2.返品は全力でお断りします。
「ど、どうしたサリー」
ロバートが心配そうに声をかける。
「す、すみません。急に気分が悪くなって…」
「大丈夫か?具合が悪いなら、医務室に…」
そう言ってロバートがサリーを支えて立たせると、その顔を見て仰天した。
「な、なんだお前は!サリーはどこに行った!!」
慌ててサリーの姿を探すが、どこにもいるわけがない。
「ロバート様?何を言っているの?ずっと一緒にいたじゃない、私がサリーよ」
そう言って顔を上げると、しわくちゃの老婆に変わり果てたサリーの姿があった。
顔は見る影もないが、声とドレスはサリーの物で、ようやくロバートも老婆がサリーだと、理解したようだ。
「ど、ど、どういう事だ、サリー!?その姿はどうしたんだ」
「え、どうしたのロバート様。姿がどうしたの?」
首をかしげるサリーに、ロバートが無言で広間に飾られている鏡を指さす。
「え?鏡が何…きゃあああああああああ!!!!」
サリーも自分の変わり果てた姿に気づくと、悲鳴を上げた。
「何これ、嘘!?何でこんなになっちゃってるの?」
「『聖女の指輪』をはめて、聖女になったからよ」
私の言葉に、2人揃ってこちらを振り向く。
「ど、どういう事だ。何で聖女になると…」
「そうか,わかったわ。お姉様の仕業ね。『聖女の指輪』に、呪いをかけたんでしょう!」
見当違いの逆恨みをしてくるサリーに、ため息をつく。
「そんな訳ないでしょう。貴方達が『聖女の指輪』を要求してくるなんて知らなかったのに、指輪に呪いなんかかけても、自分に降りかかるだけよ」
「た、確かに…」
「でも他に心当たりは…」
ここまで言ってもまだわからない2人に、懇切丁寧に説明する。
「聖女は国中に結界を張る事で国を守っているけど、その力の源はどこから来ていると思っているの?指輪をはめるだけで聖女になれるのに、何で高位貴族の令嬢じゃなく、我が家みたいな最下級の男爵家の娘が聖女になってるの?」
「「そういえば…」」
「聖女の力の源は『若さと生命力』よ、だからその指輪をはめた事で若さと生命力を吸い取られて、そんな姿になったのよ」
「「そ、そんな…」」
「その証拠に、ホラ」
私は着ていたローブを脱いで、素顔を見せる。
「お、お前その顔は…」
「お、お姉様なの?」
戸惑う2人にニッコリと笑って見せる。
「サリー。貴方が聖女の役目を代わってくれたお蔭で、元の姿に戻る事ができたわ。どうもありがとう、お役目頑張ってね」
立ち去ろうとすると、サリーが引き留めてきた。
「待ってお姉様、指輪返すわ。聖女の地位なんていらないから!」
サリーが指輪を抜いて返そうとするが、私は拒否した。
「お断りよ。一度聖女の地位を譲った人間は二度と聖女になる事はできないし、代わりの人間が見つからない限り、放棄する事もできないわ」
「そ、そんな…誰か」
サリーが周囲を見回すが、令嬢達が一斉に目を逸らす。
さっきから国王はじめ他の貴族達が周りにいたのだが、何も言わず傍観してたのは、うっかり口を出して聖女の役割を押し付けられないためだ。
「おい、そこのお前。サリーの代わりに聖女になれ」
ロバートが適当な令嬢を捕まえて、押し付けようとするが…。
「本人が同意しないと、無理ですよ。自分達に悪感情を持つ人間が聖女の権力で復讐しないように、作られてますから」
「な、何ぃ!?」
「それじゃ、どうしようもないじゃない!」
ロバートとサリーが絶望の悲鳴を上げる。
「でも1つだけ良い方法がありますよ?」
頭を抱える2人に、ある提案をする。
「な、何だ?」
「どうすればいいの?」
2人が必死で聞いてくる。
「その指輪は殿方でもはめられるんです。その場合は「聖女」ではなく、「聖者」もしくは「聖人」になりますが。ですからロバート王子が、身代わりになればいいんです。真実の愛の相手なんですから、簡単でしょう?」
その言葉にサリーは目を輝かせ、反対にロバートは蒼白になった。
「ロバート様、お願い!私の為に聖者になって!」
「い、嫌だ!!」
真っ青な顔でロバートが拒否すると、サリーがみるみる涙目になった。
「酷いわロバート様。私の事を愛してるって…真実の愛だって言ったのに」
両手で顔を覆って泣いてるように見えるが、隠し損ねた口がチッと小さく舌打ちをしていた。
「あらあら。あれだけ堂々と運命の相手だの、真実の愛だのと宣言しておきながら…王太子が公の場で宣言した事を違えるなんて…」
いかにも嘆かわしいというように、ふうとため息をついてみせると、分かりやすく動揺した。
「べ、別に違えてはいないぞ、ううう…」
ロバートが口で否定しながら、助けを求めるように左右を見回すと王妃と目が合った。
王妃が慌てて扇で顔を隠すが、すでに遅かった。
「母上!日頃から僕を『私の愛しい息子』と、可愛がって下さったでしょう?愛する息子の為に(老)聖女になって下さい!!」
「い、嫌よ!大体何よ(老)聖女って!!!!」
「い、いやだって、母上では年齢が……」
目を逸らしながらロバートがごにょごにょと呟くが、そういうセリフほど相手の耳に入るものである。
「失礼ね、私はまだ現役よ!!」
「じゃあ、なってくれるんですね!?」
「それとこれとは話が別よ!」
そんなやり取りに焦れたのか、バカ妹が余計な口をはさむ。
「いいじゃないですか、なって下さいよ~。どうせもう下り坂なんだし、いいでしょう?『(老)聖女』が嫌なら『聖なるおばさん』って事で」
「な”!」
あまりの事に、王妃も二の句が継げなくなる。それをいい事に妹がさらに畳みかける。
「ホラホラ、どうせもう老い先短いんだからぁ~。前途ある若者の為、頑張って下さいよぉ~。『聖なるおばさん』って、ちょっとエラそうだし、年相応でピッタリですよぉ~。お・ば・さ・んwwww」
クスクスと笑いながら、妹が言う。
説得してるのか、挑発してるのかわからないが、後者の効果はてきめんだった。
「ふざけるんじゃないわよ、諸悪の根源が!アンタがなりなさい!!!!」
茹でダコのように真っ赤になった王妃が、扇を放り出して妹につかみかかる。そのまま傍にいた王子も巻きこんで、取っ組み合いが始まった。
そのせいで指輪が、飛んできた。
「わわわっ、聖女の指輪が!…ハッ、しまった!!」
「「「「「「うわああああああああああ!!!!」」」」」」
飛んできた指輪を、とっさに国王が受け止めてしまった。
同時に、それまで傍観していた貴族達が一斉に逃げ出した。
次は自分達に飛び火するとわかったのだ。
「あ、コラお前達逃げるな!」
国王が慌てて止めようとするが、パニックになった貴族達の耳には入らない。
混乱する広間の中を、走り抜ける。
誰も私に注目する者はいない。そのまま母や使用人達と合流する。
「お母様、メアリー!」
「マリー!無事だったのね、良かった」
「急ぎましょう、準備は整ってます」
メアリーの案内の元、母と2人馬車まで急ぐ。
馬車の所では、執事のジョンが私達を待っていた。
「お嬢様、奥様。荷物はすべて乗せてあります、お急ぎ下さい」
「「ありがとう!」」
急いで馬車に乗ると、ジョンが御者台に乗り馬車が走り出した。
「ふぅ、結局マリーの言ったとおりだったわね」
「だから言ったでしょう?あの2人は必ずやらかすって」
「あそこまでバカとは思いませんでしたが…これも自業自得ですね」
「全くだな、ワシの娘とは思えんバカっぷりだった…あんなバカと縁が切れて良かった良かった」
「「「…………」」」
いつの間にか馬車に乗りこんでいた父を、全員でじっと見る。
「…いつから乗りこんでたの、お父様…」
私の質問に、照れ臭そうに笑う父。
「いやぁ~広間が大騒ぎになって、困ってたらお前達が走ってくのを見えて、ついてきたんだよ」
「「「…………」」」
「父さんがついてきてよかったな。そうでなかったら、お前達だけじゃ何もできなかっただろう。これからは家族3人力を合わせて頑張ろうな」
その言葉に私と母は拳を構える。
「「「アンタは乗る資格なし!!!!!!」」」
「ぶべらぁっ!!!!」
私と母の左右ストレートが父の両頬に炸裂し、同時にメアリーが馬車のドアを開けた。
倒れた父が、そのまま外に放り出された。
すぐさまメアリーがドアを閉める。
「全くどの面下げて、馬車に乗れたんだか」
「そうですよ。マリー様が聖女になったのも、報奨金につられた旦那様が幼いマリー様を騙して、聖女の指輪をはめさせたからじゃないですか!」
「おまけに報奨金も全部自分とサリーで使って、マリーにはこれっぽっちも使わなかったくせに、図々しい!」
女3人寄れば姦しいとは、よく言ったもの。
それからひたすら元凶3人の悪口で盛り上がり、そのまま何事もなかったかのように、馬車は隣国までノンストップで走り続けた。
(えぇ途中で『おーい待ってくれぇ』とか、『お前達だけじゃ何もできないだろう』とか、『誰のおかげで聖女になれたと思ってるんだ』とか言うセリフは、全く全然これっぽっちも聞こえなかったわ)
~半年後~
「そういえばマリー知ってる?あの国滅んじゃったらしいわよ」
「え?」
穏やかな午後、母とノンビリお茶を楽しんでいると、おもむろに母が切り出した。
「噂によると結局押し付けあった挙句、時間切れで結界が消えて魔物に襲われたらしいわ」
「そうですか」
それだけ言って、お茶を一口飲む。
「まぁ自業自得ですね。他の国は結界に頼らなくてもちゃんと自衛手段を講じているのに、あの国だけ結界頼みで何もしてこなかったんですから、当然の結末です」
「まぁそうね」
言って母もお茶を飲む。
「でもそうですね…こういう時の締めくくりはやっぱり…」
「ん?」
首をかしげる母に、ニッコリと笑う。
「『ざまぁみろ』で」