第二十七話 まひるの場合、想い出の頃
私は多分、思った以上にあさひのことを知れてない。
一年半友達として過ごして、今年からはルームシェアまでしてるのに。
どうやって、私のことを知ったのか。
どうして、私と友達に成ろうとしてくれたのか。
どんな風に、音楽を辞めた私のことを想っていたのか。
どう想って、愛してるゲームなんてものをするようになったのか。
一緒に居て、たくさんの好意を向けてもらっているのに、肝心の私が何も知らない。
何より私が、唄っていた事実もあさひへの想いも隠していたから、当然と言えば当然だけど、あさひも私にたくさんのことを隠していた。
お互い、秘密だらけで隣にいたんだね、今更少し不思議な気分。
よぞらと一緒に、気心知れた表情をみせるあさひを私は知らない。
ゆうと一緒に、どことなくテンションがあがってるあさひを私は知らない。
まよいと一緒に、お互い遠慮なしに言い合いしてるあさひを私は知らない。
そんなことをぼやいたら。
「誰だってそんなもんでしょ」
とよぞらはこともなげに言っていた。
「人間ってサイコロみたいなものだから、どんな関係築いてるかで見える姿は変わって来るでしょ? 私だって、あんな好き好きオーラ出しまくってるあさひ知らないから」
そーいうもんかな、と呟いたら、そういうもんよと返された。
ふうんと頷いてはみるけれど、ここ一年、一番あさひのそばに居たはずなのに、一番わかってないような感覚はぬぐえない。
「ま、今から逃げずに向き合おうとしてるんでしょ。じゃあ、それでいいんじゃない」
そうやってちょっと日和る私に、よぞらはこともなげに言ってくる。
「相変わらずいい女だね、よぞらは。惚れそう」
思わず口から漏れたそんな言葉に、よぞらは少し顔を紅くすると肩をすくめてた。
ちなみに、丁度そのタイミングで合流したゆうとあさひに、えらい誤解を生んだのはまた別のお話。
「脳は拒絶してるのに、胸がなんでかどきどきするよ、ゆうちゃん、この気持ちは何……?」
「リアル寝取りはさすがに守備範囲外だと想っていたんだが……、だが、目の前の二人の絡みが尊いとも想ってしまう。わからない、心が、心が二つある……」
合流した二人が意味の分からないことを言っていたので、よぞらと二人して首をかしげていたのも、また別のお話。
※
「まひるちゃんは、私のことがわかっていません!!」
そして、その日うちに帰ると、あさひにそんなタイムリーな怒られ方をした。
ご飯を食べ終わって、エアコンいらずの秋の夜風にあたりながら、私は眼を細めてぷんすこと両手を振り回すあさひを受け止めていた。小さな音を立てて私の胸がぽこぽこ叩かれる。
「うーん、何も言い返せぬ」
丁度それで悩んでいたくらいだし。
「あんまりよぞらちゃんと仲良くしちゃダメ…………いや、仲良しなのは嬉しいけど……その、あの、ああいう感じで仲良くするのはダメ!」
そんなお叱りを受けながら、二人して淹れた薄めるタイプのカルピスをすすりながら、うーんと私は唸る。
「普通に仲良くするのはいい?」
「うん! むしろ大歓迎!」
力強くあさひは頷く。まあ、これは友達と友達が仲がいいと嬉しい的なあれだろう。
「ちょっと照れされる感じのが怪しい?」
「う、……うん、ちょっと。いや、照れたよぞらちゃん可愛いのはそうなのですが」
あさひは腕を組んで首を傾げながら、苦渋を舐めたような表情で返事をする。
……うーん、加減が難しいな、照れさせるようなのはいかんと。
「二人っきりでそれするのがダメ?」
「う、うん、それは……なんか、なんかダメ!」
今度は確かな確信をもってあさひははっきりと答えてきた。なるほどなーとぼやきながら、私はうんむと考える。
もし逆の立場だったなら、例えば、ゆうがあさひを照れさせる感じで迫っていたら。…………うーん、思わず手が出そうだな。絶対ゆうだったらR18的な誘い方してるだろうし。
「なるほど……なんかわかった気がする」
「うん! …………あ、でもほんとに二人がぎこちなくなって欲しいわけじゃないよ? だから、うん……うぬぬ……どうしたらいいんだろう?」
当のあさひは自分の気持ちに折り合いがついてない感じだけど、言わんとすることはまあわかる気がする。
「うーん、でもまあ、わかったよ多分」
「…………ほんと? 私変なこと言ってない?」
「うん、わかる。あさひが変に誰かとベタベタしてたら、私も多分、嫉妬する」
好きな相手と友達が仲良くするのはいいけれど、過剰にくっつかれたら多分、ちょっと嫌な気持ちになる。そういうこと……でいいんだよね。
うーんって唸りながら、あさひの肩に頭を預ける。
「しょ……しょうですか……」
そんな私の答えがお気に召したのか、召さなかったのか、あさひは少し目線を伏せると小さな声でなにやらぶつぶつ言っていた。
こっちに目線が向いていないので、何を言っているのかなと耳をそばだててみる。
「…………そういうことさらっと言っちゃうの、まひるちゃんって感じだよねぇ……」
「そうかな」
「そうだよ……って、うゎあ!?」
肩が触れるくらい近くにいたのに、改めて驚かれる。まあ、さすがに小声の独り言が聞こえるくらいすり寄ってたらびっくりするか。ほぼ骨伝導で聞いてたしね、今。
そのまま、目を白黒させるあさひを見ながら、私は軽くふむと頷く。
「ねえ、あさひ、唐突なんだけどさ」
やっぱり、少しずつお互いの気持ちを知っていくことが肝要なのだろう。
「な、なんでしょう…………」
そう想って、あさひの顔を見るけれど、改めて口にしようと想うと少し気恥ずかしい。いや、少しどころじゃないけれど。でも、今はそういう自分の羞恥心は無視することとする。
それでも、聞いてみたいことがあるんだから。
「あさひって、私のことどんな風に好きになったの?」
口にしてから、少し頬が熱くなる。
表情もなんだか気恥ずかしいを通り越して、ちょっと困ったような顔になる。
ああ、うん、恥ずかしい。さすがに、恥ずかしいよね。
ただまあ、多分ではあるけれど。
私以上に恥ずかしい思いをしてる人が目の前にいた。
あさひは最初びっくりしたようにきょとんと目を見開いて。
やがて、言葉の理解が進むごとに、首から上へと朱色が頭の方に昇っていって。
しばらくして、どこかで臨界地点に到達すると、表情がわなわなと震えだす。
その果てに、最後にぴょんっと私のそばから飛び跳ねると、近場にあった人をダメにするクッションの裏に隠れてしまった。今、愛してるって言ってたら、多分最後の一勝取れてたな、なんてぼんやりと考えながら。
「なに言っちゃってるの、まひるちゃんっっ???!!!」
ほぼ絶叫になっているあさひの言葉を聞いていた。
いや、まあ仰ることはもっともなのですが。
「いや、ほらさ、前も言ったけど、私あさひのこと全然知らないから……」
口にする言葉は気恥ずかしく、誤魔化しに頬を掻いてみても、さっぱり私の頬が熱いのも消えてはくれない。
前までの私なら、ここで誤魔化すか、逃げるかしちゃってた気もするけれど。
でも、今は、少しずつでいいから向き合っていきたいなあって、想えてるわけでして。
「だから、ちょっとずつ知っていきたいなって。ちゃんと、あさひのことほんとに解ったうえで、返事したくて。きっと、私が知らないだけでいっぱい迷惑かけてると想うから」
この一年半、一番近くにいてくれたのに、一番ちゃんとわかっていなかった君のこと。
それをちょっとずつでもいいから、知っていきたい、今更かもしれないけれど。私の自己満かもしれないけれど。
それでも、何も知らないまま答えは出したくない。ちゃんと君がどんな想いで隣にいてくれて、どんなことで喜んで、どんなことで苦しんで、どんな言葉を告げないまま飲み込んでくれていたのか。
君が私の知らないところでしてくれた、沢山のこと。
それを知りたくて。
「その……ダメ、かな?」
そうやって、零れた言葉にあんまり自信はなくて、か細くて。
それでも、意思だけはしっかり示そうと、じっと君の瞳を見つめる。クッションの隅から覗く視線をじっと見据える。
そうやって十秒くらい経過して、君は赤らめた頬のままあーとか、うーとか、しばらく唸っていたけれど、やがて諦めたようにすごすごとクッションの隅から顔を出してきた。
「そーいう言い方ずるいと想うなあ……」
「あ、嫌だった……?」
まあ、そっか自分の気持ちあけすけに聞かれるなんて、普通、嫌か。
そうちょっと、へこみかけてはみたけれど。
君は少し上目づかいにちょっと恨みがましく私を見ると、ぷすっと可愛らしく頬を膨らませた。
「ううん、そんな風に真剣に言われたら……聞いて欲しいなって想っちゃうから」
「…………」
「……だから、その……ずるいなって」
思わず口を開けたまま、しばらく言葉を見失う。
お互い顔を赤らめたまま、静かな時間を過ごしてから、あさひは諦めたように私に背中をぽすっと預けてきた。
いつもの体勢、いつもの恰好、いつもの感触。
秋風で少し冷たくなった私の身体に君の肌の暖かさがじんわりと広がっていく。
「長いよ?」
「いいよ、全然」
「恥ずかしいよ?」
「はは、それはうん、お互いさまということで……」
「こいつ、何食わぬ顔でそんなこと想ってたのかよってドン引きするよ?」
「しない、しない」
そうやって少し拗ねたように、恥ずかしさを誤魔化すように連なる言葉に笑いながら答えを返す。
「じゃあ、ちゃんと言うから、ちゃんと聞いててね」
「―――うん」
そうやって繰り返す、言葉に私はゆっくりと頷いて。
君の頭に私の頬をそっと重ねて、腕の中の君の体温を感じながら。
探るような、確かめるような、そんな君の声を聴いていた。
私はあさひのこと、正直、多分、あんまり知らない。
だから、少しずつ知っていこうと、そう想う。
何を想って、何を感じて、何をしてくれていたのか。
それが、少しでもわかったら。
君にちゃんとした答えを返せる気がするから。
秋の夜風を窓際で、二人くっついて感じながら。
ぽつぽつと私たちは話をし始めた。
私達が、初めて出会った頃の話を―――。
※