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第三話 まひるの場合、梅雨の頃—②

 「まひるちゃんは、こういう日、いっつも何してたの?」


 雨の音を聴きながら、二人で窓際に座ってぽつぽつと話をする中で、あさひは何気なくそんな話題を振ってきた。


 私はうーんと思わず唸る。


 大学に入る前は一応、打ち込む趣味があって、かけれる時間はほぼ全部それに費やしてたけど。大学に入って、独り暮らしを始めてからは、そんなこともなくなって久しい。


 バイトをしてる時間も増えたし、レポートだ家事だなんだと言っていれば、意外と使える時間はそう多くない。


 だからこれと言って、何かをしてたと言えるものはないんだよねえ。


 「うーん……今丁度それで困ってたとこかな、バイトばっかで暇な時間あんまりなかったし」


 やることがなーいと嘯きながら笑うと、あさひはちょっと複雑そうな顔をした。なんだろう、戸惑っているような、何か躊躇っているような。


 「そっか、そうだよね。まひるちゃんバイト忙しいもんね……」


 「ま、別に欲しい物もないんだけどね。親との約束で、家賃分だけは働いてるけど、あとの使い道は自由だし。まあでも、やることないから、貯めてるだけって感じかな」


 「………………」


 私がそうやってお気楽に言ってみるけど、あさひは相変わらずちょっと複雑そうな顔している。あらあら、なんかあんまりよろしくなかったかな。ちょっと自虐的に見えたかもしれない。


 「そーいうあさひは、いっつも何してんの?」


 気分を変えるために、軽く話題を振ってみる。するとあさひはちょっと面食らったような顔をして、少しばかり目を泳がせた。


 「な、なんだろ、お、音楽鑑賞とか……?」


 うん、まあ、よくある趣味だ。そして、よくある趣味の割にはしどろもどろだ。さては実はゆうと同じ穴の狢かな。そういえば、よく二人で内緒話をこそこそしてる。


 「いいじゃん、何聴くの? 私ちょっとは知ってるよ」


 そうやって、私が問うと、眼に見えてあさひは動揺しだした。ほーん、さては大分際どいの聞いてるな? あんまり深掘りすると可哀そうかも。


 「ちょ、ちょっとマイナーなやつだから、め、メジャーデビューとかもしてないし……」


 「あー、インディー系かあ、てなると知ってる確率低いかも。ああいうのは、話題合わせんの難しいよね」


 「そ、そうカラオケとか入ってないから、音源自分で流して、歌ったり」


 「あはは、気合はいってんね。でもマイナー曲あるあるかも」


 「で、でしょ。へへへ……」


 「あはは」


 そうやって軽く話題を振ってるだけなんだけど、あさひは眼に見えて動揺して、落ち着かなくなっている。うんうん、どうもこれ以上は追及しないほうがよさそうだね。


 インディーも知らないわけじゃないから、なんとなくわかるけど、普通に放送禁止用語とか大声で歌ってるような奴もあるし。意外とあさひみたいな真面目な子ほど、どぎついメタルとか聞いたりするもんだ。だから、まあたまり触れぬが華でしょう。


 そう想って、視線を雨の外に戻すと、視界の端であさひが照れを誤魔化すように頬をかきながら口を開いた。


 「ま、まひるちゃんは何聴くの?」


 そんな問いに、私はうーんと言葉を濁す。聞いといてなんだけど、音楽の話題って共有が難しい。有名な曲でも知らない人は意外といるし。アルバムの隅っこの曲とかに自分に刺さる曲はあるんだけど、基本人は知らないアーティストのことは代表曲のサビくらいしか興味がないものだ。


 「『----』」


 適当に一つ曲名を言ってみた。マイナー気味だけど、知ってる人は知ってるような奴。


 でもま、多分知らないか、とあまり期待せずに待っていたら、隣にいたあさひの眼が不意にきらきら輝きだした。


 「あ、し、知ってるよそれ、私も好き!」


 …………おや、これはちょっと予想外。珍しいこともあるもんだねと、軽く笑う。あさひもどことなく興奮したように頬を染めている。まあ、音楽の趣味あうの珍しいもんねえ。


 「えーじゃあ、あと『   』と『・・・』」


 「前のは知ってる、私も好き! でも、後のは知らないかも……」


 「いい曲だよ。こうグーって歌詞に呑まれるみたいな感じがして」


 ちょっと趣味の合い方が珍しくて、思わず笑ってしまう。おかげでなんだか少し楽しくなって、そのまま好きな曲をひたすらに並べてく。


 頭に花が咲いてる蛙の曲とか。夜の底へ行く列車に乗る曲とか。


 さくらんぼの曲とか。悲しみが友のように語り掛けてくる曲とか。


 マイクを持って向かえにいく曲とか。九月の曲は女性ボーカルのやつが好きとか。


 そんな、がっつりマイナーな奴とか昔のやつも含んでいたけれど、不思議なことに半分くらいはあさひも知っているらしい曲だった。あらら、まじでこんなことあるんだねえ。


 なんだか面白くてけらけら笑っているけど、どうしてかあさひはどうにも恥ずかしそうにしながら、顔を赤らめていた。


 「すごいね、結構マイナーなんだけど、詳しいじゃん」


 「へ、へへへ、ちょっと色々聞く機会あったから」


 「ふーん、じゃあ、さっき言った他のも、あさひ気にいるかも。結構いい曲だからさ、今度聞いたら感想でも聞かせてよ」


 「う、うん。もうダウンロードしたし!」


 そう言って、あさひはむふーと鼻息をならしながら、スマホをちゃんと見せてくれる。言葉通り、さっきの会話のうちにもう曲をダウンロードしてたらしい。行動力あるなあって思わず笑ってしまう。


 あさひはいつも一生懸命だ。正直、大学生までになって、ここまで素直で一生懸命な人、そうそう見ない。純粋で、感情豊かで、優しくて。人のために涙を流せる。


 よぞらが半分ボディガードみたいな立ち回りしてる気持ちもわかる。こんなの守りたくなってしまう。


 それくらいに真っすぐで、だからこそ見ていると自分の中の淀んで暗い部分が、ふと浮き彫りにされてしまうような気もする。


 こうやって、素直に話してくれる君の隣で、私はどうしようもない想いと、後ろ暗い過去を抱えたままここにいる。


 それが少し情けなくもあり。


 でもまあ、あさひの隣だしいっかという気持ちにもなってしまう。不思議なことに。


 「ね、ね、まひるちゃん、折角だしちょっとカラオケしない? さっきの曲で」


 あさひはそう言って、ちらちらとスマホ越しにこっちを見てくる。うーん、本能でお願いする時の姿勢を理解している。多少あざといけれど、それでも許してしまうあたり私も大分やられてる。


 「いいけど、今からお出かけ?」


 「あ、そうじゃなくて、ここでこっそり。ご近所迷惑かもだから、小声で……だめかな?」


 そう言ったあさひに、笑いながら首を横に振る。


 「ううん、いいんじゃない、どれから歌う?」


 「じゃあ―――」


 それからは少しだけ、雨音をベース音源にコンサート。


 二人で知ってる曲を、ちょっと小声で雨音の中に隠れるように、秘密の隠れ家の中からそっと歌うように。


 スマホから小さな音源を流しながら、歌い出す。


 そうやっていると、少しだけ懐かしくなっていた。


 そういえば、そう、高校の頃はこういうことばかりしていたっけ。


 家にまともな防音もないから、小声でヘッドホンを付けながら囁き声で歌ってた。


 そんな時間すら、今じゃあ遠い昔のこと。


 少し前までは、想い出すだけで辛かったけど。


 あさひと一緒に唄っていると、少しだけそんな辛さも忘れられた。


 二人揃って、声を重ねている間だけは。


 まるでそこだけで世界が出来上がっているかのような。


 今この場所だけが、私たちにとっての世界のような。


 そんな不思議な感覚に満たされる。



 そうだ、歌え。歌え。



 小さな憂いも、小さな迷いも、後ろめたさも。



 歌の声に、雨音の伴奏に、風の囁きに溶けていけ。



 声と一緒に、想いを、淀みを、迷いを飛ばしてしまえ。



 そのまま想いも何もかも、どこまでも飛んで行けば。


 

 心が一瞬ふっと、重さを失くして軽くなる。



 そんな時間が好きだった。



 そんなことを―――今更ながら想い出す。



 もう誰かの前で歌うことはないのかもしれないけれど。



 この時間だけはどうも好きなままみたい。



 『愛してる』の響きだけで強くなれるなんて。



 歌の中の話だけかもしれないけれど。



 それでもいいやと歌ってた。



 たとえ嘘と秘密ばかり抱えた、私のようなやつでもさ。



 きっと、この瞬間だけは、綺麗な何かを紡いでいられる気がしたから。



 そう歌い終えて、んーと一つ伸びをする。


 うん、なんかちょっと雨で憂鬱だった気分がすっきりしたかも。


 ていうか、のめりこみ過ぎたかな? 途中であさひの声が聞こえなくなっていたような気もするし。


 独りで気持ちよく歌っちゃってたら、申し訳ないなあって思ってちらりとあさひの方を見た。







 ――――()()()()








 …………何故? why?


 しかもなんか嫌なことあって泣いてるっていう感じでもない、そういう時は普通もっと表情が人は動くものだと思うんだけど。


 今のあさひは微動だにもせず、じっと私のことを見つめたまま、揺るぎない表情で目からだ滂沱の涙を流していた。


 …………まじでなんでだ。


 しばらく困惑のまま停止していると、あさひはすっと私にスマホの画面を見せてきた。………………録音になってる? なんで?


 理解の追いつかないまま、唖然としていたら、あさひはそのまますっとスマホを手元に戻してた。それからさらに無言を続行したまま、ぽちぽちと何か入力していく。


 …………そして、程なくして、ぽひょって間抜けな音が私のポケットから鳴っていた。



 『完敗です、まひるちゃんの二勝目です』



 「………………なんで?」




 そう問うてみるけれど、あさひはなんでか無言で拝むように手を合わせるとそのまま祈るように目を閉じてしまった。眼からだけ涙はいぜん滝のように零しながら。


 六月の雨の頃のことだった。


 静かに響く雨音の中で、ただ茫然と事態に取り残される私と、菩薩のように泣きながら祈るあさひだけがそこにはあった。



 説明が……! 説明が足りないっ……!!!







 あさひ『ちょっと昇天しかけました』


 まひる『どうして……?』


 よぞら『なんで勝者側が事態把握できてないのよ』


 ゆう 『言わぬが華、触れぬが仏、過剰供給は嬉しいけれど心の器が耐えられないから命の危機、だよ』


 まひる・よぞら 『『…………?』』





  ※





 本日のリザルト

 まひるの勝ち……?!(二勝目……なんで?)

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