第12話 レティアの日課
レティアの朝は早い。
「はっ! はっ!」
日課として、毎朝五時から剣を振っている。
やるのは“型”の確認。
ただそれだけ。
「はぁっ!」
しかし、終わるのは朝七時頃だ。
それほどに、身に付けた型の種類は膨大である。
この日々の積み重ねが、正確無比な剣を形作っているのだ。
ダンジョンアタックの授業から、数日。
レティアは今日も変わらず、日課を続けている。
「……ふぅ。静かでいいわね」
学園は全寮制のため、入学してから日課の場所も変わった。
レティアが選んだのは、学園敷地内の端。
人通りはなく、静かな公園だ。
物音はあまりせず、鳥のさえずりだけが聞こえる。
さすがは最高峰の学園といったところか、学内の修練場には朝から人がいる。
そこで集中できる環境を選んだ末、この僻地に辿り着いたようだ。
──ひとつ目の理由としては。
「……今日もいるかしら」
現在は、朝七時過ぎ。
ひとしきり型の確認を終え、レティアはある場所へ向かう。
この僻地を選んだもう一つの理由のためだ。
「!」
レティアは気配を消し、こそっと草陰に身を隠す。
すると、前方には二人の姿が見えた。
「とうっ!」
「きゅいっ!」
シオスとドランだ。
レティアが朝練する公園から、少し歩いた場所。
この二人も、毎朝ここで体を動かしている。
自分の事を終え、陰からシオスとドランを眺める。
ここまでがレティアの日課だった。
「……」
レティアが二人を見つけたのは、入学の次の日。
場所を選びながら歩いていると、偶然に発見した。
それからは毎日、朝練後に二人を陰から眺めている。
「あははっ! もう一回だ、ドラン!」
「きゅい!」
シオスはドランと打ち合いながら、剣に励んでいる。
否、励むというよりは楽しんでいた。
(ふふっ、あんなに楽しそうに)
前世の辛さもあり、体を動かせる嬉しさを誰より分かっているシオス。
その思いは、努力を努力と思わない。
どこまでも楽しみ、どこまでも努力することができる。
これがシオスの一番の強さだ。
(だから、あなたは……)
レティアの頭にとある光景が浮かぶ。
自然と思い出すのは、ダンジョンアタックの時の異常。
あの時のことは鮮明に残っている。
型破りな戦い方も。
ドランとの絆も。
あれらは、こうした日々の積み重ねの結果なのだ。
その積み重ねの一端を、朝から見られる。
だからレティアは、近くの公園を選んだ。
確かに最初は、ドランが目当てだった。
しかし、今では違う。
シオスが励む姿は、彼女にも力をくれる。
同時に、胸の高鳴りも。
「……っ」
シオスを見ていると、胸の鼓動が大きく感じる。
初めての気持ちだった。
だが、物語などから感情の正体は知っている。
この努力する姿を毎日見ていたから、レティアはシオスを好きになった。
「──レティア?」
「ひゃああっ!?」
なんて考えていると、レティアの前にひょこっと顔が現れた。
シオスだ。
レティアは声を上げながら、後ろにひっくり返った。
「な、なな、なによいきなり!」
「ごめん。がさっと音がしたなーと思って」
「……っ!」
レティアは高鳴る胸と共に、いつの間にか身を乗り出していた。
シオスをもっと近くで見たいと、自然と前に出ていたようだ。
その音で気づかれてしまった。
「どうしてこんなところに?」
「……! い、いいから近づかないで!」
「え?」
レティアはズザザっと後ろに下がる。
(朝練後のシャワー浴びてないのよ!)
朝練で汗をかいたからのようだ。
しかし、シオスは気づかない。
「もう少し時間があるなら、一緒に朝練どうかなって」
「す、するわけないでしょ!」
「うぐっ……そっか」
強めの口調に、シオスは心のダメージを負う。
だが、それはレティアも同じ。
(し、したいけど、こんな状態じゃ……!)
自分の体を触り、顔をかあっと赤くする。
体は汗ばみ、髪も少し乱れていた。
誘ってもらったのは嬉しいが、これ以上はここにいられなかった。
「と、とにかく、わたしはもう行くからっ!」
「え」
「ま、また学園で!」
「あぁ……」
レティアは全力で女子寮に帰って行く。
シオスから逃げるように。
(なんで身を乗り出しちゃったのよーーー!)
こうなるから、レティアはいつも草陰から覗いていたのだ。
また、その姿を見ながら、シオスはがくっと地面に手を付く。
「仲良くなったと、思ったのに……」
基本的に鈍感なシオス。
まさか好意のあまり逃げられたとは思わない。
パーティーを組み、それなりに距離が縮まったと思っていたが、改めて学校というものの難しさを知った。
「友達作るの、大変だ……」
だが、シオスの隣で浮かぶドランはそうではない。
高い理解力から、状況を全て分かっていた。
ドランは小さいおててを広げ、首を左右に振る。
「きゅいきゅい」(やれやれ)
シオスとレティア。
お互いの気持ちを知るには、まだ少しかかりそうだ──。