第11話 真の強さ
「大丈夫。とっておきを見せるから」
「その構え……!」
現れた二匹目の異常──『キョダイメ』。
巨大な目玉の化け物を前に、シオスはある構えを取る。
「さあ来い!」
その構えは、野球のバッター。
両手で剣の柄を持ち、左半身を相手に向けている。
レティアに“野球”は通じないが、シオスの前世から言えば、間違いなく野球の構えである。
それにはレティアも声を上げた。
「ふざけてる!?」
「え?」
剣を持つにしては、あまりに隙だ。
防御も出来なければ、攻撃も遅れそうな態勢である。
それでも、シオスは表情を崩さない。
「いいや、大真面目!」
「……! あれは!」
「キイイイイイイイイ!」
キョダイメの前に大魔法陣が浮かび上がる。
魔力を溜めている証拠だ。
すると、わずか数秒足らずで魔法は放たれた。
(速い! それに、デカい……!)
放たれたのは、魔法の球。
発射までが早く、威力も明らかに強い。
デカメとは魔力の溜まり方が違うようだ。
「あなた、避け──」
「うりゃああああ!」
「ちょっ……!?」
だが、シオスは一歩も引かない。
それどころか足元をぐっと固め、正面から待つ。
そのまま向かってきた魔法の球に対して──シオスは剣を振り抜いた。
「でりゃあ!」
「キイ!? キィアアアアアアッ!」
魔法の球は見事に打ち返され、キョダイメに直撃。
キョダイメは自らの魔法でぶっとばされた。
「よし!」
「は……!?」
まさに野球だ。
デカメの魔法の特徴を聞いた時から、シオスはこれがやりたかったようだ。
後方のレティアは言葉を失っている。
(な、なんなのよ、それは……!)
野球を知らないため、奇想天外な発想に思える。
だが、もし知っていても実行しようとは考えないだろう。
加えて、今の攻防には技術が含まれていた。
(剣のコントロールが絶妙すぎる……)
シオスが持っているのは、バットではなく剣。
魔法の球にそのまま刃を入れれば、その場で爆発したことだろう。
だがシオスは、球の輪郭をなぞるように迎え撃った。
ただ打ち返しただけではない。
あの一瞬で、実は高度な剣技を見せていた。
まさに異世界版の野球だ。
(いや、なに真面目に考察してんのって話だけど!!)
しかし、それを加味しても打ち返す必要はない。
そんな剣技が出来るなら、他にもっと有効手段があるはず。
だが、これこそがシオスなのだ。
「できると思ったんだよねー!」
「……っ」
シオスがニッと笑う。
この戦闘すらも楽しむように。
「じゃあ次はこっちからだ!」
「キィィッ!」
倒れているキョダイメに、シオスは接近する。
そこから繰り出されるのは、数々の突飛な剣技だ。
「うおおおおおっ!」
「キ、キキィッ!?」
上下左右、足元、背後。
様々な場所に回り込み、緩急を使った攻めが繰り広げられる。
そこに型などありはしない。
シオスの自己流であり、型破りとも言える剣だ。
(こ、これが、シオス君……!)
型に忠実なレティアの剣技とは、まるで真逆。
自由奔放に動き、時には無駄とも思える行動を取る。
だが強い。
その所々の動きに、日々の鍛錬の賜物が表れているからだ。
この剣技。
そして、先程の野球にしてもそう。
「あははっ!」
シオスは、この世界の常識に囚われていない。
ただ自分がやりたい事。
ただ自分が思い描く様。
それらに忠実に従って、本能のままに生きている。
この真っ直ぐな童心。
自由に生きる過程で身に付けたのが、この圧倒的な力だ。
シオスの真の強さは、この“生き方”にある。
「終わりだ!」
「キィイ!?」
上空から、シオスはキョダイメを見下ろす。
たたんっとダンジョンの壁を蹴り、宙に昇っていたのだ。
そこから剣を真下に向け──急転直下する。
「うおおおおおおおお──はッ!」
「キィィィィィイィィィィ……!」
シオスは、自身の体ごとキョダイメを貫通。
その中で、幾重もの剣技を放っていた。
地面に着地すると、スババっと複数の斬撃がキョダイメを襲う。
キョダイメはバラバラになり、ダンジョンに取り込まれていく。
これは絶命の証。
つまり、シオスの勝利だ。
「一件落着、かな」
「「「うわああああああっ!」」」
今度こそ生徒達の顔が晴れ上がる。
シオスの強さに、周りの魔物も一斉に撤退したのだ。
シオスとドラン。
二人のヒーローによって、異常は収められた。
ヒーローには、人が群がるのが世の常だ。
「すごかったよ!」
「助けてくれてありがとう!」
「もうダメかと思ってた……!」
周囲の心からの言葉だ。
シオスとドランはお互いに顔を見合わせ、ふっと笑った。
「い、いえ……」
「きゅいぃ……」
前世から含め、他人からこんなに感謝を受けたのは初めてなのだろう。
そこには照れが全く隠せていないヒーローの姿があった。
そんな二人を、レティアは少し離れた所から眺める。
「……っ」
若干頬を赤らめながら──。
★
「本当によくやった!!」
先生が頭を下げる。
ここは、ダンジョンの外。
合同授業を終えて、全員が無事に帰ってきた後だ。
すると、先生は顔を上げてもう一度言葉にする。
「異常への対応、本当に感謝する!」
「いえ、わたしは……」
だが、レティアは賞賛を受け取る気にはなれない。
自分は功労者だと思っていないからだ。
レティアは横に視線を移しながら、先生に答える。
「今回の件は、あの二人のおかげです」
「ふっ、そのようだな」
視線の先には、シオスとドラン。
すでに先生から謝礼をされた二人は、向こうで生徒達に囲まれていた。
「命の恩人だよ!」
「シオス君かっこよかった!」
「ドランちゃんありがとうね!」
対して二人は、やはり照れを隠せない。
「そ、そんなことないよ~」
「きゅい~」
よほど嬉しいのだろう。
デレっとする二人を、レティアは無言で眺めていた。
(めっちゃ嬉しそう……)
それから、先生はレティアに言葉を続けた。
「しかし、どうして急にこんな事態が……」
「え?」
「直前にも調査を行い、安全は確保していたはずなのだがな」
「……!」
何か良からぬ事が起きているかもしれない。
暗にそう捉えられる言葉だった。
そして、それを示すように一人の者が陰から様子を覗く。
「……ちっ」
同じ生徒集団の中だ。
陰からシオス達へ威圧的な目を向けている。
すると、周りには聞こえないようにボソっとつぶやいた。
「邪魔しやがって」
この一件は単なる異常ではなかったようだ──。