第19話 竜装(ドラン・アーマー)
「なんとか間に合ったよ」
レティアの限界寸前、シオスが駆けつける。
その腕に抱えたフィノはそっと避難させた。
「フィノはここにいて」
「……うっ」
暴走からは救ったものの、衰弱しているようだ。
すると、ラオニルは顔をしかめる。
シオスの姿がいつもと変わっていたからだ。
「……なんの遊びだ」
背中から伸びた、たくましい緑の両翼。
瞳に魔力が宿っているのか、緑と赤のオッドアイだ。
体は人の色をしているが、明らかに威圧感が違う。
対して、シオスは向き直って答えた。
「キミ自身が試してみるといい」
「なんだと?」
「遊びかどうか教えてあげるよ」
「……! フッ、面白い」
シオスはラオニルに怒っているのだ。
ゆえに直接対決を望む。
ならば、ラオニルも前に出る。
元々、「シオスに恥をかかせてやる」と勝負を誘ったのだ。
これはラオニルにとっても好機と言える。
「では直々にぶっ潰してやろう!」
「……!」
剣を抜いたラオニルは、不意打ち気味にシオスへ迫った。
「死ねえ!」
「そんなものか?」
「!?」
しかし、シオスには容易く止められる。
全く怯むことなく。
むしろ、ぶつかったラオニル自身が衝撃を受けるほどに。
「容赦はなくていいんだな!」
「……ッ! ぐあぁッ!?」
シオスも反撃に出る。
交差する剣の隙間から蹴りを食らわせ、互いの距離が離れた。
ラオニルは受け身を取りながら、一瞬思考を巡らせる。
(なっ、この俺が競り負けただと!?)
──だが、その一瞬が命取りだ。
「僕から目を離さない方が良いよ」
「……!?」
空いていたはずの距離が、瞬時に詰まっている。
ありえない速さの移動だ。
それに驚くのも束の間。
シオスの赤い右目が燃えるように光り、右腕に炎が纏う。
そのまま右腕を勢いよく振り上げた。
「【竜火拳】……!」
「ぐはぁっ……!!」
良くも悪くも、シオスらしいネーミングセンスだ。
だが、可愛らしい名前とは裏腹に、ラオニルは上空へぶっ飛ばされる。
しかし、まだシオスのターンは終わっていない。
「ふぅ……」
「!?」
一瞬、集中力を高めると、今度は緑の左目が光る。
それから剣を抜き、地上から目にも止まらぬ剣技を放った。
「──【竜風刃】」
「ぐああああああっ!」
シオスは地面に着いたまま。
それにもかかわらず、空中のラオニルに疾風の斬撃をお見舞いする。
正確には、ラオニルの周囲に存在する風を操ったのだ。
(バカな、俺が平民ごときにぃ……!)
速すぎる風は、時には鋭利な刃物になる。
その威力を高めることで、シオスは遠くのラオニルを斬った。
そんな様子を、レティアは後ろから眺めている。
(な、なにが起きてるの……!?)
シオスが強いのは知っていた。
だが、今までの彼とは何もかも違う。
技も、力も、速さも。
“なにが起きている”。
レティアの疑問に回答するよう、シオスは口を開いた。
「これが【竜装】だ」
『きゅい!』
──【竜装】。
形態変化したドランが、装備のようにシオスを包んでいるのだ。
シオスの背中辺りからは、ドランの声も聞こえる。
“合体”とも言えるこの技は、まさに破格。
風魔法により、瞬時に迫った移動と、【竜風刃】。
火魔法により、【竜火拳】。
シオスはドランの力を使えることができるようになるのだ。
ドランの強大な力に、シオスの巧みな人間の動き。
それらが合わさったこの形態は、二人の“奥義”と言える。
「これでお前を倒す」
『きゅいー!』
「「「うおおおおおおおおっ!」」」
まさかの展開に、観客の盛り上がりは最高潮だ。
また、それは後方のレティアも同じく。
(眼福すぎない……!?)
恋をするシオスと、大好きなドラン。
二人が合体した姿を間近で拝めたのだ。
役得にも程がある。
そんなレティアの視線を受け取ったシオスは、前に出ながら声をかけた。
「回復したんだね! ここで一気に決めよう!」
「……! え、ええ!」
レティアの元気が戻ったことを確認したのだろう。
対して、「推しのおかげです」なんて口が裂けても言えないレティアは、すぐさま攻撃を態勢をとる。
「うおおおおおおッ!」
「はああああああッ!」
シオスにやられ、ラオニルはしばらく動けない。
向かう先は──暗殺者二人。
「【秋雨の散華】……!」
「「……!」」
レティアの麗しき剣技だ。
攻撃範囲が広く、斬撃と幻の見分けが難しい。
暗殺者二人は共に防御を固める。
「「くっ!」」
「今よ、シオス……!」
二人が密集した。
ならば標的は定まったも同じ。
「さすが!」
『きゅる!』
後ろに控えたシオスが繰り出すのは、勝負を決める大技だ。
「──【竜火拳】!!」
「「……っ!」」
超威力の拳は、前方に大きな風圧を生む。
その威力の前には、二人は成す術も吹き飛ばされた。
「よし!」
『きゅい!』
確かな感触に、シオスは着地と同時に拳を握る。
掲げる宝玉は、すぐ目の前だ。
──しかし、ラオニルもただでは終わらない。
「てめえら、やれ」
「「……はっ」」
地面に横たわっていたラオニルが、ぼそりとつぶやく。
暗殺者二人は応えると、取り出した“注射”を自らの首に差した。
「「──ぐっ」」
「「……!?」」
いざという時のため、ラオニルにあらかじめ指示されていたのだろう。
口を開かない二人が声を漏らしたことから、相当な痛みであることが分かる。
すると、二人は今度こそパタリと倒れた。
同時に、二人の魔力がラオニルに移っていく。
「フッ、フハハ、フハハハハハ!」
「「……!」」
それを糧に、ラオニルはぐぐぐっと体を起き上がらせる。
ダメージを負っていたはずの体は直り、徐々に力を取り戻すように。
否、さらに力が増していくように。
「とっておきを残しておいて、よかったようだ」
「お前、何をしたんだ……!」
「なに。忠実なしもべを使ったまでさ」
「なんだと!?」
正確には、強制的に全魔力を譲渡させたのだ。
魔力が枯渇するのは、生命エネルギーが不足しているのと同等。
すなわち、二人は危うい状態にある。
なんとなく察したシオスは、さらに怒りを膨れ上がらせる。
「お前はどこまで……!」
「何とでも言え。それよりも──」
「!」
対して、ラオニルはシオスに急速に接近した。
「自分の心配をした方が良い」
「……ッ!?」
シオスもなんとか剣で弾く。
だが、今の動きには目を見開いた。
(速さが段違いだ……!)
暗殺者二人の魔力を得た効果だろう。
三人の魔力がラオニルに集まることで、全体の戦力は上がっている。
ならば──
「勝負だ、ラオニル……!」
「フッ、来るがいい」
これが魔導競争の最終決戦となる。