第二十七話 あさひの場合、想い出の頃—②
一度、その気持ちを自覚してしまえば。
抑え込むのが少しずつ難しくなるんだよね。
君と会話をするたびに、「好きだよ」と言いそうになるのをそっと堪えたよ。
言ってはいけない、伝えてはいけないって。
だって、私は嘘を吐いてたから。
想いを伝えれば、その嘘がやがてバレてしまうから。
そうすれば、きっと今の関係は終わってしまう。
ただ、堪えれば堪えるほどに、喉の奥がじくじくと痛んでいって。胸の中で小さな穴が開いたような、そんな虚脱感が身体を蝕んでいって。
言ってはいけないと、頭の中で繰り返すたび、想像は余計はっきりとしてしまう。
だから一時期は君の顔を見るのも辛かったんだ。必死に隠してつもりだったんだけど。
でもその度に、君は「大丈夫?」心配そうに尋ねてきて、余計申し訳なさでどうしようもなくなっちゃって。
そんなことをゆうちゃんとよぞらちゃんに相談したのは何時だったかな。
年が明けて、三学期が始まるかどうかって頃かな。
よぞらちゃんは高校の頃から私のことを知ってるから、当たり前だけど、ゆうちゃんも受付で私の顔は覚えてたみたいで、私がまひるちゃんのファンだったことはバレてんだよね。
なんて、相談したんだっけ。
我ながら支離滅裂なことを言ってた気がする。
泥みたいに言葉を零して、ぐちゃぐちゃな想いをぶちまけて。
独り善がりでどうしようもない、私の嘘を二人は黙って聞いてくれてた。
その日、結局、みっともなく泣いちゃってさ。二人をきっとすっごく困らせた。
でも、二人とも優しいから、何日か経って改めて話をしたらね。
「じゃあ、こうしよう」ってゆうちゃんが言ったんだ。
伝えることを我慢した想いや、感じているのになかったことにした感情は、やがて心を蝕んでしまう。
そうしたら、言葉や心はどんどんねじ曲がって、本当に最初になりたかった関係とは変わってしまう。
好きだったはずの人や仲良くなりたかったはずの人を、気付けば憎んでしまうみたいに、どうして自分のことを振り返ってくれないのって、やがては傷つけてしまうんだって。
…………今にして思うと、ゆうちゃんはまよいさんとのことがあったから、あんなこと言ってくれたのかな。
だから、嘘でもいいから、言葉にしようって。
もちろん、嘘を吐くこと自体も辛いことかもしれない、本当の想いを嘘として言ってしまうのも悲しいことかもしれない。
それでも、言わないよりきっと言った方がいいって。
そうやって少しずつ形にして、湧いてきた想いにちゃんと居場所をあたえてあげなきゃいけないって。
そう、言ってくれたんだよね。
それで、「じゃあ、どうやって言えばいいの?」って聞いたんだ。
嘘でも好きっていうの恥ずかしいし、突然そんなこと言い出したら、変な子だって思われちゃうでしょ?
だからね、「愛してるゲーム」をしようって。
二人だけでやったら不自然だから、四人いっぺんに。
一回で終わらないように、十回すればご褒美があるってことにして。
そうやって出来たおふざけの場所でなら、きっと想いを告げたってかまわないって。
そんな馬鹿なーって感じだよね、いやほんとにそんな馬鹿なーって言った気がするんだけれど。
…………どうだろ、ゆうちゃんは、結局こうなること予想して言ってたのかな。
馬鹿みたいで、嘘みたいな話だけれど。
初めて、君と愛してるゲームをした時に。
おふざけで、それでも、好き、あいしてるって伝えた時は。
なんだか泣きそうになっちゃってね。
ああ、やっと言えたって。
嘘の言葉でしかないけれど。
胸の中にずっと溜まってた想い、どうしようもなく言いたかったそんな言葉が。
やっと、やっと言えたって。
変な子って思われたらどうしようって、嫌がられちゃったらどうしようって、言ってすぐはホントにホントに不安だったんだけれど。
まひるちゃん、最初はすっごく照れちゃって。
それを見てたら、私の方も、なんだかすんごく恥ずかしくなったんだけれど。
でも、それでも、言えたことの嬉しさの方が強くって。
…………ごめんね、最初の方は調子に乗って暴走しちゃってたかも。
………………まあ、割とずっと暴走してる自覚はあるのですが。
もちろん、お遊びだけどね、本当のことは言えてないし、伝えられるわけがない。
でも、それでも嘘でも、そうやって言ってる時間は幸せだった。
好きな人に、好きって言える。あいしてる人に、あいしてるって言える。
ただ、それだけが。
どうしようもないくらい、幸せだったの。
本当は言っちゃいけないことだったから。
嘘でも言えて、幸せだった。
…………大げさかな、やっぱり。……でも、あの時の私にはそれこそ一大事だったんだよ。
あー……今、想い出しても、ちょっと恥ずかしい。一回目のゲーム終わった後、私、露骨にテンション高かったし。
なんか、ずっと抑えていた想いがやっと言えたような気がして、ちょっとハイになってたと言うか。
でも、まひるちゃんのことなら、不思議と身体は勝手に動いてさ。私、臆病だからいっつも何かするとき、しり込みしちゃうのにまひるちゃんのことだったら幾らでも何か出来る気がするんだよ。
春が近づいて、まひるちゃん、家賃が厳しいからルームシェア相手探してるって言った時、中学生くらいまでの私なら絶対、何も言えなかった。
でもさ、まひるちゃんと一緒に住める?! ってなって、もうそのまま思わず手を上げちゃって。お父さんとお母さんをあんなに必死に説得したの初めてだったよ。二人とも面食らってさ、私が必死に言い訳を並べてたのを、ぽけーっとした顔で見つめてて。……あの時はさすがに勢いで押し切った自覚あるなあ。
だって、だって、まひるちゃんと、高校生の頃からの推しと一緒に住めるんだよ。こんなチャンスないって、後先考えてなんていられなかったんだよ。……まあ、一緒に住み始めてから、これ色々、我慢しなくちゃ大変だって気づくオチなのですが。…………え? 何を我慢? …………それはノーコメントで。
まあ、あれはね、なんかゆうちゃんとよぞらちゃんもついでのようにルームシェアしだしたから、なんとなく違和感なく始まったのが救いかな。……今にして思うと、あの二人このころに付き合い始めてるんだよね……。
まあ、うん、そんなこんなでルームシェアと愛してるゲームが始まったわけですが。
………………嬉し、恥ずかし、生殺し……みたいな?
最初はほんとに好きって、あいしてるって言えるだけで幸せだったんだけど。段々、ちょっとずつ、想いの方も強くなっていったと言いますか。
言えば言うほど、ああ、好きだなって自覚できちゃって、そうやって想いが強くなるとなんか湧き出た想いも身体に滲んでくみたいでさ……。
お恥ずかしい話……もっと、もっとって想っちゃうようになるんだよね。
好きって言うだけでよかったのに、段々、反応が欲しくなったり。
まひるちゃんが照れてくれるのが嬉しくて、もっと言ってみたくなったり。
ゲームにかっこつけて触れ合えるのが楽しくて、ゲームと関係ない時にもくっついちゃったり。
お風呂場で暴走したのは、あの、はい、今でも大変反省しております……。
まひるちゃん、嫌じゃなかった……? あはは、優しい言葉が今は染みるよ……。
ここら辺は今でも自分の想いで頭がいっぱいになっていたと言いますか。
………。
…………本当に。
……………………本当に自惚れなんだけどさ。
ちょっと想っちゃったんだ、あれまひるちゃん、もしかしてあんまり嫌じゃないのかなって。
だって、あんな風に近づいて、言い寄って。普通、好きでもない相手にそんなに近づかれたら嫌じゃない? もちろん、まひるちゃん優しいから許してくれてるだけかも知れないけど。
そう想ってても、ちょっと勘違いしちゃうというか。
だから……その……ちょっとは私のこと、ほんの欠片くらいでも好きでいてくれるのかなって。
…………そう想っちゃって。
だって、まひるちゃん、迫ってるのに全然抵抗しないし。ダメだったら、ファール取ってねって言ってるのに、全然ファール取らないし。どう考えても私、暴走してるのになんだかんだ受け容れちゃうし。
……………………うー、ごめん、人のせいにするのよくないよね。
それで段々、その、想いあがってしまったと言いますか。
もしかして―――今、好きって言ったら、受け容れてくれるのかなって。
…………最初は、本当にお遊びのつもりだったのにね。
しばらく繰り返してたら、気持ちも落ち着いて、そしたらみんな知らないうちに忘れてて。あーそんなことしてたねって、何年も先に笑って想い返すみたいな。
そんな、つもりで始めてたのに。
気づいたら、私が一番、本気になっちゃってて。
繰り返せば繰り返せばほど、遊びで告げてたはずの想いが、どんどん本当になってくの。
…………変だね…………でも、正直、ゆうちゃんにもよぞらちゃんにも、ここまで見こされてた気はするなあ。
…………まんまと手の平で踊ったわけです。単純でごめんね。
そうやって、想いあがって、結局、10個目のお願いで嘘をばらすことにしたんだ。
怖かった、不安だった。でも、もしかたらって想っちゃってた。
もしかしたら、今なら、この嘘で言い続けた想いが、本当になるんじゃないかって。
何かの間違いで、君が私の言葉を受け容れてくれるんじゃないかって。
…………ずっと、嘘つき続けてきたのに、虫のいい話だとは思うけど。
あの時は、そんな、どうしようもない期待が抑えられなくってさ。
ごめんね、今、想い出しても、本当に急で。
…………でも、あの時の私は、あの気持ちを言わないと、もうどうしようもなかったんだ。
好きって、あいしてるって気持ちが、胸の中でぱんぱんの風船みたいに膨らんで。
そのまま浮いて飛んでっちゃいそうだった。それくらい浮ついてたから、そのまままひるちゃんにドーンってぶつかっちゃえって。
結果としては、まひるちゃんを大変混乱させてしまったわけですが。
………………うー、今想い出してもちょっと自分をぶん殴りたい。
うみ、うみみ、うみみみ、まひるちゃんほっぺたで遊ばないで。
しない、しません、自分のほっぺももう引っ張りません。だから離してくだひゃい。うみみ。
……ふー、うん、そう言ってくれるとちょっと救いがあるというか。うん、ありがと。優しいね、まひるちゃんは……。
本当に辛かったのに、まひるちゃんはちゃんと向き合ってくれた。
もはや好き度が天元突破してしまいますな。…………え、ゆうちゃんとよぞらちゃんに励まされただけ? そんなこと言ったら、私も同じだよ。持つべきものはできた友達ですな。
それにもちろん、二人が助けてくれたのもあるけれどさ、それでもやっぱり最後に向き合ってくれたのはまひるちゃん自身だよ。まひるちゃんの心だもの、まひるちゃん自身が開いてくれなかったら、誰も向き合えなかったよ。
うん、だからね、それでもっと好きになった。ふふふ、限界がありませんな。
…………そう、気付いたら、どんどん好きになるの。
もう、困っちゃうくらい。
………………ねえ、まひるちゃん。
ここから先は、ちょっと変な話だよ。
今、話したのは、色々言いつつも、明るい部分だけだから。
だからね…………この先は。
……………………なんて、卑怯だね。
こんなこと隠さずに言う時点で、嫌でも察せられちゃうもんね。
うん、そういうのはやめよう。
ね、まひるちゃん、聞いてくれない? 私のこと。
私どれだけ、あなたことを好きで―――、好きなのに割り切れないこと。
ふふふ、うん、そう。ここまでがながいながーい、伏線でございました。
……君が聞いてくれた時からさ、実は言うならここかなって想ってたんだ。
うん、ここからが、ようやく最近の私のお悩みなのです。
…………疲れた? そうでもない? まあでも、ちょっとカフェオレでも淹れようよ。私もちょっと喋り疲れちゃった。
うん、雨降ってきて、ちょっと冷えてきたしね。
だけど…………本当に大丈夫? きっと聞いたら困っちゃうよ?
でも、うん、……まひるちゃんは聞いてくれるんだよね。優しいね。
じゃあ、ちゃんと聞いててね。…………幻滅はすると想うけど。
ずっと言ってなかった、私の話。
あなたのただのファンでいられなかった、私の話。
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