第10話 原始種ドラゴン
「きゅいいい──ギャオオオオオオ!」
可愛い声から一転。
ドランの鳴き声は、一帯に響き渡る咆哮となった。
誰もが振り返った先には、覚醒した一匹の大きな獣。
「ギャオ」
巨大化したドランだ。
体は全体的に大きく、尻尾や羽も伸びている。
黄緑色の肌は変わらずだが、見えにくかった筋肉が表に現れていた。
圧倒的な存在感を放つ、まさにドラゴンだ。
(こ、これがドランちゃんなの……?)
その姿には、レティアまでもが足をすくませる。
味方とは思いたい。
だが、もし敵だったらと考えると恐ろしくて堪らない。
それほどの威圧感を放っていた。
「ギャオ」
「……っ!」
ドランの挙動一つ一つに、レティアの体がビクっと動く。
だが、次の行動で恐怖は消え失せた。
ドランは腰を曲げるようにすると──
「ギャウーン」
「ははっ、このこの!」
大きな顔をシオスの体にこすりつける。
ほっぺすりすりだ。
「~~~っ!」
レティアは心を撃ち抜かれる。
(ギャップ萌えーーーっ!)
大きくなっても、ドランはドラン。
それを確信させてくれた瞬間だった。
むしろ一気に存在感が増したギャップにより、レティアの心はメロメロだ。
すると、シオスは周囲に向けた。
「みんな安心して。オーガはドランが相手するって」
「ギャオ」
「「「……!」」」
生徒達の顔が一斉に晴れる。
それほどに、今のドランの背中には頼りがいがあった。
たくましくなったドランは、オーガに向き直る。
「ギャオ」
「グオオ」
ドラゴンとオーガ。
巨体同士の張り合いだ。
体格は若干ドランが勝っているが、大きく秀でてはいない。
「「「……っ」」」
人と魔物、誰しもの注目が集まる。
先程までの喧噪はすでにない。
ここら一帯は、緊張と静寂に包まれていた。
しかし──開戦の合図は激しい。
「ギャオオオオオオオ!!」
「グオオオオオオオオ!!」
「「「……!」」」
お互いに咆哮を上げたかと思えば、両者は強く踏み出した。
そこから繰り出されるのは、お互いの得意技。
「ギャオオ!」
「グオオッ!」
オーガは自慢の金棒を振り下ろす。
対して、ドランは半身を捻って長い尻尾で応戦した。
競り勝ったのは──ドラン。
「ギャオオ!」
「グオァッ!?」
オーガの金棒がぶっ飛ばされた。
ドランの尻尾が、オーガの腕を下から叩いたのだ。
すると、動揺するオーガを今度は体で強く押していく。
「ギャオオオオ!」
「グ、グアァッ……!?」
巨大な翼を羽ばたかせ、推進力も上乗せしている。
一度入ったドランのエンジンは止まることを知らない。
その一方的な強さに、レティアは目を見開く。
(オーガ相手にこの力……強すぎるわ!)
オーガは中層~下層に生息する魔物。
この次の中層ですら、上位にあたるのだ。
そこから推測すると、ドランはそれ以上の怪物である。
(まさか……!)
博識のレティアには、ピンとくるものがあった。
目の前の状況と、ドランの特徴を照らし合わせたのだろう。
そこから導かれたのは──衝撃の事実。
(原始種のドラゴン……!?)
この世界では、ドラゴンは古い時代から存在する。
だが、異種配合により血は薄れ、段々と弱体化していた。
その結果生まれたのが、色んな種類のドラゴンだ。
『レッドドラゴン』や、『ソウショクドラゴン』。
ドランが勘違いされていた『ミニドラゴン』なんかもその一種だ。
しかし、その中で一種族のみ。
古代より純血を受け継ぐ種類が存在する。
それが『原子種ドラゴン』である。
ドラゴン種の中で、“最強”の力を誇る種族だ。
(ドランちゃんが、絶滅種の当代……!)
そして、おそらくドランは“幼体”。
力を消費し過ぎないよう、普段は小さな形態を保っているのだろう。
だが、ひとたび本来の力を使えば、よほどの魔物以外には負けない。
「ギャオオ!」
「グアアッ……!」
ドランは圧倒するまま、オーガをダンジョンの壁に叩きつける。
人の力では壊れない強固な壁は、その衝撃で破壊されていた。
オーガはぐったりとして起き上がらない。
「ギャオオ……」
「お、やるのか!」
すると、ドランはコオオと力を溜め始めた。
開いた口先には、赤と緑の魔法陣が浮かび上がっている。
シオスは、後方に声を上げた。
「みんな、衝撃に備えて!」
「「「え?」」」
「すごいのが来るから!」
「「「……!?」」」
レティアを含め、周囲の生徒は行動に移す。
ここまでの戦闘ですら強い衝撃だったのだ。
これ以上“すごいの”が飛んでくるとすれば、素直に従うしかない。
そうして、ドランが力を溜め終える。
「こっちは大丈夫!」
「ギャオ」
ちらりとシオスに視線を向け、確認を取った。
あとは──放つのみ。
「いっけー!」
「ギャオオオオオオオオ!!」
「「「……ッ!!」」」
口の前に溜めた力を、ドランは一気に放出する。
浮かび上がった赤と緑の魔法陣から、大火球が放たれたのだ。
だが、勢いが単なる火球ではない。
火球の周りを螺旋状に風が纏い、威力を強めている。
手で前方を抑えながらも、レティアは驚いていた。
(あれは複合魔法……!?)
赤と緑の魔法陣。
それが示すのは、二種類の魔法が組み合わされているということ。
ドランは、風属性と火属性を同時に操っていたのだ。
(これが原始種……!)
風属性を操ると言われるドラゴン種。
だが、原始種だけは火属性も身に宿す。
その上、上級魔法職の専売特許とも言える、二属性以上の複合魔法すらも本能のみで出来てしまう。
ドランの潜在能力は、まさに“最強”だ。
「グオォ……」
複合魔法は、威力が乗算される。
その強すぎる魔法の前には、オーガは生きていられない。
終始、ドランが圧倒した形だ。
「ギャオオオオオオ……きゅいぃ」
「ドラン!」
ドランの体は、みるみるうちに小さくなっていく。
まだ幼体の為、本来の形態は長く保っていられないようだ。
しゅるしゅるしゅる……と、宙で小さな体に戻ったドラン。
その力を使い果たした様子で、シオスに抱きかかえられる。
「頑張ったな」
「きゅいっ」
これで事件は一件落着──かと思ったのも束の間。
「「「……ッ!?」」」
前方から、ドガアッと音が響く。
ドランの複合魔法により、破壊されたダンジョンの壁。
そこから魔物が姿を見せた。
「キイイイイイイイイイイ!!」
「「「……!!」」」
咆哮を上げたのは、『キョダイメ』。
大きな丸枠の目玉から、左右に羽根が広がっている。
先程見かけた『デカメ』の上位種だ。
「「「そ、そんな……」」」
キョダイメは、オーガと同様に中層~下層の魔物。
近くにいたということは、おそらくオーガと争う内に上層に迷いこんだのだ。
生徒達にとっては、最悪の事態だ。
「「「……っ」」」
頼みの綱だったドランは力は使い果たした。
おまけに周囲の魔物達は解決できていない。
誰もが絶体絶命のピンチだと思っていた。
──ひとりを除いては。
「ドランも頑張ったし、次は僕の番かな」
「……!」
ドランをすっと休ませ、シオスが前に出る。
だが、後方からレティアが声を上げた。
「む、無茶よ!」
「大丈夫。とっておきを見せるから」
「……! その構え……!」
シオスは構えで応える。
生徒の悲鳴が起きる直前、シオスはデカメにある構えを取っていた。
そこで目にしたのが、今と同じ態勢だ。
シオスの構えは──
「さあ来い!」
明らかに野球のバッターだった。