人の長身の男。
上からシオス達を眺める視線は、蔑んでいるようだ。
「一応確認だが、お前たちが最近ここに出入りしているテイマーか?」
「……はい、そうです」
「ふむ。ならば即刻出て行け」
「なっ!?」
シオスが答えると、男はピッと親指を背中側に向けた。
「どういうことですか! そもそもあなたは!」
「俺はゼイン・ドルベールだ」
「ド、ドルベール……!」
その名字には聞き覚えがある。
シオスが反応すると、ゼインはああとうなずいた。
「出来の悪い弟を知っているのか」
「やっぱり、ラオニルのお兄さん!」
「そうだ。あいつもどこで何をしていることやら。愚図には興味ないがな」
「……」
ゼイン・ドルベール。
ラオニルの実兄で、ドルベール家の長男だ。
ヘラヘラしたラオニルとは違い、視線は鋭く、背筋も真っ直ぐ立っている。
だが、学生服ではなく、赤と金の高貴な服装をしていた。
それもそのはず、ゼインは学園生ではない。
「俺は来月から教師を務める」
「!」
「若すぎる異例の抜擢だ。あんだけの成績を残せば、当然とも言えるがな」
ゼインは去年の卒業生。
入学率・卒業率が極端に低いこの学園で、卒業するのは大変な名誉だ。
しかし、ゼインは中でも別格。
ゼインの去年の卒業生で三指に入る。
歴代でも特に優秀だったとされる年で、その成績を残した。
巷では“レジェンド卒業生”とも揶揄される。
「んで、俺の教師としての方針を一つ決めておいたんだよ」
「……なんですか」
「マイナー職の禁止だ」
「!?」
フッと笑うゼインは続ける。
「この学園は仲良しこよしじゃねえ。より洗練させるなら、メジャー職に絞って競争力を高めるべきだろう」
「……っ」
「で、禁止の筆頭がお前たちテイマーだ」
だが、シオスもただ聞いてるだけではない。
「急に言われても納得できない!」
「納得するかどうかじゃねえ。お前らが去るかどうか、そんだけだ」
「いくら何でも横暴すぎる!」
「……ハァ、理解力がねえ」
すると、舌打ちしたゼインはギロリと睨んだ。
「目障りだから消えろって言ってんだよ」
「!」
「てめえも、そこの女も。本来殺すべき魔物を連れて、やれ剣だの、やれ魔法だの。クソの役にも立たねえ」
髪をかき上げながら、ゼインは締める。
「学園で下らん“ごっこ遊び”をすんじゃねえ。今すぐその畜生どもを殺して転職しろ。出来ねえなら退学しろ」
「「……!」」
差別とも言える罵倒に、リセルはぐっと胸を抑える。
転職、退学。
今まさに悩んでいたことだからだ。
(やっぱりマイナー職を良く思わないはいるんだ……)
しかし、黙っていない者がいた。
「撤回してください」
「あ? しねえよ。俺の方針だ」
「じゃあ、あなたの言うマイナー職の力を見せたら撤回してくれますか」
「……おい、そりゃどういう意味だ」
ゼインは察しながらも、あえて尋ねる。
対して、シオスは本気の目で答えた。
「お前に決闘で勝てば、撤回してくれるかって聞いたんだ」




