第24話 葛藤と高鳴りと
「さ、はじめましょうか」
高い位置に立つユユミは、ふっと笑みを浮かべた。
その下には、凶暴となった魔物を従えている。
「グオオオオオオオオオ!!」
ラグナベアだ。
普段は薄茶色の体が色濃くなっている。
ユユミのデバイスによって、強制的に怒りモードにさせられているのだ。
この時の戦闘力は、Aランク以上とも言われる。
「グオオオ!」
「来るよ、レティア!」
「ええ!」
大きな咆哮にも退かず、シオスとレティアは構えを取る。
その内、先に動いたのはレティアだ。
「グオオッ!?」
「今よ!」
「……! ありがとう!」
レティアがラグナベアの足元を崩し、隙を作る。
すかさずシオスが力を込めた。
ドランと協力するように。
「【竜装】……!」
『きゅおぉっ!』
魔導競争でも見せた、ドランとの融合合体だ。
ラグナベアに対抗するよう、ドランも背中から咆哮(小)を放っている。
レティアが思わず「かわいっ」と反応したのは内緒だ。
この形態になれば、 臆することはない。
「【竜風刃】」
「グオァッ!」
緑の左目が光り、シオスは疾風の太刀を浴びせる。
ザザシュっと快音が響く中、納刀して高く飛び立つ。
今度は赤の右目を光らせて。
「【竜火拳】──」
「ここ」
「……!? ぐあっ!」
だが、その拳はラグナベアに届かない。
一心に向かっている中で、上から邪魔があったのだ。
思わぬ方向からの攻撃に、シオスは地面に叩きつけられる。
「突っ走る癖。さっき言われてなかったかしら?」
「くっ……!」
ユユミだ。
ラグナベアの迫力に紛れ、機をうかがっていたのだろう。
「確かに攻撃力はある。でも粗削りね」
攻撃力はシオスが上。
ならばユユミは正面から取り合わない。
暗殺者の彼女には、正々堂々と戦う理由が無い。
「筋肉の構造、勢いのベクトル。その辺を理解すれば、さほど力はいらない」
「む、難しい……!」
今の攻撃も、何らかの暗殺術を使っている。
シオスの前世で言う古武術のようなものだ。
これも暗殺者たる所以だろう。
しかし、すでに綻びはあった。
「ユユミさんは、何のために学園に通ってるんですか」
「……なに?」
シオスが立ち上がり、ユユミに問いかける。
「学校は楽しい所なのに、いつも人を殺そうと思ってたんですか」
「何が言いたいのよ」
「そんなので毎日が楽しいんですか!」
「……っ!」
すると、ユユミは顔をひきつらせる。
(チッ、どいつもこいつも……!)
先程からクーリアにも言われていた。
加えて、ユユミ自身も日頃から感じていたのだ。
すでに限界を超えていた葛藤が、ここで吐き出される。
「そんなの思ってるわよ!」
「!」
「生まれた時から使命を負わされて、仕事をさせられて! 上には言いなり、感情は殺す。私たちに自由は無い!」
それにはシオスも答えた。
「自由に生きられるのに! 強さもあるのに! どうして縛られてるんだ!」
「……ふん、正しい、正しいわね」
対して、ユユミもギロリと睨み返す。
「けど子どもの考えよ。世の中は正論だけで出来てない」
「え?」
「私たちのような者は存在する。権力者がいる限りね」
良くも悪くも、大人の考えだ。
生まれた時から暗殺の仕事をさせられているからだろう。
それでも、シオスは首を横に振った。
「健康な体を持って生まれて、自由に動かせる。人はそれだけで幸せなのに」
「……!」
「なのに、生き方を縛りつけるなんてあんまりだ」
前世の経験があったからこその言葉だ。
今世の自由があったからこその言葉だ。
シオスの決意を持った両目が、カッと光る。
「そんな上の奴らがいるなら、僕がぶっ壊してやる!」
「……!!」
シオスはそのまま地面に剣を突き立てる。
その瞬間、周囲がドガアっと音を上げた。
地面から勢いよく、何本もの炎柱が噴き出したのだ。
「グアアアッ!」
「熱いからあっち行ってな」
火と風の複合魔法だ。
風でブーストされた火の威力が、ラグナベアを掠った。
大きな衝撃で正気を取り戻したのか、ラグナベアは去って行く。
「……っ」
ユユミはぺたんと尻もちをついた。
迫力と言葉。
その両方に気圧された形だ。
同時に、少し考えてしまった。
(この人なら、本当に……)
だが、すぐに首を左右に振る。
そのまま『ぶっ壊してやる』への回答を口にした。
「──無理よ」
「そ、そんなのやってみないと!」
「少なくとも今のままじゃ」
「え?」
すると、ユユミはたずねた。
「ねえ。私を殺さないの?」
「い、いやあ、それは……」
シオスは周囲を確認する。
レティアもクーリアも罪を問う気はないようだ。
ならばと、シオスはうなずく。
「見逃すらしい」
「……そう。だったら、あなたに賭けてみてもいいかもしれない」
「え?」
「私がスパイになって機をうかがう」
「!」
そうして、ユユミは顔を上げた。
「正直、想像以上だった。ぶっ壊す時は力を貸してほしい」
「わかった!」
「……! ふっ、即答ね。本当に子どもだわ」
「それ褒めてないよね!?」
すると、立ち上がったユユミはクーリアの元に向かう。
クーリアの前で深く頭を下げた。
「悪かったわ。許されるとは思ってないけど」
「……」
「私は学園を去る。その前に、やるなら徹底的にやって」
ユユミはもう学園に用がない。
ならば、思う存分殴れと体を差し出した。
しかし、クーリアは少しため息をつく。
「……私って、そんなに怖い?」
「はい?」
「レティアさんにも謝られたし。そんなこと、するつもりもないのに」
「そ、そうなの?」
「叩き方が分からないもん。でも、彼女はそうじゃないみたい」
クーリアは隣に視線を向けた。
ふっふっふと腕を回しているのは、レティアだ。
「さーて、何発いこうかしら」
「ちょっ、あなた関係ないでしょ!?」
「いーえ、あります。そもそもシオスに近づき過ぎだし」
「やっぱり関係ないじゃ──」
「いいから歯ぁ食いしばんなさい!」
レティアはドコっと殴っていた。
ついでにドランも尻尾でぺしっと叩く。
「きゅいっ!」
「いてっ!」
そんな中、シオスはクーリアに向き合っていた。
少し恥ずかしげながらも、にこっと笑う。
「あの、クーリアさんを友達って思っていいですか?」
「……!」
クーリアにとっては、初めて向けられた言葉だ。
本は昔から好きだった。
だが、熱中するあまり、不気味と周りから避けられてきたのも事実。
友達は欲しかったが、大人びた性格で中々できなかった。
また、クーリアがユユミの正体に気づいたのも、この理由だ。
クーリアは普段から、教室の最後方から周りを見ていたのだ。
“気の合う人はいないかな”と。
実は常に友達がほしかった。
接してくれる人がほしかった。
そのために観察していると、ユユミの違和感に気づいたのだ。
そして、それが今現れた。
「ダ、ダメ?」
「……っ!」
あどけない表情に、クーリアの胸がどくんと鳴る。
その高鳴りは友達、いやそれ以上の感情を抱いたのかもしれない。
「も、もちろん」
「やった!」
だからこそ強く思う。
せっかくできた友達を離したくないと。
「そういえば、シオスさんは勉強の成績がイマイチのようで」
「あはは、ちょっと難しくて……」
「だったら私が教えるわ」
「え?」
クーリアは急に一歩前に出る。
「友達だもの。当然よ」
「ええ?」
「あなたの寮で付きっ切りでね」
「えええ!?」
クーリアにとって、初めてできた友達だ。
距離感が掴めず、すでにグイグイくる。
すると、横耳でしっかり聞いていたレティアが目を見開いた。
(そ、そう来るのぉ!?)
クーリアが思ったより深く踏み込んできたのだ。
これには思わず焦る。
「もうユユミに構ってる暇はないわ! さっさとどっか行って!」
「ちょっ、ひどくない!?」
「シオスー! わたしも寮に行くわ!」
こうして、暗殺者の一人を解決したシオス。
いずれ、さらなる脅威が訪れることになるが──
「シオスさん。ふつつかものですがよろしくお願いします」
「なんかそれ違くないですか!?」
今は新しい友達ができたことに満足するのだった。
一方、ユユミ。
「きゅいっ! きゅいっ!」
「いてっ! もうやめてえ!」
未だにドランにぺしぺしされていた。




