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〜第二部〜 12:ガラクタ山のちんくり

 とっておきの話をしてあげようか‥。”ちんくり”はそう言って、にっと笑った。


 今にして思えば、その話を聞かなければ良かったと思う。

 そうすれば、僕はちんくりと喧嘩もしなくて済んだし、もっと”いい形”で、お別れが出来たかもしれないのだ。

 すくなくとも、仲の良い友達のままで‥。



 夕日に照らされ桃色に光る大工場はクジラの腹だった。クジラを取り巻く白い雲は時間の止まった水のアブクだ。ちんくりと僕は、町工場とバラック作りの住宅で埋め尽くされた逆さまの大海原を、秘密基地に寝そべりながら二人っきりで眺めていた。


 このガラクタ山(正しい呼び方はイ-41号廃材物集積所)はこの辺りでは一番高い。僕達の、というより、ちんくりが見つけたこの秘密基地はガラクタ山のかなり高い位置にある。秘密基地と言ってもそれは、ガラクタ山から突き出したパイプの中にブリキ板を敷いただけの狭い洞穴でしかなかった。

 でも、とにかく眺めはすごかった。その日の天気や空の色、雲のあったり無かったりとその形次第で、その風景はサビと誇りにまみれたナラクの町を、海原にも宇宙にも変えてしまった。


 ガラクタ山イ-41号には至る所に子供達の秘密基地があるけれど、たぶんこの秘密基地が一番高いと思う。

 外へ這いでて振り返れば、頂上までの高さは10メートルも無さそうだ。その高さは、子供達が遊ぶのを許される”限界高度”をかなり過ぎていた。


 『ガラクタ山』は文字通りガラクタが積み上がって出来た山だけど、上に行けば上に行くほど危ない場所になる。

 元々ガラクタ山には人が立ち入ってはいけないのだけれど、比較的しっかりしている山の中腹までなら大人達も見て見ぬふりをしてくれていた。その高さまでなら、上に積み上げられたガラクタ自体の重みでどっしりと固着していて崩れる心配があまりなかったのだ。

 しかし、あまり高く登ると転げ落ちて大怪我をする危険があった。というのも、中腹から上に行くほど山の斜面は角度が急になっていたし、高度が増すにつれて積み重なるガラクタが減っていくので、上からの圧力が減っていき、上層部のガラクタは崩れ落ちる危険性が増えるのだった。

 どっちにしろ、そんな危ないところへ登っていく子供はまず、いなかった。


 だから、ちんくりに「誰も知らない秘密基地に連れていってあげる」と言われて付いて行ったときは、山の中腹を超えてもずんずん高く登っていくものだから、僕はだんだん不安になってきた。

 「あぶないよ」「へいき」「ねえ、あぶないよ」「へいき」そんなやりとりを何度も交わしながら、ちんくりの後に必死で付いて登った。


 ガラクタ山で遊ぶ子供達なら誰でも『絶対に下を向いてはいけない』という山のルールを知っている。下を見たら最後、足がすくんで登ることも降りることも出来なくなるからだ。

 実際、時々そういう子が居て大声で泣きわめいてたりする。そんな時は、泣き声を聞きつけた年長の子供が駆けつけて、背中におぶって降ろしてやるのがガラクタ山での慣習となっていた。


 でも、あまり高く登ると年長の子も助けには来ない事になっている。重大なルール違反だからだ。大きなケガをしたり死んだりでもしたら、そのガラクタ山は”本当の”立ち入り禁止になってしまう。それは絶対に許されない事だった。

 そうなれば、近所の子供の聖域とも言える大切な遊び場を無くすことになるし、その原因を作った子供は二度と仲間には入れてもらえない。そして大人になるまで徹底的にいじめられる。


 僕はそんな目に逢うのは絶対に嫌だった。だから大声でちんくりに「あまり高く行っちゃいけないんだよ」って注意した。ちんくりもそれには何も言い返さなかった。それは本当の事だったから。だからちんくりは黙って登った。


 汚く茶色いシミの浮いたポリタンクが埋まっていて、それに足を掛けた。でもそれは埋まっているのではなく、殻の一部が地面に載っていただけだった。ポリタンクは僕の重みでずるずるとすべり落ちていく。重心をかけて踏んだ足は後ろへ引かれ、円運動を描いて何も無い空中を蹴りあげた。バランスを失った僕は両腕をぐるぐる回して踏ん張ったけど、だんだん後ろへ倒れていくのが判った。

 「落ちるっ!」

 とっさにある物が目に入った。そのサビで岩のように膨らんだ針金の塊へ両手でしがみつく。幸いそれはしっかりと地面に埋まっていた。


 ポーン‥‥ポーン‥‥ポコン‥ポコン‥って音が下から聞こえて遠くなっていった。やがて聞こえなくなると、ガラクタ山で二つに引き裂かれた上空の大風がびゅおう、びゅおうと耳元で鳴った。

 さっきのポリタンクがどこまで落ちていったのか気になったけど、下を見るなという”山のルール”がやっとの事で僕を抑えた。


 見上げるとちんくりが振り返って僕を睨んでいた。「何か落とさないでよ、ばか。他の子にバレるじゃん」と言われた。

 「だって、足を乗せたら落ちちゃったんだ。しょうがないじゃないか」

 「あたしが足を乗せた所へ足を乗せれば? 」

 「‥君のとおんなじ所に? 」

 「そう」

 それだけ言うと、ちんくりはまた登り始めた。僕は今更一人で降りる勇気もなく、しぶしぶ後を追った。


 言われたとおりちんくりの、何度も革で切り貼りして修繕したゴツゴツのまるで女の子らしくない靴底が踏んだのと同じ場所へ(それは大抵、地面に深く刺さっていそうな鉄のパイプとか骨組みだった)必死に足を伸ばした。実際そこはしっかりしていてちっともぐらつかなかった。僕は改めて、ちんくりは凄い子だなって思った。


 ちんくりの、靴と同じくらいまっくろなふくらはぎは、何かを踏み超える度にきゅっと引き締まり、棒のような身体を苦も無く上に上にと運んでいった。

 ガラクタ山で男の子と一緒に遊ぶ女の子達が皆そうであるように、ちんくりも短パンにTシャツという男の子の様な格好だった。だいたい、いつも強い風が吹くガラクタ山をスカートなんかで登ろうって女の子がいたら、みんなその子の後ろへ回って眺めて、指をさしながらいい笑いものにするはめになるのだ。(理由は詳しく言う必要もないだろう)


 ガラクタ山で遊ぶ子供は皆身体が真っ黒になるけど、ちんくりは誰よりも真っ黒だった。

 身体を曲げたり伸ばしたりする度にシャツと短パンの裾から見え隠れする肌の白さにぎょっとした。あんな白い肌の女の子は、ガラクタ山等へ行かないスカートの女の子たちの中にも見かけなかった。僕は、その白い肌にどこか見覚えがあった。

 それは、そう、小さい頃に出かけて行った『うつくしい街』の子供達の透き通るような肌の色を、どこか思い出させた。


 ごり‥と、嫌な音がした。足元をみると、コンクリートから突き出た黒太い針金に、むこうずねから引っ掻き取った僕の皮膚がくちゃくちゃっとちじまってくっ付いていた。むこうずねに太く浅く掘られた傷から血がじわーっとにじみ出てきた。じりじりっと痛み。ちりちりっとした熱さ。

 「‥いひっ!! 、い、いたいいたいいたいっっ! 」

 「ああそこ、針が出てるから気をつければ? 」

 「もっと早く言ってよっ!! 」


 ちんくりは振り返ると、今にも泣きだしそうに顔をゆがめた僕の顔を見て、ケラケラと笑った。

 「おーっきな赤子がこーぉろんだぁ、けーぇがしたぁ、ちーぃでるぞぉ、なきだすぞぉ、なきだすぞーぉ。あははは! 」

 「泣くもんか! 」

 「いたいくせにぃ。我慢せずに泣いちゃえば? ははは! 」

 「泣かないってば! 」

  ちんくりはなかなか笑うのをやめてくれなかった。


 ガラクタ山で膝小僧をすりむくなんてのは日常茶飯事だった。その度にいちいち泣いてたら馬鹿にされるし、手足をすりむくのを怖がって長シャツ長ズボンを履いて来ようものなら、仲間から徹底的に軽蔑された。


 ガラクタ山でケガをせずに一日を終えるには、結局のところ技術と経験の問題だった。間抜けでノロマな奴はギザギザの鉄板に平気で手を置いたり無茶な高さから飛び降りて怪我ばかりするから、早々にガラクタ山への出入を親に禁じられる。つまり、ガラクタ山で”生き残れるかどうか”は男のメンツに関わる問題だったのだ。


 まして、ちんくりは女の子だった。その黒光りする足にはきっと古傷がたくさんあるだろうけど、少なくともここ半年の付き合いしか無い僕は、ちんくりがケガをしてる所を一度も見た事が無かった。


 実際、ちんくりは凄い子だった。

 登る時に手足を掛けるにしても、どこがヤバくてどこがマズイかの見極めが早かった。

 『宝探し』遊びの時も、ちんくりは誰よりも珍しい形の機械部品を見つけてきて皆をびっくりさせた。

 頭の回転が早くて物覚えがよくて運動神経もいい。くやしいけど、ちんくりはいつだって僕の数段上を行っていた。


 そのくせあまり威張ることをしないのは、学年の割に身体が小さいからかもしれないけど、たぶん、ちょっと変わり者だったからだろう。


 仲間と一緒に遊んでいても、ふっと勝手に居なくなって一人で洞窟を探検してたりする。遊びのルールをわざと破って皆をからかったりする所もあった。それで時々いさかいになるけれど、ちんくりは味方に付けておくと”強い戦力”だったから、あまり大事にはならなかった。


 実際、二つのチームに別れて戦う『鉄合戦』や『砦攻め』の時は、ちんくりがいるかどうかが戦況を左右するほどだったのだ。彼女のカンと読みは鋭くて、どんなに堅牢に見える大きな砦も、かならずどこかに弱点を見つけて、早々に崩してしまうのだ。

 女の子に対してなんだけど、言ってみればガラクタ山 イ-41号の”無敵のヒーロー”だった。


 でも、ちやほやされると露骨に嫌な顔をするし、チームに入るのも抜けるのも彼女の気分次第。そしてどちらかと言えば、ひとりでいる事が多かった。遊び仲間としてはいまいち付き合いにくい相手だったからだ。


 そんなマイペースに生きるちんくりに、なんだって平凡な僕が気に入られたのか、今だによく判らない。

 気が付くと僕たちは二人っきりで遊んで居るって事がたびたびあって、それはだんだん増えていった。


 もともと男の子みたいな子だったから、変にからかう奴もいなかったし、僕もちんくりの事は気に入っていたので(というより、断る理由がないので)、ちんくりと一緒にいる事に抵抗は無かった。

 

 そんなちんくりの後を追って、今僕は必死で斜面を登っていた。足もくたびれたし、手のひらも擦り切れて血が滲み、ひりひりしていた。だんだん、嫌になってきた。

 ‥まだ、着かないのかなぁ? 。


 ふっと横を見た。

 すると、子供達からは『おっぱい屋根』と呼ばれている、大工場のお椀を伏せたような丸みの頂上が見えていた。

 てっぺんにちょこんと突き出た『ちくび』が見える。ちくびの”屋根”を見るのはその時が初めてで、それは放射状の線が見える傘状の赤い屋根で、中央に避雷針が立っていてーー。

 その時僕は、”それ”が見える事の意味に気づき、とたんに恐ろしくなった。つまり、もう地上からかれこれ50メートル以上は登った事になるのだ‥。

 冗談じゃない。


 「ちんくりーっ!。もう無理だよ。これ以上登ったら死んじゃう」

 「落っこちなきゃ死なないよ。気にしない気にしない」

 と、のんびりしたちんくりの返事。それには変に勇気づけられて、そしてーー。

 ......。

 ーーなぜだか判らないけど、ちんくりの一言が妙に、心のどこか奥へチクリと刺さった。


 「着いたよ」「‥え? 」

 

 顔を上げると、夕日をバックにして、大きな鳥が翼を広げていた。


  〜つづく〜

 ___ ___ ___ ___


 大変長らくお待たせいたしました。

 ごく一部に(苦笑)ご好評頂いた『カナリアの妹」、連載を再開させて頂きます。


 一生懸命書きます。ご期待くださると嬉しいです。

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