第18話 信じた言葉
「──フッ、ここか」
ラオニルが口角を上げた。
パーティーの前に見えたのは、第二関門。
この先には、闘技場へ繋がる転移魔法陣がある。
ゴールは目と鼻の先だ。
すると、最後にちらりと後方へ目を向けた。
「……結局、あいつらは無様に終わったか」
バカにしたような笑いだ。
もしくは、すでに勝利後を妄想して笑ったのだろう。
そして、パーティーで転移魔法陣へ乗った。
『一番乗りは、ラオニルパーティーだあ!』
「「「わああああああっ!」」」
ラオニル達が転移すると、闘技場に溢れんばかりの歓声が上がった。
実況により、それはさらに加速する。
「ハッハッハッハ!」
ラオニルは公爵家ともあり、人気は高い。
その上、良くない噂は一部にしか伝わっていないのだ。
多くの者からすれば、文武両道のカリスマである。
(カメラも調整しておいて正解だったな)
さらに、フィノの暴走の原因は、観客に知られていない。
実況カメラの位置を事前に知り、上手く立ち回っていたのだ。
声援に快感を覚えながら、ラオニルは前に目を向ける。
「あれか」
闘技場の中央には、宝玉。
それを十秒掲げた者が勝利となる。
横取りのような勝ち方を封じるためだ。
「では、もらうとしよう」
「「「わあああああああっ!」」」
歓声に時々手を振りながら、ラオニルは堂々と宝玉へ向かう。
心の内では、周りを蔑みながら。
(称えることしか出来ぬモブどもが)
勝利を確信しているからだろう。
そんな含みのある笑みを浮かべたまま、中央に着いたラオニル。
「こいつは頂くぞ」
宝玉に手を伸ばし、いよいよ決着が着く──かと思われた。
「はああああああッ!」
「……ッ!」
ラオニルの後方から、声と共に衝撃が伝わる。
ハッと目を開いたラオニルは、仲間二人と横に回避した。
「まだ、勝負は終わってないわ!」
「貴様……!」
転移魔法陣から出てきたのは、レティア。
ラオニルが勝利する前に、ギリギリ間に合ったのだ。
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
まさかの阻止に、会場のボルテージはさらに上がる。
現れたのが、公爵令嬢として名高いレティアなのも大きいだろう。
「レティア様だ!」
「さすが、ただではやられない!」
「これは熱いバトルが見られるぞ!」
しかし、ラオニルは途端に冷静さを取り戻した。
「おっと、仲間はどうした?」
「……っ!」
姿が見えるのが、レティアだけだからだ。
「もしかして、はぐれたのかな?」
「……」
「ハッハッハ、足手まといのいるパーティーは大変だなあ?」
わざとらしい口調だ。
観客にはラオニルの不正は知られていない。
また、ここでレティアが不正を訴えても、すぐに実証はできない。
それらを理解し、あえて挑発しているのだろう。
対するレティアは、挑発に乗らない。
「あなた達程度、わたし一人で十分よ」
「……! ほう」
なぜ一人かは答えず。
代わりに再度剣を構えた。
──ラオニルの勝利を阻止するべく。
「いくわよ!」
ダンっと地面を蹴り、レティアは上に飛び出した。
繰り出されるのは、美麗なる剣技。
「──【秋雨の散華】」
「「「……!」」」
上空から、数多の斬撃が降り注ぐ。
だが、一度の剣技にしてはありえない量だ。
人間の腕で作り出すには、到底不可能な剣技である。
「「「うおおおおっ!?」」」
いきなりの大技にどよめきが起こる。
しかし、ラオニル側の三人は勘づく。
(全てが本物の斬撃じゃねえ……!)
その通り、全てに実体があるわけではない。
斬撃の内の半分は、レティアの精巧なフェイントが生み出した“幻”。
本物と偽物の所作が一切変わらぬことにより、ラオニル達の脳が|勝手に本物だと認識した《・・・・・・・・・・・》斬撃だ。
「チィッ!」
だが、理解したところで関係ない。
半分“剣技”で、半分“幻”。
その疑念は、受ける側の判断を鈍らせる。
──ドゴゴゴゴゴオッ!!
レティアの剣技が降り注ぎ、闘技場に轟音が響いた。
「……っ」
着地したレティアも様子をうかがう。
砂ぼこりが立ち込め、ラオニル側の姿が確認できないからだ。
しかし、やがて嫌な声の確認は取れた。
「ハッ、さすがはローゼリッドのお嬢様だぜ」
「!」
「さすがにひやっとしたぞ」
砂ぼこりが晴れ、ラオニル達の姿が見える。
「一対一だったらな」
「くっ……!」
ラオニルは、パーティーメンバーの二人が守っていた。
二人の肩に手を乗せると、ラオニルはニヤリと笑う。
「よくやった」
「「はっ」」
パーティメンバーの二人は、女子生徒。
全く同じ見た目をしているが、実態が底知れない。
控えめな黒紫色の髪。
目元は黒色のアイマスクで塞いでいる。
だが、見た目が全く同じ二人の放つ“殺気”は本物と言えた。
そんな二人に対し、レティアは目を見開く。
(あれは、裏組織側の人間……!?)
黒い噂が立つ、ラオニルの家系。
その中に、暗殺を生業とする一族を匿っているという話がある。
姿といい、殺気といい。
ラオニルパーティーの他二人は、そこから連れて来たとしか思えなかった。
「今回のために用意したのさ。盤石な人員だろう?」
「そこまでして……!」
暗殺一族は、学園では禁忌。
裏側の人間は、表に立つことを許されないからだ。
しかし、ラオニルは勝つためだけに二人を連れてきた。
「やれ」
「「はっ」」
ラオニルが二人に告げる。
その瞬間、暗殺者の二人が消えた。
──否、消えたと錯覚するほどの速さで、レティアに迫った。
「「排除します」」
「うぐっ……!」
暗殺者の武器は、クナイ。
それを一人が両手に持つ上、二人の攻撃は遺伝子レベルで息が合っている。
実質的にレティアは、四本の武器を相手にしていた。
「フッ、せめてもの情けだ。決着が着くまで見守ってやろう」
その激しい攻防を見ながら、ラオニルは笑みを浮かべる。
「お仲間も来ないようだしなあ! ハッハッハ!」
「……っ!」
最大限の煽りなのだろう。
それに歯を噛みしめながら、レティアはなんとか防御を固める。
だが、小回りの利く四本のクナイに、追い詰められる一方だ。
(なんて攻め! 反撃なんてとても……!)
それでも、レティアは諦めていなかった。
信じていたからだ。
友達を、仲間を。
そして、シオスの言葉を。
『あとで追いかけるから勝利を阻止して』
シオスと別れる寸前、レティアはそう告げられたのだ。
ひとまずラオニルに勝利を渡さないために。
(シオス達は、必ず来る!)
だからこそ、ここはシオスを信じて時間を稼ぐ。
──しかし、徐々に均衡が崩れ始める。
「くぁっ……!」
暗殺者二人に、レティアの剣が弾かれた。
二人を相手によく持ちこたえたが、ついに限界を迎えてしまう。
そうして、ラオニルは嫌な笑みを浮かべた。
「フッ、ちょうど飽きてきた頃だ。終わらせろ」
「「はっ」」
対して、レティアは目を見開く。
「……!」
すると、暗殺者二人が迫る中、ふうと一息ついた。
背中側にある転移魔法陣から、何かを感じ取ったのだろう。
「ったく、待ちくたびれたわよ」
「うおおおおおおっ!」
「「「……!」」」
まばゆい光が溢れ、魔法陣から一人の少年が姿を見せる。
その腕には、救出したフィノを持って。
「なんとか間に合ったよ」
ギリギリ駆けつけたのは、シオス。
だが、その姿はいつもとは変わっていた──。