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女子大生が同棲しながら愛してるゲームしてるだけ  作者: キノハタ
第三部 あさひの場合

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第三十二話 あさひの場合、―――――

 「そういえば、よぞら、長らく気になっていたことを聞いてもいいかい?」


 「…………なに?」


 「あさひの両親……君はさっき『あのお父さんお母さん』と、わざわざ区切ったけど、実際どんな人なんだい?」


 「……………………」


 「聞く限り、あさひは大分、苦手としているようだけど。そんなに悪い人たちなのかい?」


 「悪くはないよ…………『いい人』たち、そこがまた厄介なんだけど」


 「…………ほう?」


「下手に悪意であさひのこと縛ってんなら、突っぱねて終わりなんだけど。恐ろしいことにあの人たち善意100%なの。良かれと思って、あさひのためにありとあらゆるものを押し付けてくる」


 「………………」


 「善意100%だから、何も躊躇いがない。しかもお金をかけてるって自負あるもんだから、当のあさひの意思は平気で無視するっていうか、無言の圧力で同意させてる。しかも、そこであさひの意思を踏み潰してるのには無自覚なのが余計に質が悪いんだよね。高校の頃、あの子の髪型から、着る服、化粧に生理用品まで親が決めてたのよ? 信じられる? そっちの方がいいからって理由で」


 「それは…………厄介だね」


 「そうなんだよね……。この前、ちょっと嫌な話聞いたから、今は余計に心配」


 「嫌な話……?」


 「そー、たまにあさひのことで、連絡くるんだけど…………また見合いさせるとか言ってた。一応、やめとけって釘は差したけど、あの人らあんま人の話聞かないから……」


 「………………それは……厄介どころの話じゃないね」


 「そう……あさひ、うまくやるといいけど―――」





 ※





 「もーう、意外と遠いわね、結構汗かいちゃった。あ、そうそう、今日文化祭なんでしょ? 私ついでに見て回ってきたの、大学の文化祭とか懐かしいわー」


 「え、あの、おかあさ……」


 「やだやだここがシェアルーム? 意外と普通? あ、ていうか、お土産持ってきたのほら、地元の名店のシュークリーム。あんた、好きだったでしょ? ていうかルームシェアの子は? 先出ちゃった? あちゃー、挨拶したかったのになー。だって、やっぱりいい友人か、お母さん見極めなくちゃと想ってさ。あ、バンドマンとかオタクの子はだめよー、ああいうアングラなのは仲良くしても社会出た後、役に立たないんだから」


 「………………」


 「それから後で学校案内してね? だって、あんた暇でしょう? サークルも入ってないって言ってたしね? いいわー、悠々自適。私も独り暮らしの頃が懐かしい……って、独り暮らしじゃないんだっけ。ま、共同生活の経験もいいわね、ほんとはよぞらちゃんにお願いしたかったけど。そうだ、私が言ってた資格勉強してる? とっといて損ないわよ? 国家資格だから安定してるしね、大丈夫大丈夫、私の娘なんだから、私が取れた奴くらい取れるって」


 「………………えと、今日、なんで」


 「なんでってあんた、そりゃあ、逃がさないために決まってるじゃん。ふふふ、文化祭って、サークル入ってる人は忙しいけど、あんたみたいな子は暇でしょ? 今日なら絶対捕まえられるって想ってさ。ほら、夏の頃言ってたお見合い、覚えてる? ま、お母さんも鬼じゃないので、何人か候補は見繕ってきたし、最初は会うだけでいいからさ……っていうか、大荷物で歩いてきたから、あっつい、お茶出して、お茶」


 「…………………………はい」


 怒涛のように押し寄せる言葉たち。


 快活で、奔放で、善意的で、だらこそ私の言葉を聞かない母親。


 そして、何より、それに何一つも言い返すことの出来ない自分。


 そっと眼を少しだけ伏せる。それで何も伝わりはしないけど、ただあまり母の顔を見たくなかった。


 母は私の肩に遠慮なく触れると、ずけずけと私の、私たちの部屋へと躊躇いもなく入っていく。


 私とまひるちゃん、それとゆうちゃんとよぞらちゃんが偶に遊びに来るだけだった、そんな私にとって聖域のような場所に、まるでさも当たり前かのように。


 「もー、どうしたの? ぼーっとしてないで、お茶出してよ、お茶。久しぶりのお母さんに、懐かしくなっちゃった?」


 机に座って、家の主人かのようにくつろぐ母親を見ながら、胸の内では黒く淀んだものがごぼりごぼりと零れだしていく。


 ああ、もし許されるのなら、今すぐこのまま、その首根っこを引っ張って追い出してしまいたい。


 それにそこ、まひるちゃんの席なんだから、勝手に座らないでよ。


 そう口に出してしまいたいのに、喉は少しだって震えない。竦んだように固まって、ただ身体は言われるがままにお茶を淹れようとする。


 あ……お腹、痛いな。息も少しし辛くて。


 …………ずっと、ずっと、実家にいるときに、止むことのなかった感覚。


 小学校の頃から、大学でまひるちゃんと一緒に住み始めるまで、この痛みはずっと私の身体の中にあった。それが、半年ぶりに、嘘みたいに簡単に蘇る。


 「お、ありがとう。でねでね、お母さんのおすすめはねー、この人。結構いいとこのお医者さんの息子でね、顔もイケメンじゃない? 優しい感じの人だからさ、あさひにも合うかなーって。お父さんはね、逆にイケイケの引っ張ってってくれそうな人がいいと想うんだって。どれだったかなー、そうそうこの人。ベンチャー企業の社長の息子さんだって、私も一回あったけど、壁ドンとかしてきそうな感じ、トレーニングとかもしてるみたいで、身体おっきくてさ、なるほどこういうのが、義息子になるのもありかってちょっとわくわくしちゃったなあ。あ、でも他にもいい人いっぱいいてね」


 母の言葉が私の思考の外を上滑りしていく。


 何を言っているのか聞き取れるはずだけど、そこに私が抱くはずの感情だけが欠落しているような。


 「お母さんね、やっぱ結婚するなら早い方がいいと想うのよ。ほら、あんたは結構遅めに生まれたからさ、私達、育児の時は身体がついて行かなくってさー。やっぱ人間、若い頃に子どもを産むように創られてるからさ。あさひは正直、あんまり社会で生きるのが上手くいかないタイプだし、卒業と同時に家庭に入るのもアリかなーって考えてるの。ってなると、やっぱお付き合いは早い方がいいでしょ? 何も無理に決めようってんじゃないよ? とりあえず、お見合いだけして、後はデートとか、そういうのゆっくりやってったらいいからさー。あ、そうだ、保険とね、投資をね、あさひ名義でするから、お父さんとお母さんでいいの見繕いました。あとはあさひが判子押すだけでいいようにしてるから、そっちも後で渡すねー」


 私が何も喋らなくても、話はどんどんと進んでいく。机に並べられた知らない男の人たちの顔写真が、ピントのずれた絵のように、ぼやけて滲んで上手く認識できない。


 「ね、あさひ、どれがいい?」


 したくない、お見合いなんて。


 そう言いたいはずなのに、喉はさっぱり震えない。


 「ね、あさひ?」


 言え、ちゃんと言え。


 私は、私の意思で自分のことは決めるんだって。


 だって、これは、私の――――。





 「まさか―――また()()()()()()()()()()()?」





 空気が。


 一瞬、ほんの一瞬だけ、恐ろしいほどに凍り付いた。


 些細な、ほんの些細な、母が見せた怒気、その微かな片鱗。


 それだけで胸が締め付けられる。指の先に力が入らなくなる。震えて泣きだしてしまいそうになる。


 19年間。私の全てを縛っていた、その声を聞くだけで。


 気づいたら、頑張って震わそうとしていた喉からは、力が全部抜け落ちていて。


 ただ何も言えず、項垂れることしかできなかった。


 そして、母はそれを、私の肯定と受け取っていた。




 「じゃ、誰にするか、また選んどいて? 一週間したらまた来るし、そん時はお父さんと一緒にさ。それから決まり次第、旅行行って、その先で実はお見合いのセッティングとかしてるんだよね、海辺の旅館でね、海老が美味しくて、いいところだよ? あ、もちろん、実際結婚するのは1人だけだけど。会うだけは色んな人と会う感じね? ほら、実際会ってみると、意見も変わるかもって言うし? ふふふ、楽しみだねえ」


 



 ああ、またか。


 またこうやって、何も言えないまま終わるのかな。


 小さい頃から、あのランドセルの色を決められなかった、あの時から。


 ずっと私はこうだ。誰かの言われた通り。誰かに決められたまま。


 胸が痛い、お腹が痛い。身体の全部が、バカらしいほどに痛いのに、ただ耐えることしか出来やしない。






 「なんだかんだちゃんと、うんって言ってくれるよね。やっぱり、あさひは『いい子』だわ」







 こうやって、また誰かの決めた『いい子』のまま。


 そんな私で―――――。


 ああ。






 「それとね、ここの近くで食べたい京料理屋があってさ、そこの予約()()()6()()()()とっといたの。どうせあんた、予定なんてないでしょ? お酒は……まだか、美味しい松茸とか食べれるよー」







 夕方6時。


 まひるちゃんの、ライブの時間。


 まひる―――ちゃん。


 私、どうしたら―――。



















 ――――――――。










 音が。


 した。


 あれ。


 ――――――――。


 ポケットの中で振動する、スマホの感覚。


 ――――――――。


 なり続けてる。まるで誰かを呼んでるみたいに。


 お母さんは少し怪訝そうに眉根を寄せてる。


 画面に映っていたのは―――。




 『まひるちゃん』





 君の―――――名前。




 頭の奥で何かが弾けるような音がした。




 ずっとずっと、私を縛っていた、何かがなくなるような、そんな音が――――。





 ※

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