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第二十四話 あさひの場合、雨降りの頃—②

 少し雨の音がうるさくて、身体が痛くて、しんどかったからかな。


 君のベッドの中で気づけば、眠ってしまってた。


 君の匂いが心地よくて、ただそうやって電気もつけないで目を閉じていたら、いつの間にか。


 お昼寝の後、特有のぼんやりと曖昧な意識の中、小さな物音で目を開ける。


 そうした開けた視界は、どこかあやふやで、頭もぼんやりしていて、もやが遠く向こうまでかかっているみたい。


 ふらふらと揺れる視界の中で、スマホが時間を示してる。


 まだおやつ時、まひるちゃんは帰ってこない。


 なのに、君はそこにいた。


 なんてことはない顔をして、どうしたのって笑いながら、私を覗き込んでいた。


 そんなわけないよねえ。


 だからこれは夢だと想った。


 最近、よくこういう夢を見る。


 ぼんやりと意識や、思考は、あやふやなのに、感覚だけがどうしてかはっきりしている、そんな夢。


 そして決まって、私の欲望に都合のいい、そんな夢。


 君の匂い。


 君の体温。


 君の柔らかさ。


 君の流れる髪の手触り。


 それだけがいやに鮮明だ。


 なんでかな。


 手を伸ばす。


 触れ合う肌の心地よさまでも、異様に鮮明だ。


 身体の奥が熱くなる、お腹の奥、胸の底、頭の裏、沸き起こるみたいに熱が私の身体を満たしてく。


 ああ。


 ああ(触れたい)


 ああ(撫でたい)


 ああ(いいよね?)


 ああ(夢なんだから)


 結局、そんな言葉に負けて。



 タガは、あっけなく外れた。



 愛を呟くと同時に、抱き寄せた君を押し倒す。


 君はほとんど抵抗もなく人形みたいにベッドに倒れ込む。


 ああ、身体の疼きが止まらない。


 だって、ほんとは。ほんとは。ほんとは。


 君の了承もえないまま、そのまま体に覆い被さる。


 首元に唇を、貪るように重ねる。


 普段じゃ絶対しないこと。君の前では隠し通さなきゃいけない、私の醜い欲。


 でも今は構わない、夢だから。


 唾液で濡れる君の肌、柔らかな皮膚の奥に感じる静かな脈の音、少し汗ばんだしょっぱいようなのにどこか甘さを含んだ味。


 ほんとはずっとこうしたかった。


 首元から、服の中にそっと手を伸ばす。


 友達として過ごしていたら、絶対にしない行為、その関係性では許されない、禁忌の場所。


 服の中、下着の感触、その下に感じる、まだきっと誰も触れていない柔らかな部分。


 ああ、お風呂場での感覚が記憶の片隅に残っていたのかな、こんな細部までいやに鮮明だ。


 鎖骨を舐める。


 くすぐったそうな声。それすら、どこか心地いい。


 食むように、甘噛むように、君の柔肌を舐っていく、決して歯を食い込ませないように気を付けながら。


 ああ、でもどうせ夢だし。


 少しくらい傷つけてもいいのかな。


 どうせ、こんなこと起きている間は許されないんだし。


 ね、まひるちゃん、知らないでしょ、こんなほんとの私。


 平気な顔して君の隣にいるくせに、ほんとはこんなに醜いの。


 君をもっと汚したい。


 君をもっと犯したい。


 君に触れて、肌重ねて、消えない跡をつけて、私だけのものだって刻みたい。


 でも、そんなの、ダメでしょう?


 本当にしたら、傷つけてしまうでしょう。


 だから夢の中でくらい、好きにさせてね。


 服を脱ぐ。


 ああ。


 掌を、恋人のようにつなぎ合わせる。


 ああ。


 何度も何度も、首元に口づけをする。


 あああ。


 それから、それから。


 それからね、君の服を剥いで。


 私も全部裸になって、肌を重ね合わせるの。


 もう他の誰のものにもならないように。


 私の痕を幾つも幾つもつけたいの。


 そしたら。


 そしたら。


 そしたら―――――。




 私だけのあなたにならないかな。




 誰にも渡したくないの。




 誰にも譲りたくないの。




 君の幸せが一番なんて、その願いは確かにホントだったはずなのに。




 そんなの全部台無しにして、今は、私だけの君にしてたいの。




 空へと翼を伸ばす鳥を身勝手に籠に閉じ込めるみたいに。




 私だけのモノにしてたいの。




 貪って、独り占めして、誰にも見せないように閉じ込めて。



 

 そんなことできないけど、もしできるなら。




 ダメに決まってるけど、もし許されるのなら。




 君を独り占めできたなら。




 そしたら、この胸の寂しさも、少しは埋まるかな。




 そしたらこんな不安も、醜い私も、なくなるのかな。




 ………………まあ、そんなわけないんだけどね。




 独り善がりに何かを求めて、自分だけの欲だけ考えて相手を傷つけても。




 幸せには絶対なれない。




 だって、そんなことしたら。




 君は悲しそうな顔をするから。




 丁度ほら、今みたいに。




 そしたら、私の胸は簡単にぐちゃぐちゃになってしまう。




 さっきまでの高揚が嘘みたい。




 ああ、夢なのに。そんな顔しなくてもいいじゃんね。




 せっかく夢なんだから、何も考えずに気持ちよくなりたかったのに。




 でもまあ、あれか、夢って結局、記憶の欠片で造ってるものらしいから。




 ちゃんと君と、愛しい人と結ばれた感覚なんて、私知らないし、その時の君の反応も私知らない。だからそんな夢、そもそも見れるはずないんだよね。




 ふと気づけばあられもなく服を脱いで、下着姿の自分が滑稽だ。




 あーあ。夢でも私は結局、どっちつかず。




 君の幸せだけを願ってる敬虔なファンにもなれず。




 自分の幸せだけで満足できる独り善がりにもなれやしない。




 誰にもなれない半端者。




 君がそっと赤らめた顔でスマホを出してきた。あー、録音、してるってことなのかな、いつしたんだろ。……いや、これ私のスマホか、手癖で録音してたんだね。



 「ねえ、あさひ……」



 「…………なに、まひるちゃん」



 ああ、そうやって照れて、困ってる顔も可愛いな。もっと困らせたくなっちゃう。でも、さすがに起きてる時にここまでやったら、引かれちゃうんだろうな。



 「その……私の、負けでいいから、のいてくれると……」



 「うん、ごめんね、汚い物みせちゃって…………」



 ていうか、私の肌なんか見る価値もないしね、ほんと見苦しいったらありゃしない。



 それにしても、後のことまで嫌に生々しい夢だね。普段は大体盛り上がったら、そこで目覚めちゃうんだけど。



 「いや……別に、あさひの身体は汚くないし……その、うん、綺麗だよ……」



 そうやって君は少し目を逸らしながら、そうしどろもどろに言ってくれる。



 …………自分の妄想の産物ながら、ちょっと願望入りすぎてるな、ここまで無理矢理やって嫌われないとか。




 「ううん、……()()()こんな酷いことしちゃダメだよ」




 ほんとにね。ていうか、夢の中で夢って言っちゃった。こういうのなんて言うんだっけ、明晰夢? ていうか、いい加減覚めてくれないかな。さすがに自分でもこの後の展開はちょっといたたまれないと言うか―――「へ?」



 「………………?」



 まひるちゃんの顔が疑問に歪む。あれ、なんか変なこと言ったかな。



 「え、夢?」



 困惑の顔、かわいいね。



 「そうだよ、ほっぺたひっぱったら起きちゃうよ」



 「いや、さすがにそんなこと……」



 「ていうか、夢じゃないと、こんな無茶苦茶したのに、私まひるちゃんに会わせる顔がないでしょ?」



 「え、えーと……あさひ?」



 「だってほんとはねこんなに欲塗れで汚いんだもん、私、自分でも嫌になっちゃう」



 そう、もしこれが夢でないのなら。



 君に会わせる顔なんてありはしない。



 これが事実でない幻だから、まだ許されている、ただそれだけで―――。



 「ね、ねえ! あさひ!」



 君は必死な顔で私を見た、首元にたくさん私が口をつけた痕がついていて、そんなとこまで嫌にリアルだ。



 「なあに? まひるちゃん?」



 「え、えーと…………ごめん」



 そう言って、君は少し目線を下げた。



 ………………? なんだろ、夢の中で言葉の整合性がとれないのなんて、あるあるっちゃあるあるだけどさ。それにしたってなんかおかしいような。



 そう疑問に想っていると、君の手がそっと私の首元に伸びてきた。くすぐられるよう撫でられる感覚が少しこそばゆい。



 喉を撫でられる猫のように、眼を閉じてその手のひらに首を預ける。やんわりと私の喉を撫でた柔らかな指はそっと私の輪郭をなぞって、そのままほっぺたへ―――。
















 い。





 い?




 いた。




 いた………………?





 い。






 いたい。







 ?







 目を開けた。


 苦笑い気味のまひるちゃんの顔。


 痛い。


 夢なら覚めそう。


 いや、夢の中で痛くても実は関係ないのかな。大けがする夢とか見たことあるし。


 なんて思考をしていたら、指が逆サイドから伸びてきて、両の頬がみょいんみょいんと引っ張られる。そのままもちもちとこねくり回されて、私の人よりやわめのほっぺたが伸びていく。


 千切れそうなほどじゃないけれど、ちゃんと頬肉を持たれているので、そこそこ痛い。うん、痛い。



 ……………あれ?



 「あのさあ……あさひ」



 ……………………いや、まさかね。



 「大変、言いにくいことではあるんだけれど」



 ……………………………そんなことになってたら、私はこのまま爆発しちゃうよ。



 「その、えと、あのね……」



 ……………………。


 



 「実は……、今、()()()()()()()





 ………………。


















 まず深呼吸をしよう。


 鼻からすーっと肺の奥まで空気を溜めて、それからふーっと口をすぼめるようにゆっくりと息を吐く。吐く。吐く。


 それからじっと自分の姿を眺めてみる。


 まひるちゃんの上に跨って、みっともない下着姿、ついでに言うならブラの肩紐がすこしズレてかなり危うい。


 対するまひるちゃんは私に馬乗りになられたまま、半笑いで私の頬に指を伸ばしてて、時々うみょうみょと柔らかほっぺで遊んでる。


 そしてその首元にはこれでもかと、私がさっき口吸いをした痕もとい物証があり、上半身は少しシャツがはだけて、下着がちらりと覗いてる。そして何より致命的なのが、私の右手がその服の中に伸びていて、下着と肌の境目に触れてるところ。あと少しでおむねに手がインしてる。


 ベッドは私が寝入った時と変わらぬ状態で、切り忘れたヘッドホンから未だにまひるちゃんの愛の歌が微かに響いてる。


 そしてなお引っ張られ続けているほっぺ、まひるちゃんも手加減はしてくれているけれど、それでもやっぱりちょっと痛い。


 なるほど。


 なるほど。


 そう来ましたか。


 つまりこれはあれですね。


 はい。













 ―――――やらかした。




 「うぁうぁぁあああああああああああああんんんんんんんあああああああっぁぁっぁぁっぁぁぁああああああああっぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁっぁっぁぁぁんんんん!!!!!!!!!??????????????????????????????」



 え? え? ちょっと、ちょっと待って待って!!



 ええええええ、死にたい、消えたい!! いなくなりたい!! 記憶消したい!!それか私そのものが消えちゃいたい!!!




 「せ、積極的……だったね……?」



 

 「う……うう……うわぁぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁん!!!!!」




 視線が、視線が生暖かいよぉ!! ぜ、絶対、絶対、変態だって思われた!! 淫乱だって思われた!! 事実だけど!! 間違ってないけどぉ!!




 「まあ……まあ、ゲームはほらあさひの勝ちだし……よかった……ね?」





 「それ全然よくないときの言い方だよぉぉ!! まひるちゃぁん!!!!!!!」





 そうやって苦笑い気味に微笑む君の優しさがただ痛くって。




 自分の欲深さと醜さが晒されたことがただ情けなくなって。




 混乱と動揺でぐちゃぐちゃになった私を君な何でか笑いながら慰めていて。




 もう何一つわけもわからない、そんな頃のことだった。




 窓の外では、雨の音がただ静かに情緒的になっているのが、余計いたたまれなさを助長しているのでありました……・。




 ああ……このまま爆散して、いなくなりたい。






 ※



本日のリザルト


あさひの勝ち(15勝目。なお、代償は自尊心)

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