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第二十六話 あさひの場合、反省の頃—①

 至極当たり前な話ではありますが。


 女の子同士であっても、相手の同意がない上で性的に迫ること、まして押し倒してそういう行為に及ぼうとするのは犯罪なのです。同性とか関係ないんだぜ。


 もちろん、性的欲求があるのは人間が動物である以上仕方のないこと。でもそれをコントロールするのが社会性を持った動物のあるべき姿。お腹が減るのは仕方ないけど、お腹が減ったからといって人のご飯を盗むようなことは許されない。


 つまり何が言いたいかというと。


 「やばいと思ったけど、性欲を抑えられませんでした……」


 今の私は、社会性動物に相応しくないということです。


 今すぐ罪を浄化するために、灰になって海に還りたい。無駄な脂肪がついてるぶんきっとよく燃えますよ……うへへ。


 「相変わらず脳内ピンクねあんたは……」


 そして、この度はそんな私への相談もとい批評のために、特別な相談役に来ていただきました。


 「…………はい、淫乱です、痴女です……社会のゴミです……産まれてきてごめんなさい………」


 この程度の罵倒では到底足りないけれど、それでも重ねずにはいられない。今だけは、誰かにこんな私を罰して欲しい。


 「だいぶメンタルやられてるじゃん…………っていうか、よくその相談で私呼び出す気になったわね?」


 私の滂沱の如く流れる自虐の涙にまよいさんは若干引きながら、憐みの視線でこっちを見ていた。ちなみに場所はいつかの喫茶店、まひるちゃんのバイト姿がよく見えるスポット。おしぼりを持ってきた店員さんが、何事かとちょっと困惑していたのはまた別のお話。


 「ふふ……ですよね。大変申し訳ないのも確かなのですが……背に腹を代えられない理由もありまして」


 私の言葉に、まよいさんは憐れみと呆れを交えた表情で、「はあ」と生返事をしてくれる。ああ、その塩対応すら今は少しありがたい。


 「よぞらちゃんは……私の気持ちをその……基本否定しない人ので。優しく諭してくれてしまうのです。でも、今、その優しさでは私がダメになってしまうのです」


 「…………よぞらって……ああ、あの才能バリバリ女ね」


 まよいさんの言葉に軽く相槌をうちながら、私はそのまま言葉を続ける。


 「そして、ゆうちゃんは…………多分、私がこの話をしたら…………」


 「………………あいつは、『よくやった、それでいいんだ、もっとやれ』……くらい言いそうね」


 「…………ええ、実際言われました……」


 「………………」


 あまりにも痛く重い、沈黙。多分、今、二人してつむった瞼の裏に映っているのは、無表情のまま両手で親指を立てているゆうちゃんの眩しい姿。


 「というわけで、もう私を否定してくれるのは、まよいさんしかいなかったというわけです…………」


 「なんで否定されたがってんのよ、あんたは……」


 そうやって呟くまよいさんの疑問はあまりにも真っ当で、真っ当がゆえに私の胸はあまりにも痛かった。


 「だって……! だって…………! 今! 私! 性欲に完全に支配されてますよ!! ヒトとして終わってる!! 獣です! お猿さんです! いや、私なんかと比べられるお猿さんにすら申し訳ないです!! そして、このままだと絶対、愛してるゲーム終わるまで我慢できない!!」


 特にこの前の雨の日は、本当にやばかった。今想い出しても、理性のタガが本当にガタガタで、ネジが八割は外れてた。一日に二回愛してるゲームしかけているのもおかしいし、夢と勘違いして本気で迫りかけたのもありえないし、そうやって反省した直後に抑えきれずにもう一度迫ってるのもどうかしている。


 まひるちゃんのガードが緩いのも理由としては多分にあるけど、だからといってそれは無理矢理迫っていい理由にはならない。いくら目の前のご馳走が美味しそうでも、無断で手を伸ばしていいわけがない。


 「…………はあ、難儀な女ね……あんた」


 「はい…………そういうのもっとください」


 でないと今の私は、本当になんか致命的にやらかしてしまいそう。ここらへんでちょっと冷静にならないと、どう考えても最後までもたない。まひるちゃんを好いているまよいさんにこの相談をしてるのは大変酷な上に、どの(つら)案件なのは重々承知なのだけど、それ以上に今の私の欲がヤバイ。


 まよいさんはわかったというように軽く頷くと、静かに私を見降ろしながら口を開いた。


 「淫乱」


 「ぐっ……」


 「痴女」


 「かふッ…………」


 「万年発情クソビッチ」


 「ごはッ………………」


 「脳が下半身に支配されてる性欲モンスター」


 「うぎゅ…………」


 「ストーカー変態色情魔……あとは……なに、脳に胸の脂肪が映ってんじゃないの?」


 「ぐぅ………」


 …………辛い、とても辛い。お腹も痛いし、泣きそうだし、なんなら泣いてる。でも、全て事実なので何も言い返せない


 今の私はそれくらいには、どうかしている。こんな程度では到底許されない。でも容赦なさ過ぎて、ちょっとだけ悲しくなってくる。


 「………はあ、何に付き合わされてんのよ私は、実はマゾなの?」


 「…………そこは大変申し訳ありません。一応、マゾではありません……」


 まよいさんは、今日何度目かもわからない呆れのため息をついて、手元のアイスコーヒーを啜っていた。私はしばらくお腹を抑えながら痛みに耐える。ぐぬぬ、耐えろ、そして覚えろこの痛みを、もう二度とまひるちゃんに無理矢理迫ったりなどしないように。


 ただ、そうやって痛みにしばらく耐えていると、まよいさんは軽く鼻を鳴らして、どこか静かな瞳でこちらを見下ろしてくる。


 「てか、余裕ね、あんた」


 「…………え?」


 余裕……とは?


 思わず上げた視線の先で、まよいさんは少し目線を逸らしながら、仕方ないとでもいうように言葉を紡いでた。


 「なんやかんや、結果的にゲームには勝ってるんでしょ? なのにそんな程度のことで反省してさ。別にいいじゃん無理矢理迫ったら。ていうか、そうやって変に躊躇ってたら、私に奪られるかもしれないのわかってる?」


 言われた言葉に、少しだけ押し黙る。


 だって、まよいさんの言ってることも間違いじゃない。


 本当にまよいさんの思惑を阻止したいなら、なりふり構わず、もっと過激に攻めればいいかもしれない。極論、既成事実さえ作ってしまえば、そうそう奪われることもないのかも。


 そうでなくても、まよいさんがいつか言ってたみたいに、まひるちゃんの罪悪感や後ろめたさにつけ込んで、迫ってしまえばもっと簡単にことは済むのかもしれない。


 ………………まだ、そう出来たなら、私もこんな気持ち抱かずに済んだかな。


 ごぽりと黒い泡のようなものが、胸の奥で沸き立つのを感じてた。


 ふって、零れた笑い声は、自嘲に黒く染まってて。


 そんな私をまよいさんは少し不思議そうに眺めてた。


 「………………私、半端者なので」


 漏れた言葉は自虐と自戒で薄汚れて見る影もない。


 薄く、低く、漏れる嗤い声はどうしようもないほどに淀んでる。


 普段は誰にも、よぞらちゃんにも、ゆうちゃんにも……まひるちゃんにも見せられない、そんな表情。


 暗くて、陰鬱で、どうしようもなく誰より私自身が嫌いな私。


 「自分でも……わかってるんです。もし好きならなりふり構わず自分ものにしなきゃいけないって、そうやって、やるならちゃんとわがままにならないといけないって」


 だから、まひるちゃんを傷つけてでも自分ものに出来るって言いきれるまよいさんが、あの日、実は羨ましかった。


 だから、かな、こんなどうしようもない私を曝してしまっているのは。


 それとも、この人は私のことが嫌いだから、こんな醜い私を見せても今更って想ってるのかもしれない。そう、どうせ嫌われてるなら、別にいい。


 「それができないなら、自分の心は全部押し殺して、まひるちゃんの幸せを願ってるファンにならなきゃいけなくて、ずっとそのつもりだったんです。まひるちゃんが幸せなら、それでいいって」


 零れた言葉は少し脈絡がない気もしてくる。問われた言葉とは違う答えを返してる。なのに溢れてくる想いは止まらなくて、まるでずっと口にするのを胸の奥で待っていたようにごぼりごぼりと零れてく。


 「でも、最近、なんでか上手くいかないんです。ていうか、愛してるゲーム始めたころから、実は上手く抑えられてなかったんです。言えない気持ちを誤魔化すためのお遊びとして始めたのに、いつの間にか、私だけが本気になっちゃって」


 そう、本当はお遊びだったんだ、最初は全部。なのに、滑稽にもその『ふり』ができなかった。


 「好きな気持ち抑えきれなくて、気付いたら、私だけのまひるちゃんにしたくなっちゃって、だけどそんなふうに自分にためだけに欲をぶつけて、まひるちゃんに嫌われるのも怖くって」


 昔から、優しいねと他人に言われることはよくあった。でも実際の私はそんな大層なものじゃない。誰かから嫌われるのが怖いだけ、ただそれだけの臆病者。その癖、自分の欲を抑えきるほどの心の強さもない。


 「たとえ相手を傷つけてでも、自分のものにできるような、そんな自分の意思を貫ける人になれなくって」


 「なのに、まひるちゃんの幸せを願っているだけの、ただのファンでいつづけることもできなくって」


 最近、少し。


 自分が、どうしたいのか、わからなくなる時がある。


 どうなりたいんだろう。


 どう見て欲しいんだろう。


 私のこの想いにどんな答えを貰えたら、安心できるのか。


 それすらわからないままで。


 「…………」


 まよいさんは、そんな私をどこかつまらさなそうに眺めていた。


 それはそうだ、こんなつまらない話があるか。


 まよいさんから見れば、好きな人に横恋慕してる奴の、下らない自嘲と自戒。


 ああ、聞かせてるだけで申し訳なくなってくる。わざわざご足労いただいたのに、嘆かわしいばかりだ。


 ………………うん、さすがにこれ以上は申し訳がない。今日は、この辺にしておこう。


 そう想って、顔を上げた。ごめんなさい、今日は付き合ってもらって、ここは奢ります。それと今度、埋め合わせはするんで。本当にごめんなさい。


 そう、口にして今日は終わらせよう。


 そう決めてふっと息を吸って、言葉を吐く。



 「ごめ―――「あんた、あいつの歌の何を聞いてたわけ?」



 ――――。



 言葉の途中で口を開けたまま、思わず固まる。



 そんな私をまよいさんは、どこか愉快そうな表情でじっと私を見つめていた。



 「ま、私としては、恋敵(あんた)が勝手に自滅すんのは、見てて楽しいけど」



 「さすがにみてらんなすぎるから聞くんだけどさ」



 「あいつ(まひる)あんた(あさひ)に、『ただのファンでいろ』なんて、一言でも言ったわけ?」



何も言えない私の前で、荷物を片づけながら、まよいさんは少しだけおかしそうに笑ってた。



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