第13話 元気な少女
「あ、あの!」
とある日の学園。
廊下を歩いていたシオスに、後ろから声がかかる。
「私を強くしてくれませんか!」
「え?」
振り返ると、少し小柄な少女。
だが、あまりに唐突なお願いだ。
周囲も若干ざわついている。
「少しでも良いので、何か──」
「わ、分かったから!」
一旦落ち着くよう促し、シオスは人垣の向こうを指差す。
「とりあえず、あっち行こっか」
「……! はい!」
場所を変え、シオスは話を聞くことにした。
「──なるほど。ダンジョンアタックでの成績を聞いてか」
場所を移し、学園のテラス。
昼前ということもあり、人通りは少ない。
ここでシオスは、先程の少女の話を聞いていた。
「はい。一番だったって聞いて……」
「あはは、運が良かっただけなんだけどね」
先日のダンジョンアタックの成績が開示され、シオスとレティアは一位だった。
目標物の採掘量も優秀だったが、異常を止めた功労として、特別ポイントを授かったからだ。
それを見て、この子も相談しに来たようだ。
ただし、シオスは少女に見覚えがある。
「ところで、お名前は」
「ああ、そうでした! 私は『フィノ・エルノ』って言います!」
「……!」
(やはりそうか!)
少女の名は、フィノ・エルノ。
隣の国から来た、子爵家の長女である。
明るい茶色のセミロング。
右側の髪は耳の後ろに流され、可愛い髪留めが付いている。
少し小柄だが、元気な少女だ。
そして、フィノは原作メインヒロインの一人。
余計に驚いたシオスだが、相変わらず原作の知識は無い。
フィノに関しても、名前を知っている程度だ。
「フィノは強くなりたいの?」
「はい! それはもう早急に!」
「う、うん……?」
フィノはふんすっと両手を握る。
元気っ娘のような前向きな態度だ。
しかし、シオスはどこか違和感を抱く。
(何か焦ってる?)
表情の中に、やる気とは違う何かを感じたようだ。
ただ、初対面で深くたずねることはしない。
特に放課後の予定もないため、シオスは快諾した。
「分かった。僕で良ければ何でも教えるよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
フィノは勢いよく頭を下げる。
体育会系のような勢いに若干押されてしまうが、シオスも元気な子は嫌いじゃない。
「あはは、こちらこそ。あと同級生だから敬語はいらないよ」
「そ、そうだね! じゃあよろしく!」
「うん!」
こうして、しばらくの放課後の予定が埋まった。
シオスとしても友達が増えるのは嬉しい。
──だが、そうはいかない者もいるようで。
「……あんだと?」
陰からこっそり覗いていたレティアは、貴族らしからぬ口調で顔をしかめていた。
★
放課後、修練場。
「では深呼吸をして」
「すー、はー」
シオスの声に、フィノは素直に従う。
「よし。じゃあもう一度」
「うん!」
落ち着いてから、フィノは自身の杖を前に構えた。
そこから声を上げながら、魔力を込める。
「やああああああ──はあッ!」
「これは……!」
込めた魔力を放出し、フィノの杖から魔法が飛び出す。
「わあ、つめたい」
「無理に褒めなくていいから!」
ただし飛び出したのは、ぽっとした小さな水玉。
威力は言うまでもなく“低い”。
何度か試したものの、強い魔法は出ないようだ。
フィノはぺたんと女の子座りになる。
「はあ、難しいなあ」
フィノは“魔導士”を目指している。
攻撃魔法をメインとして、殲滅力を期待される職だ。
しかし、現在フィノが扱える魔法は、攻撃というにはあまりにかわいい。
すると、二人の後ろから声がかかる。
「センスは悪くないんだけどね」
「うん。僕もそう思うよ」
腕を組んだレティアだ。
彼女もまた、フィノの特訓に付き合っていた。
というより、勝手に付いてきた。
先程、あるやり取りがあったからだ。
『わたしもフィノさんの特訓行くわよ』
『なんで知ってるの!?』
だが、博識なレティアが心強いのは事実。
どうして約束を知っているか一旦置いておき、シオスと一緒に見ていた。
ちなみに、レティアの目的はもう一つある。
フィノの監視だ。
「あの、シオス君──」
「わたしが聞くわよ」
「え。あ、はい」
フィノがシオスに尋ねようとすると、レティアがずいっと割り込む。
レティアに若干怯えつつも、フィノは弱気に口にする。
「私、魔導士は諦めた方が良いのかな」
「それは……」
「いや、僕はそう思わないよ」
「!」
それには、シオスが代わりに答えた。
「フィノは魔法が好きなんだよね」
「も、もちろん!」
「だったら諦めるべきじゃない」
「……!」
自身の経験があるからこその言葉だ。
好きなことが出来ない辛さは、誰より知っている。
そこで学生の内から好きなことを諦めるのは、もったいないと思っているのだ。
加えてシオスは、とあることに気づいていた。
「それよりも、原因はもっと根本にある気がする。フィノ自身の」
「え?」
「もしかして、フィノは自信がないんじゃないかな」
これには根拠もある。
「フィノの中からは、確かな魔力を感じるんだ」
「本当?」
「すごい魔力だよ。でもそれをフィノが止めてるように感じる」
「……!」
シオスは感知していたのだ。
フィノの中にある魔力──すなわち“才能”を。
ただし、それは簡単なことではない。
それを示すよう、レティアは目を見張った。
(そんなことが分かるなんて)
レティアですら、人の体内の魔力を感知することは出来ない。
これは、シオスだからこそ。
ドラゴンという魔力の塊のような存在と、毎日触れ合って身に付けた独特の感性である。
そして事実、シオスの直感は当たっていた。
原作同様、フィノは大きな才能を持つのだ。
しかし、フィノ自身がそれを信じていなかった。
明るく振る舞っている様は、自信がないことを隠すため。
本当は誰よりも繊細な少女なのだ。
「大丈夫。フィノなら出来る」
「う、うん……!」
力強い言葉に、戸惑いながらもうなずくフィノ。
シオスを信じて、もう一度魔力を込める。
(きっと出来る、きっと出来る……!)
初めてそう思って放った魔法は、大きな力となった。
──ドガアアッ!
「「「……!」」」
水玉ではなく、波。
れっきとした水魔法は壁に当たり、大きな音が響いた。
その魔法に、三人はわっと沸いた。
「すごいよ、フィノ!」
「ええ、中々の魔法ね!」
「うん……うん、ありがとう!」
はっきり言えば、威力はまだまだだ。
シオスやレティアには遠く及ばない。
だが、しっかりと魔法を出せた。
今はそれだけでも成長と言える。
まだまだ引き出せる才能はあるため、これから伸びていくだろう。
すると、ふとシオスがたずねる。
「そういえば、フィノはどうして強くなりたいの?」
「……!」
「何か困り事があれば聞くよ」
「そ、それは……」
朝に抱いた違和感のことだ。
レティアの“強さへの執着”には、焦りが見られた。
困っているなら助けてあげたいと思ったようだ。
対して、レティアは徐々に口を開く。
「最近、しつこく付きまとってくる人がいて……」
「!」
そんな中、バンっと修練場の扉が開く。
姿を現したのは、一人の男だった。
「まさか、それって俺のことかい?」