第二十九話 あさひの場合、夜の頃—①
「わかってないよ、まひるちゃんは」
告げた言葉の理不尽さに、自分でもイライラする。
何がわかってないだ、わかるはずのない思いをぶちまけて、独り善がりに自己否定してるだけの分際で。こんなこという資格、私にはありもしない。
でも気持ちがどうしてか抑えられない。見せてはいけない感情があなたの前でさらされようとしてるのに抑えられない。
私は―――、私はあなたが思うよりずっとずっと醜くて―――。
「私さ―――」
目を開ける、その先で、君は優しく、でもどこか自信なさそうに微笑んでいた。
「わかるよ、なんて簡単に言えない」
「だって、その人の苦しみはその人にしかわからない。どれだけ共感できたつもりになっても、それは変わんない。あさひのことは、あさひにしかわかんないよ」
私も、高三の頃の苦しみを結局、誰にも分かってもらえなかった……そう窓の外を見上げながら、目を細めてまひるちゃんは呟いていた。
「でもさ、じゃあ、苦しんでる最中に、隣にいる人に何の意味もないかっていうと、きっとそんなことなくてさ」
なんとなくまひるちゃんの視線に誘われるまま、窓の外を見たら、空にぽっかりと月が浮かんでいた。ただ、夜の街を静かに照らすように。
「私は、あさひが隣にいてくれて―――大袈裟だけど、救われた」
はっと君の方を見ると、気付けばその視線は私の方に向いていて。
「きっと、人間はね、辛い時に独りでいると、ずっとそのことばかり考えちゃうんだ。朝起きて、昼間にぼーっとして、夜寝るたびに、ふって誰かの声がするんだ。お前はろくでもない奴だぞ、あんなことをしでかして、酷い奴だぞ、忘れるなって」
そう告げるまひるちゃんは、本当に静かに、どこか寂しそうな表情で笑っていた。まるで、話しているいつかのままの表情をしているみたい。
「でも、そんな時に、笑ってくれる人が隣にいる。それだけで、マシになることがあるんだよ」
指がスッと私の手の平に伸びていって、触れていいのか確かめるみたいに、ゆっくりと指先が重ねられていく。
「昼休みになんてことない話をして、どこかに遊びに行って、一緒にご飯食べて、試験勉強したり、困ったことがあったら相談して」
人差し指がそっと優しく撫でられる、まるで私がそこにいることを確かめるみたいに。
「本当に辛いときにね、ただそうやって当たり前に隣にいてくれたのが嬉しかった」
そう君は小さく言葉を紡いだ。
「一緒に居たあの時間の間だけは、辛いことも、苦しいことも、自分が嫌いなことも忘れてられたんあま」
ふぅと微かに息が漏れる音がする。
「私達、つい数か月前まで、お互い何も知らないふりをしていたのにね。自分の本当の気持ちなんて、何も告げられてなかったのに」
君はただ私を見ていた。
「それでもあさひと一緒に居た、当たり前の時間が楽しかった」
なんて返せばいい。
「私、恋の一つもしたことが無かったからさ」
この人の想いに相応しい言葉は――。
「この気持ちがずっとわからなかったけど」
私には―――。
「最近ね、あさひが自分の弱いところを見せてくれて、初めてわかった」
―――。
「これが好きって気持ちなんだ」
「素敵な所だけじゃない、弱いところも、わがままなところも含めて、それでもずっと一緒に居たい」
「君が苦しんでいるのなら、今度は私が隣で笑ってるから。解りあうことが難しくても、ちょっとずつ教えてくれたら、ちょっとずつ解っていくから」
「君が幸せなのがいい。そしたら、私も幸せな気がする」
「ね、あさひ」
「あいしてるよ」
「誰より、あなたを」
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