第2話 少年の決意
「それっ!」
家近くの森の中、僕は木剣を振るう。
前世の記憶を思い出してから、約一か月。
やりたいことを全部やる。
そう思い立ってから、僕は色々なことを始めた。
こうして木剣を振っているのも、その一つだ。
「ほっ! はっ!」
体が自由に動く。
その楽しさはもちろん、毎日強くなっている実感が嬉しかった。
加えて、一緒に修行する仲間もいるからだ。
「きゅいっ! きゅるっ!」
「うお! やるなあ!」
木剣を尻尾で打ち返してくるのは、相棒のドラゴン。
小型犬ぐらいのサイズとは言え、立派なドラゴン種だ。
それなりに力も強い。
「スピードを上げるよ、“ドラン”!」
「きゅるーっ!」
ちなみに、名前は『ドラン』だ。
前世のゲームから引き継いでいる。
そんなドランについて、ここ一か月で確信できたことがある。
「はっ! とうっ!」
「きゅるるっ!」
ドランは僕の動きに合わせて尻尾を振る。
反応ではなく、すでに知っているように。
この動きは、前世のゲームで培ったものだ。
つまり、ドランは前世の相棒で間違いない。
「ははっ、嬉しいなあ」
「きゅる~っ!」
初めて見た時からそう思ってはいた。
でも、この一か月を共に過ごして確信に変わったんだ。
前世でゲームをしていた時間は、決して無駄じゃなかった。
そうなれば、僕たちにはやることがある。
「よし、じゃあ今日もやるか!」
「きゅいっ!」
僕の呼びかけに、ドランは目をキリっとさせる。
本気モードになったみたいだ。
前世から、僕たちは共に戦う修行をしてきた。
“合わせ技”の開発などだ。
結局、ゲームで実践する機会は無かったけど、この世界では使う時が来るかもしれない。
そして何より、ドランと共に強くなるこの時間は、単純に楽しかった。
「あはははっ!」
「きゅるるっ!」
ひとしきり体を動かして、ドランと一緒に横になる。
一日中遊んで、修行して、寝転がって。
僕は毎日こんな日々を送っていた。
「幸せだなあ」
「きゅっ!」
だけど、この時の僕は知らなかった。
親バカの両親が、裏で画策しているなんてことは──。
★
<三人称視点>
シオスが外で遊んでいる頃、家の中にて。
「母さん、話があるんだ」
「奇遇ね、あなた。私もよ」
机の上で手を組み、両親は真剣な眼差しで向かい合っている。
いつものほんわかした雰囲気とは真逆。
今から重要な会議を開くような素振りである。
「そうか。では試しに同時に言ってみようか」
「ええ、そうしましょう」
そうして、二人は同時に口を開く。
「「うちの子が天才かもしれない」」
放った言葉はぴったり。
二人は驚きながらも、納得したようにうなずき合う。
「やはり母さんも思っていたか!」
「ええ、あの子はすごいわ! 剣に魔法も! ドラゴンまで携えて!」
記憶が蘇ってからというもの、目覚ましい成長を見せるシオス。
それを眺めながら、シオスは天才だと確信していた。
すると、自然に一つの案が浮かんでくる。
「シオスを王都の学園に行かせてみてはどうだろうか」
「さすがね、あなた。私もちょうど同じ事を考えていたの」
「そうか!」
二人が言うのは『グランフィール魔法学園』だ。
ゲーム『アルカディア』のメインシナリオの舞台であり、名実ともに王国内最高峰の学園でもある。
その合格倍率は、実に百倍以上。
周辺国も含め、各地から多くのエリートが集まるという。
それでも、両親はシオスを信じていた。
「では準備をしなければな!」
「ええ!」
「お金もまあかかる。だが、我が子の為なら父さん頑張っちゃうぞ!」
「私もやれることをやるわ!」
シオスの家系は、特別裕福というわけではない。
学園に通う資金は、モブであるこの家系には少し厳しい面もある。
しかし、両親は諦めなかった。
「「我が子の未来の為に!」」
二人は、シオスが思った以上に良い親で、思った以上に親バカだったのだ。
★
数カ月後。
「なあシオス、王都には学園というものがあってだな!」
食卓を囲む中、父が口を開く。
シオスはチラリと視線を移して返事した。
「何回も聞いたよ、その話」
「おお、興味が出てきたか!」
ただし、シオスは首を横に振る。
「……僕はいいかな」
「そ、そうか。そりゃ悪い」
「ごちそうさまでした」
シオスは一足早くご飯を終え、自分の皿を洗う。
そのまま自室に向かうと、ごろんとベッドで横になった。
(……学園か)
この数カ月の間、両親が学園の話を度々するようになった。
もちろんシオスも気づいている。
しかし、その度にシオスは話を逸らし続けていた。
「……」
前世のシオスは、メインシナリオである学園編をプレイしていない。
色々と理由はあるが、大きな原因としては一つ。
“学校が好きじゃなかった”からだ。
(結局、現実の学校は数回しか行けなかったしな)
病弱だったシオスは、前世のほとんどをベッドの上で過ごした。
ならば当然、学校にも行っていない。
置いて行かれている現実を忘れるためにゲームをしていたのに、ゲームの中でも学校に行こうとは思えなかったのだ。
(それで、ゲームでは学園と真逆に走り出したんだよな)
だからこそ、真っ先にモフモフを愛でることにした。
ドランといた時間は、現実の嫌な事を全て忘れさせてくれた。
そんな気持ちを引きずり、今も学園を躊躇してしまっている。
端的に言えば、気が進まなかった。
「……二人とも、相変わらずだし」
さらに、シオスの両親は優しい。
シオスが素っ気ない態度を取ると、深くは踏み込んでこないのだ。
自由に生きてほしいと思っているからだろう。
ただし、シオスの才能を殺すのはもったいないと思っているのもまた事実。
「……寝よう。ドラン」
「きゅう」
結果、親子で思いがすれ違ってしまっていた──。
★
とある日。
「……ん」
ふと、シオスは夜中に目を覚ます。
尿意に従ってお手洗いに向かうが、途中で声が聞こえる。
そっと耳を澄ますと、リビングで両親が話をしていた。
「シオスは学園には行きたくないんだろうな」
「そうみたいね」
「けどまあ、いざという時のために父さんは頑張るぞ!」
「ええ、私も!」
聞こえてきた話に、シオスは目を見開く。
(二人とも……?)
だが、驚いたのは話の内容だけではない。
父さんが深夜まで仕事の格好をしていたことだ。
(じゃあ、父さんは……)
最近、帰りが遅くなっていることは知っていた。
数日家を空けることが多くなっていたことも気づいていた。
しかし、それが全て仕事だとは思っていなかった。
母さんも、わざわざ街から魔導書を買ってきてくれた。
新品の剣もくれた。
「……っ」
それらは全て、シオスのため。
シオスが学園に行きたいと言った時、手遅れにならないようにするためだ。
それでもなお、気が進まないシオスには深く踏み込んでこない。
(父さん、母さん……!)
両親の愛情に気づいた時、シオスの目頭が熱くなる。
前世ではほとんど受けられなかったのもあるだろう。
だが、シオスは悩む。
(でも、学園は……)
想像するだけで、ズキっと胸が痛む。
“学校”という存在に、シオスはトラウマを持っていた。
しかし、考え方を変えればそれはすっと取れる。
(いや、学園こそ前世で出来なかったことじゃないか……?)
元気な同級生が羨ましかった。
ずっとベッドの上なのが悔しかった。
だからこそ目を逸らしていたが、実は学校生活こそが一番やりたかったことだ。
「……っ!」
メインシナリオは知らない。
ただし、今ならやりたいと思える。
そう思い立ったら、シオスがやることは一つだった。
「父さん、母さん」
「「シオス……!」」
シオスは扉をバンっと開き、宣言する。
「僕、学園に行くよ」
「「!」」
「だからお願いします。受験を受けさせてください」
「「……っ!」」
その言葉に、両親はうんとうなずく。
「ええ、もちろんよ!」
「シオスの自分の口で言うまでは、誘わないと決めていたんだ」
「父さん、母さん……!」
三人は思わず抱き合う。
「きゅーっ!」
「ははっ、ドランも!」
すると、ドランも寂しそうに輪に入ってきた。
いつの間にか会話を聞いていたようだ。
(本当に良かった。この世界に転生してきて……!)
この温かい空間の前に、シオスは改めて感じる。
両親には本当に恵まれた。
だからこそ、精一杯応えたいと。
「そう決まったら、やるぞー!」
「きゅー!」
そうして、学園に行く決心をしたシオス。
この日より、さらに努力を加速させるのであった──。