第1話 自由な体
「走れる……僕、走れるんだ!」
気持ち良い風が吹く草原を、僕は一心に駆ける。
ただ走っているだけ。
でも、僕にとっては特別なことだ。
前世の体では、これすら許されなかったのだから。
「自由に体を動かすのが、こんなに楽しいなんて……!」
ゴロンと横になり、少し疲れた体を休ませる。
肌を撫でる柔らかな風が、僕に生きている実感を与えてくれる。
そう、僕は転生してきたんだ。
前世で遊んでいた『アルカディア』というゲーム世界の中に。
こうなったきっかけは、ほんの数十分前にさかのぼる──。
★
「──はっ!」
目を覚まし、自室のベッドで体を起こす。
ズキっとする頭を抑えると、冴えわたる感覚がある。
その瞬間、忘れていたものを思い出すように記憶を取り戻した。
鮮明に蘇ったのは、前世の記憶だ。
「ぼ、僕は……」
前世の最後の記憶は、苦しんでいるところだった。
生まれつき体が弱く、生涯病院のベッドの上。
両親にも色々あったらしく、最後の数年には顔も見せなくなった。
そんな僕の生きる希望は、とあるゲームだった。
お医者さんが買ってくれた『アルカディア』というVRRPGだ。
現実でうまく体を動かせない僕には、夢のような世界だった。
そこで自由に体を動かして、自由に冒険をして、僕はその世界を楽しんでいた。
辛い現実を忘れるように。
「その『アルカディア』に……」
そんな世界に僕は転生したらしい。
正確には、転生していたことを今になって思い出した感じだ。
その証拠に、この世界で生きてきた記憶も受け継いでいる。
「前世の最後と、同じぐらいの年齢だな」
この世界の僕の名は、シオス。
年齢は同じ十二歳。
これまでの記憶を辿るに、何の役割を持たない“モブ”だ。
ただし──
「「大丈夫かあ!?」」
両親は親バカっぽい。
ドタドタっと音がしたと思えば、自室の扉が勢いよく開いた。
そのままこちらに向かってくるのは、この世界の僕の両親。
二人は勢いのままにダイブしてくる。
「「心配したんだぞ!?」」
「あ、あはは……」
僕は昨晩から、高熱を出していたらしい。
記憶が蘇ったのと何か関係があるのかな。
いや、予測でしかないことを考えるのはよそう。
それよりも、今はやることがある。
「そ、そろそろ離れてくれない? 僕はもう大丈夫だから」
「「嫌だ!」」
「もう……」
溜息をつきながらも、僕の心はどこか温まる。
前世の両親からは、こんな愛情を受けることはなかった。
少し目頭が熱くなってしまうな。
だけど、今はやっぱり衝動を抑えられない。
「ちょっと外に出たいんだ」
「どうしたんだ? 我が息子シオスよ」
「ただの散歩だって」
「むう、そういうことなら……」
二人はようやく腕を離してくれる。
その瞬間、僕はタッと駆け出した。
「こら、急ぐと危ないぞー!」
「大丈夫、大丈夫ー!」
一刻も早く、自由になった体を動かしてみたくて──。
★
「……はあ、気持ち良いなあ」
数十分前のことを思い返しながら、僕は草原に寝転がる。
自由に動く体。
縛られない生活。
この世界には、僕の望む全てがある。
でも、一つだけ心残りがあるとすれば──。
「相棒がいないことぐらいか」
前世の僕は、時間さえあれば『アルカディア』の世界に潜っていた。
中でも一番時間を使っていたのは、“相棒のドラゴン”と遊ぶことだった。
『アルカディア』のコンセプトは、自由な世界。
その言葉にふさわしく、完全オープンワールドで、何でもできると言って過言ではなかった。
一応、学園編というメインシナリオは存在するけど、僕は一切手を付けていない。
どうしても現実の学校のことが浮かんでしまったからだ。
ゲーム開始時、僕は学園から真逆に遠ざかるよう進み、相棒を見つけた。
それからというもの、ずっとあの子と過ごしていたんだ。
「まあ、それはさすがに望み過ぎ──って、待てよ!」
ふとシオスの記憶を辿る。
すると、一つ思い当たることがある。
「もしかして……!」
僕はすぐさま起き上がり、とある場所へ向かった。
「これだ!」
家の庭に戻り、とある物を持ち上げる。
両手で抱えるサイズの“大きな卵”だ。
「たしか、僕が生まれた時に空から降ってきたんだっけ」
両親はそう言っていた。
その後、街の至る所で聞き回るも、何も情報は得られなかった。
売ることも考えたそうだが、両親は「これも運命」と言って庭に置いている。
でも、今ならなんとなく予想ができる。
これはもしかすると──。
「……! 卵が割れる!?」
なんて思考を巡らせていると、卵がカタカタっと揺れ動く。
「どうしたの、シオスちゃん!」
「事件か!?」
僕の声を聞いたのか、両親も家から飛び出して来た。
その間にも、卵の揺れは激しくなり、やがて光を帯び始める。
まばゆく光る卵を前に、三人で目を閉じた。
「「「うわああっ!」」」
少しして、ゆっくりと目を開く。
すると、僕の両手に乗っていた。
その見覚えのある魔物が。
「君は、まさか……!」
「きゅい!」
前世で連れていた、“相棒のドラゴン”だ。
「ははっ、そうか! 本当に君なんだね!」
「きゅい~!」
目に優しい黄緑色をした、僕の上半身ぐらいの体長。
小さな羽でパタパタと浮かび、尻尾はぶんぶんと振っている。
変わらぬその可愛い姿に、僕は思わず抱き着く。
「「ド、ドラゴンー!?」」
だけど、後ろの両親はひっくり返る。
小さいとは言えドラゴンだ、そうなる気持ちも分かる。
でも、僕は意を決して向き直った。
「この子、飼っちゃダメかな……?」
「「……ッ!」」
途端に、両親の顔がひきつる。
この世界では、魔物を飼うという文化があまりない。
いくら親バカとはいえ、いきなりは難しいかもしれない。
──なんて考えは、一瞬で消え去った。
「「いいよ!」」
「え、いいの!? 自分で言っておいてだけど……」
両親は迷うことなく了承してくれる。
嬉しいは嬉しいけど、さすがに戸惑ってしまう。
すると、父がそっと僕の頭に手を乗せる。
「確かに多少は驚いた。けど父さんはな、見る目だけはあるつもりなんだ」
「え?」
「その子、シオスに懐いているんじゃないか?」
「……!」
チラリと目を向けると、ドラゴンはすりすりとほっぺを寄せてくる。
「きゅい~っ」
「……っ!」
前世から変わらない姿だ。
もしかして、この子も記憶を引き継いでいるのか?
そんなことは言えるはずもないが、父は僕たちの絆を見抜いているみたいだ。
「友達を連れてきて、断る親がどこにいる?」
「父さん……!」
「だから、この子も今日から家族の一員だ」
「うん!」
やっぱり良い親だ。
この世界では、両親にも恵まれた。
「よーし!」
そうなれば、僕にも決心がつく。
前世では出来なかったことがたくさんある。
だから、この世界では──
「やりたいことを全部やるぞー!」
「きゅい~!」
相棒と共に、この世界を満喫する!
こうして、僕の新しい生活が幕を開けたのだった。
だけど、この時の僕はまだ知らない。
自由に生きているだけなのに、メインシナリオに巻き込まれることになるなんて──。
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