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9/12

9:子ども達

 僕は、街道を逆に辿った。

 結局、女の子の正体もその行方も判らずじまいで終わってしまいそうだった。

「すばらしいまち」と、ごみ溜のようなナラクの町は一本の街道で結ばれてはいたけれど、橋から飛び降りた白い小さな謎につながる手掛かりは、子供の背丈ではどうにも超えられない壁に閉ざされ、途切れてしまっていた。


 道には、二つの顔がある。往く時と。帰る時と。

 ナラクの通りであれば、それはまったく違う顔を見せるものだ。

 片や、空を丸く切り取る鉄の稜線がそこだけにしかない景色を作る大工場。片や、のりで貼りつけた紙を引き剥がして残ったブツブツみたいなガラクタの家のガラクタの屋根。僕らは同じ町に住みながら、まったく別々の景色の中に住んでいた。


 この町はまったく違う。一枚の何も書かれていない紙の様に、裏も表も同じで見分けがつかなかった。クレオンでめちゃめちゃに書きなぐりたい衝動。やっぱりどの家にも窓があいていない。欲しいものを買ってもらえない子どもの不機嫌のままに心をいらだちつのらせた。


 無性に何かを蹴りたかった。でも、地面には空き缶どころか小石一つ落ちていない。ほうきのおじさんたちが毎日掃除をしているからだろうか‥。

 何も載ってない綺麗なお皿を出され、「さあ、食べなさい」と言われてるような気持ち。何もかもがきちんとしてて、何もかもがつまらない。「すばらしいまち」ーー。これが? 。


 道端に落ちてる「何か」は、大人にとっては片付けるべきゴミでも、僕らに子供にとっては、一つ一つが新しい発見だった。

 葉っぱの詰まった古い缶は、逆さに振ると何が出てくるか判らない宝箱といえた。黒くて細長い甲虫と出るか、転がるダンゴムシと出るか、あるいは小さな世界を腐葉土で埋め尽くそうと無邪気に頑張るミミズの時もある。

 ごちゃごちゃとした仕組みの残る機械部品は、地面に置き方一つで汽車にも船にもなった。赤茶色のサビは、くだらない鉄くずを世界で一つしか存在しないスーパーマシンへと変えるテクスチャーだった。

 止めネジが朽ちていれば手でこじ開けられる。中に歯車がびっしりと詰まってたりすれば、それは何か「凄い過去」を持っていた証拠で、みすぼらしい街しか知らない卑屈な少年にわくわくする空想の切っ掛けを与えてくれた。


「すばらしいまち」には、これらの発見がまったく無かった。


 今にしてみれば。

 その時の僕は、「すばらしいまち」を訪れていたつもりでいて、その実「すばらしいまち」の外側に居たのだった。

 母さんの言っていた「すばらしい」とは、あるいは壁の向こうと家の中とにある何かを指して言ったのかもしれない。何にせよ、その時の僕がいくら背伸びをしたところで知り得ない事だった。

 目に見える物、手で触れるもの、歩いていける場所が、子供にとって世界のすべてだった。そうで無いもの、そうさせてくれ無いものに興味はなかったし、「すばらしい」と思えるはずも無かった。


 結局の所、母さんの作ったちぎり絵と現実の街には、その時の僕にとってまったく違いが無かったのだ。眺めて終り。それ以上のことは何も無し。

 この冒険は、ただひたすら退屈なものとなっていた。


 僕は踏み足を強く、タンッタンッと叩きつける様に歩いた。薄いゴム底はレンガの痛さをまったく受け止めなかった。かかとが痛くなったので、おとなしくまた、とぼとぼと歩いた。


 あいかわらず道に人がまったく居ない。それに、道端で遊ぶ子供たちも居ない。ほうきのおじさん、ゴミと一緒に人間までちりとりに掃き入れてるんじゃないかしら‥?。

 さっきチョコレートをくれたおばさんと出会わなければ、完全に無人の街だと思ってしまう所だった。


 道に、おかしな所があるのに気付いた。家と家の間を抜けて行く路地と言うものが無いのだ。街道側から見て家の向こうにも、何かの建物が並んでいるのが見えるから、そちらへ行くための道が無いのは奇妙だった。

 そういえば、何かを売るお店屋さんがまったく見当たら無い。一本の道に、ただ家だけが延々と建ち並んでいる有様だった。どの家にも必ず立派な鉄の門があってーー。

「あれ‥? 、この門には家が建ってないぞ」

 それは、黒いペンキを幾度も重ね塗りして表面がもこもこした鉄の板で作られた門だった。その向こう側に、家の屋根が見えていない。

 門の高さに隠れてしまうほど屋根が低く平たい家なのだろうか? 。あるいはうんと遠くに立っているとか‥。

 門は僕の背丈の三倍もあって、向う側に何があるかまったく判らない。中がどうなってるか気になったが、よじ登ってまで見て見ようとは思わなかった。誰かに見とがめられ憲兵に通報されて捕まりでもしたら、げんこつくらいでは済まなくなる。


 路面を覆うレンガで作られた帯模様は、街道から横へ枝分かれし、門の中へ続いていた。ひょっとすると、門の向こうはどこかへ続く道があるのかもしれない‥。

 そう注意して歩いてみると、そういった門が、一定の距離間隔で置いてあるのだった。


 ふいに前方で、その一つが開いた。二枚の扉が両開き式に引き込まれていく。蝶番がぎちぎちときしむ音。やがて中から、薄い青色の制服に身を包んだ子供達がぞろぞろと現れた。

 向こう側へ向かうのと、こちらへ向かうのとに別れると、きちんと整列して進んで行く。生きてるとも死んでるともしれなかったこの街の見せる、初めての大きな人の営みだった。

 僕と同じくらいの子供も居れば、もっと大きな子供もいた。おそらく、初等学校の子供達なのだろう。


 列の中から、ちらっちらっと視線が刺さった。この街で僕だけが違う身なりなのだから、一目でよそ者と判ったはずだ。

 僕はいじめられはしないか不安になった。思わず辺りを見渡す。助けてくれそうな大人はどこにも居ない。子どもの行列は、だんだんこちらに近づいてくる。

(さっきのおばさんはどこの家に住んでるのだろう‥)

 探そうにも、どの家も同じ外見だからまるで区別がつかなかった。まだ字をきちんと読めない僕は、表札を読んで名前を覚える事など思いもしなかった。


 でも、幸いな事に、子供達は僕に興味が無い様だった。

 誰も声を掛けてこないし、ちょっかいを出す奴もいない。それでも、彼らとすれ違う時にはなるべく離れ、うつむいて目を合わせないようにした。

列の前後でぽつぽつとおしゃべりをしたり、何かの本を見せ合ったりしながら、彼らは彼らの街を彼らの家へと歩いていた。もう視線は感じなかった。

(無視されてるかな‥)

 いじめられる気配は無いのでほっとした。それなのに僕は、しょんぼりした気分になっていた。街の住民の中に囲まれてさえ、相変わらず僕は「すばらしいまち」の外側にいたのだ。


 何故こんな所に来ちゃったんだろう‥。ふと、そう思った。


 子供達はそれぞれの家にたどり着き、さよならやバイバイを列に言い残し、一人、また一人と門の中へ消えていった。

 気がつくと、倉庫街が近くに見えていた。すでに街のはずれまで来ていた。


 子供の列は、10メートルほど先を行く女の子を一人残すだけになっていた。

 短いツバがぐるりと囲む帽子の下から、長い髪が右に左に揺れていた。

 その子は、橋の上の女の子と同じ背丈でーー。

 ‥‥‥。

 自分の家に着いたのか、門に作り付けられた小さな扉を開け、一足またいだ。横髪に隠れ、顔がよく見えない。


 奇妙な感覚が頭をもたげていた。同じ家に住み同じ服を着る子供達。ひょっとして、顔もみんな同じじゃないのかーー?。


 僕はその子を見つめすぎてしまった。視線に気づいた女の子が、さっとこっちを振り向いた。

 まったく違う顔だった。

 僕は慌てて目をそらした。凄く恥ずかしかった。


 きぃと音がして、扉が閉まった。ガチリと何かの金属音。

 街は静かになった。

 僕は駆け出した。一刻も早くこの街を抜け出したかった。



 〜つづく〜

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